意外な来訪者
三人は街の宿屋で戦いの傷を癒していた。
「大丈夫、私が着替えさせるわ。向こうで待っていて」
アロウラがスクネを部屋の外へ移動させて、アンナを着替えさせている。
アンナは、感情を無くした状態で、二人が話しかけても表情を変えず、返事をしなかった。
「スクネ、もう来ていいわよ」
アロウラは部屋に入ってきたスクネの手を握って話しかけた。
「落ち込まないで、スクネ。あなたのせいじゃないわ」
スクネはうつむいたまま、何も答えなかった。
「あの時、僕が確実にとどめを刺していれば──」
スクネは涙をこらえていた。
アロウラはそんなスクネを引き寄せて優しく抱きしめた。
今のアンナは遠くを見つめるような目をしており、何を話しかけても、何も答えてくれなかった。
「アンナ、私たちが必ずあなたを元に戻すわ。必ずね。だから、もう少しだけがんばって。私たちがずっと一緒にいるからね」
ミリエラたちもアンナの呪いを解く方法を探すために動き出していた。
◇◇◇
しばらくして、宿屋の主人が部屋にやってきた。
「失礼します。受付に、あなたたちに会いたいという方が来ていますが──」
「私がいくわ。スクネはアンナの様子を見ていてね」
「うん、わかったよ。よろしくね」
受付にはマグナスたちがいた。
「あなたたちは!」
意外な人物がいたので、アロウラは驚くと同時に警戒モードに入った。
「あなたたち、何しにきたの?」
「私たちに敵意は無いよ。君の仲間が気になってね。実は私の開発した遠くの光景を見ることが出来る魔道具で、君たちの戦いをみていたんだ」
マグナスはにこやかにアロウラに語りかける。
「それで、私たちに出来ることがあれば、協力したいなと思ってね。君たちから貰った蛍石を鑑定したら、最高等級品だったんだ。このクラスの蛍石は滅多に手に入る代物じゃないからね。是非そのお礼をしたい」
「悪いけど、私はあなたたちをまだ信用していないの。それに、私がよく知らない人の申し出をすぐに受けることは出来ないわ」
「私たちは本心からあなたに協力しようと思っているのに──」
「そうよ。こんなに真剣に話をしているのに。マグナス様に謝罪しなさいよ!」
アロウラに噛みつくレベッカとジェシカ。
「二人とも、落ち着け。私がこんな見た目をしているからな。信用できないのも仕方のないことさ。だが、彼女を治したい気持ちは私たちも同じだ。私たちは君たちを気に入ったんだ。それに、困ってる時はお互い様、だろ?」
「どうだか──」
「何なら、この間彼女がやっていたように、ダウジングペンデュラムを使って嘘をついているか判定してもらってもいい」
「──気づいていたのね」
(この男の声、不思議だわ。聞いてるだけで、こちらの心を許してしまいそうになる。これもこいつの能力なのかしら?)
「いいわ。信用してあげる。その代わり、ダウジングをさせてもらうわ。ちょっとでもおかしなことをしたら、三人とも氷漬けにするからね」
「それでいいよ。君にはまだ名乗っていなかったね。マグナス・シモンズだ。よろしく」
「見た目に似合わず律儀なのね。私はアロウラ。アロウラ・レリイズよ」
◇◇◇
マグナスはベッドに寝ているアンナの様子を丁寧に観察する。
「残念だが、かなり強力な呪いだ。これでも私は呪いには詳しい方なのだが、この呪いはとても解けそうにない」
「そんな──」
「だが、安心しろ。まだ望みが無くなったわけじゃない。私の同業者にエリシャというエルフがいるんだが、彼女は私たちよりも長い年月を生きている。だから博識で、呪いにも詳しいんだ。彼女なら、この呪いを解除出来るかもしれないよ」
(エリシャって、私たちが探していたエルフさんの名前じゃない!)
マグナスは何故かエリシャの居場所を知っていた。
実は、かつてエリシャとマグナスは同業者として交流があった。
しかし、マグナスが魔道獣の製作に手を出したことでエリシャを怒らせてしまい、それ以降は疎遠になっていた。
エリシャが怒ったのは、彼女が魔物をベースにして作られる魔道獣を嫌っていたからだという。
「あの蛍石がまだ手に入るならエリシャに持っていくといい。彼女には、それが一番の贈り物だからな」
◇◇◇
アロウラはマグナスから、エリシャはローゼンブルグの隣の大陸にある森の中に住んでいるという情報を得たので、三人で会いにいくことにした。
人々から「帰らずの森」と呼ばれている森の中で、エリシャは一人で暮らしているらしい。
帰らずの森は、魔法使いの隠れ里の近くにあった迷いの森と同じく、魔法がかけられており、一度入ったら正しい道のりを通らないと二度と森から出ることができない。
「森の木が移動しているよ。まるで森自身が生きているみたいだね」
「呑気なこと言わないの。私の耳で彼女を探し出すわよ」
アロウラは耳に魔力を集中させて、すぐにエリシャのいる場所を探し出すことができた。
エリシャは森の奥に小屋を作って生活していた。
(この森を自力で抜けてきたか。今まで私が手助けせずにここまで辿り着いたのはドロシーとアンの二人だけだったな。あの子たち以来か。あれは何年前だったかな──)
「話は聞いているよ。マグナスのクソ野郎から連絡があってね。その子の呪いを解きたいんだって?」
(あいつ、顔に似合わずマメな男ねえ。取り巻きの二人がくっついて離れないわけだわ。後でスクネにもそういうところは見習うように言っておこう)
「そうなんです。この子はアンナといって──」
「まずはティータイムにしないか? お茶とお菓子を用意してあるんだ。話はお茶を飲みながらゆっくりと聞かせてもらうよ」




