マグナスとの取引
ヴォルフラムが姉に似ているミリエラに一目惚れして、ミリエラを連れ去ってしまったことで、組織は混乱するかと思われた。
しかし、ミリエラ救出が目標となって、組織は一つにまとまっていた。特にミリエラ親衛隊のメンバーはミリエラの奪還に燃えていた。
ミリエラを連れ去った人物の動向を知るために、アンナたちは自分たちを尾行していた人物と戦うことにした。
「まさか、ミリエラが連れ去られてしまうとはね」
「一刻も早く連れ戻してあげたいけど、そもそもどこにいるのかわからないし」
「それじゃあ、彼女たちに聞いてみる?」
アンナは自分たちを監視していた二人に殺気を送る。
「くっ! 泳がされていたか!」
「バカにして! やってやるよ!」
「落ち着けジェシカ。こいつらはキャンベル姉妹を倒している。ここで無理に戦う必要はないよ」
アンナは素早く二人に近づくと、手のひらに魔力を集中させながら、二人に話しかける。
「ねえ、あなたたちのボスが私たちの知り合いを連れ去ったようなんだけど。よかったら、ボスの所まで案内してくれるかしら?」
「悪いけど、それは無理ね。私たちにも立場ってものがあるもの」
「そう。なら、無理やり聞き出すしかないようね」
「ちっ! やはり戦闘は避けられないか。ジェシカ、やるよ。最初から全力でいく」
「ああ、任せてよレベッカ。私たちの本気、みせてやる」
レベッカとジェシカも戦闘態勢に入る。アンナたちが戦闘を始めようとする、まさにその時──。
「その戦い、少し待ってもらおうか──」
突然現れたマグナスがアンナとレベッカの間に入って二人を制止した。
「マグナス様! どうして!」
レベッカとジェシカは、突然上司のマグナスが現れたことに驚いている。
「お嬢さん、私と取引をしないか? 今ここで、この二人を見逃してくれるなら、私たちのアジトの場所を教えてもいい。条件次第では、それ以上の協力もしよう。どうかな?」
「なるほど、あなたは話がわかるようね。いいわ、話を聞いてあげる」
アンナは手のひらに集中させていた魔力を解除する。
「話を聞いてくれるようだね。ありがとう。私たちはバリアントという組織に所属している。もっとも、私たちは組織のボスであるヴォルフラムという男に協力しているだけだが──」
「なるほど。そのヴォルフラムっていう男がミリエラを連れ去ったってわけね」
「その通りだ。だが、私は今、ヴォルフラムに失望していてね。条件次第では君たちのミリエラ救出に協力してもいいと考えている」
「へえ、あなたたちにも色々と事情があるようね」
「ああ。私は、ヴォルフラムがこの世界を変えるために動いているものだと思っていた。だから、私は彼に手を貸したんだ。それが今、彼は自分の都合だけで動いてしまっているからな。私の作った魔道獣の影響があったにせよ、あれでは小物だよ。人の上に立つ器ではなかったようだ」
「魔道獣はあなたが作っていたのね。それなら──」
アロウラは罠だと疑っているが、アンナはマグナスに、アジトの場所の見返りに、レベッカとジェシカをこのまま見逃すことと、マグナスとヴィランが自分たちとこの国に手を出さない代わりに、アンナたちはこの国の隣の国にいる不老不死のモンスターの情報をマグナスに提供することを提案した。
「不老不死のモンスターか。興味深いな」
「ネイキッドモールラットって知っているかしら? このモンスターは天敵である肉食動物に捕食されやすいからあまり知られていないけど、人間の手で飼育されるとものすごく長生きするのよ。それはね──」
ネイキッドモールラットは、細胞が活性化しており、再生能力が高く、老化で死亡することが無い。
また、酸素が無い環境でも、体内の魔素を利用してエネルギーを生み出すことが出来るため、酸素が無くても体内の魔素が尽きるまでしばらく生きることが出来る。
まさに不老不死とも言えるモンスターだが、全身に毛が生えておらず、剥き出しの肌と歯が突き出ている醜い見た目のため、これまで注目されることがなかった。
「なるほど。ネイキッドモールラットは知っていたが、このモンスターにそのような特性があるのは知らなかったな──」
アンナはこのモンスターの特性を、古代の魔法研究所の研究データを閲覧して知っていたのだ。
「新しい魔道獣の素材としては最適じゃないかしら? 知ってると思うけど、ネイキッドモールラットはこの国の隣国のロスカスタンに生息しているわ。ミリエラの奪還が終わったら、あなたは残りのバリアントのメンバーたちと一緒に、しばらく隣の国でネイキッドモールラットの研究をしていてくれると助かるわね」
「ふふ、体よく私をこの国から追い出そうというわけか。まあ、いいだろう。私は、特にこの国に思い入れがあるわけでもないしな。バリアントのメンバーたちは元奴隷が多いから、この国を憎んでいるものが多いんだ」
アロウラは、アンナが後ろの手にダウジングペンデュラムを隠し持っていることに気づいた。
(ペンデュラムで嘘をついているか判定している! さすがね、アンナ)
アンナは取引の最中、後ろに回した手にダウジングペンデュラムを隠し持っていて、マグナスが本心から話しているかを判定していたのだ。
そして、アンナは潰した魔道獣の補償として、北の鉱山で手に入れた蛍石をマグナスに手渡した。
「これは私が潰した魔道獣の補償よ。なんなら、この蛍石が取れる場所を教えてあげてもいいわ」
「なるほど。これは純度が高い蛍石だ。魔道具職人からすれば、喉から手が出るほど欲しいものだよ。これで十分だ」
魔道具職人でもあったマグナスは純度の高い蛍石の価値を知っていた。
「実は、あの時遠くから君たちの戦闘を見ていたんだが、先に仕掛けたのはこちら側からだからな。あの状況では仕方のないことだ」
こうして、アンナたちはマグナスからバリアントのアジトの情報を手に入れた。
◇◇◇
「すいません、マグナス様。私たちのせいで──」
レベッカとジェシカは申し訳なさそうにマグナスに頭を下げている。
「気にするな、レベッカ、ジェシカ。戦うことがすべてじゃない。交渉出来る時は交渉で解決した方がいい。それだけさ」
マグナスは何も問題ないというように、二人に微笑んでいる。
(ここであの三人と繋がりを作っておくのは悪くない。特にあの金髪の少年はスペリアだからな──)
「ありがとうございます、マグナス様。私たちはこれからもあなたについていきます」
ジェシカとレベッカは顔を赤らめながら、マグナスに再度頭を下げた。




