マスターの正体
メローネが研究所内のベッドで寝かされている。
彼女は錯乱していたため、アンナに睡眠魔法をかけられて無理矢理寝かされたのだ。
「こんな状態で任務に出すなんて、どうかしてるわ。あなた教主なんでしょ? あなたが責任を持って止めないとダメじゃない!」
アロウラがマテウスを問い詰める。
「──私だって止めたかったさ。だが、名ばかりの教主の私には出来なかった。この任務も教団の本当のトップの意向でね。悔しいが、私はあの人に従うことしか出来ないんだ」
アンナはメローネの身体を一通り観察するとマテウスに話しかけた。
「この子、呪いを受けているわ。それも、かなり強力な呪い。残念だけど、私たちでは解除出来そうにない。こうなると、呪いをかけた人物に直接解除させるしかないわね」
「そうか、メローネは呪われていたのか。──だとすると、彼女に呪いをかけたのはさっき話した教団の本当のトップ、我々がマスターと呼んでいる教団の創設者で間違いない。そんなに強力な呪いをかけられるのは、あの人以外に考えられないからね」
マテウスは、メローネの呪いに気づけなかった自分の無力さに意気消沈して、天を仰いだ。
「それなら、あなたたちの親玉に呪いを解いてもらうようにお願いすることね」
「ああ、私が何とかするよ。彼女たち信者を守るのが教主の私の使命だった。それが出来なかったのは私の責任だからね」
マテウスはメローネの手を握りながら涙を流している。
「すまなかったメローネ。僕は君の呪いに気づかずに無理をさせてしまった。最低な男だよ」
しばらくたってから、アロウラがマテウスに話しかける。
「それで、あなたたちはイバラ姫を見つけるためにここに来たのよね? イバラ姫かどうかはわからないけど、それらしい女性がここにいたわよ。その人、ここの地下にある巨大な機械の水槽の中で眠っていたの」
「そうか。君たちはすでに彼女を見つけていたのか。私から礼を言わせてくれ。教えてくれて本当にありがとう。あとで確認させてもらうよ」
マテウスはアロウラたちに頭を下げた。
「ねえ、イバラ姫の居場所と引き換えにメローネの呪いを解いてもらうのはどうなの?」
「そうだね。私が責任を持って呪いを解いてもらえるように交渉するよ。もし断られた時は、なんとかマスターを説得してみようと思う。この命に代えてもね」
マテウスは覚悟を決めた顔でメローネを見つめている。
「マスターっていう人はそんなにヤバい人なの?」
「──マスターは、おそらくこの時代の人間ではない。何らかの方法でイバラ姫のいた時代から現代まで生き延びている。だからこそ、イバラ姫にあそこまで執着するのだろうと私は考えているんだ。でも、その方法が不老不死なのか、輪廻転生して記憶を受け継いでいるのか、はたまた別の方法なのか、それはわからない。だが、マスターは間違いなく我々と同じ人間だ。これだけは確かなことだ」
かつて、この国の英雄であるイバラ姫はアンナと同じように細胞が活性化して不老不死となった。そのため、当時の研究者たちはイバラ姫自身の依頼で彼女の身体を研究していた。
その過程で、マスターはイバラ姫のクローンとして研究者たちに作り出された。実は、現在と比べてイバラ姫が生きていた時代の方がはるかに文明と技術が発達していた。
しかし、当時のクローン技術では、イバラ姫の細胞の超再生能力を再現出来ず、クローン体の彼女は失敗作として廃棄されていたのだ。
だが、マスターは不老不死になることを諦めていなかった。彼女は独自に魔法を研究して、他人の身体を乗っ取る魔法を完成させた。そして、他人の身体を奪いながら、長い年月を生き延びてきた。
しかし、この魔法で身体を乗っ取ることは出来ても、受け継ぐことが出来る記憶の量には限界があった。
そのため、いつしかこの研究所の存在も、彼女の記憶の中から消えていたのだ。
研究所の地下でイバラ姫らしき女性を確認したマテウスは、マスターと話をするために、メローネを残して教団本部へと帰っていった。彼は、アンナが研究所で新しく習得した気配を完璧に消す魔法をかけてもらったので、ガーネットに感知されずに済んだ。
教団本部に到着したマテウスは、マスターに接見すると、硬い表情のまま状況を説明した。
「よくやったね、マテウス。それじゃあ早速イバラ姫に会いに行こうじゃないか」
「その前に、マスター、一つだけお願いがあります。メローネにかけた呪いを解いていただけますか?」
マテウスは、覚悟を決めてマスターに話しかけた。




