8話 ハルピンへ
今回は短めです。
ピョルリ号の上で波に揺られる2人。離岸しても見送ってくれたベングドは件の6人パーティにつけられた名前を快く教えてくれた。
「円卓の騎士……こんなところで聞くなんて思わなかった」
「ララ、知ってるの?」
「カリファにいたときローランドがね。――全員Sランクの凄腕だよ」
ローランド曰く、冒険者ギルド総本部で一目置かれているパーティで帝国公爵の後ろ盾を持っているそうだ。その強さゆえか、はたまた別の理由があるのか。
「噂だと帝国の重要人物がパーティ内にいるからだとか、生家だからというものがあるが、真相のほどはってやつだな」
「そう……」
「現皇帝に連なる家の出じゃないと後ろ盾なんて得られないと思うんだけどな。生憎と帝国内の貴族には詳しくなくて、どこの公爵家かも分からないんだ」
いつか旅を続けていたら会えるかもな、と言うララに胸を躍らせるルル。帝国貴族と縁があるならテレバ王国について相談が出来るかもしれないという一縷の望みを抱いた。
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約1ヶ月の船旅は何事もなくトゥルテヌートのハルピンに到着し終わりを告げた。
船上から見たハルピンはトルゥーガよりひと回りは大きく見えて、あちこちの魚市場からは怒号に似た威勢のいい声が聞こえ、いい匂いが漂ってくる。
トゥルテヌートは下西大陸の上半分を占めている大国で、ハルピンは東西に細長く伸びている。ハルピンの西から出ればモルサという縫製メインの町があり、南に出ればピラニャという街があるそうだ。
ハルピンとピラニャの間には大きな川が流れており、その傍流には池や湖などもあるという。
トゥルテヌートの首都ガングレドはそのさらに南で手前にはティブロンという村があるそうだ。
「どこに行こうか」
「トゥルテヌートを巡るでもいいし、南西方面に向かえばガリーシャ国。ガングレドを通り過ぎてずっと南に行けばアリグリア国で、南東門はメッティ公国だ。中央大陸アースガルズ以外行ったことがあるから私は何処でもいいよ」
「……じゃあとりあえず、首都まで行けばいいかしら。その道中で魔物を仲間に出来れば何かしら本格的な依頼が出来るようになると思うの!」
船にいる間ルルはララから魔導書の使い方を教えてもらっており、すでに異空間も開けていた。もう魔導書を開けば魔法陣が現れて、魔物と契約を結ぶだけ。
魔法陣が現れている間は魔物の言葉が一時的に分かるようなるので交渉するのだと教えてくれたが、まだ試していないので試したくてうずうずしているのだ。
「じゃあハルピンを見回って一泊してからガングレドを目指そうか。ガングレドまではキトカに乗らずゆっくり行こう」
カインとアベルが呼応するように一声鳴く。同時にルルのお腹がキトカたちと似た声を高らかに上げた。
ハルピンはとてもいい街で人々が優しいところだった。海を挟んだだけなのにテレバ王国とは正反対だという印象を持つ。
テレバ王国があんなに閉鎖的でなければ、周辺国すべてを敵とみなすような人が国のトップでなければと悔やまれるばかりだ。
獣人族やときどきエルフ、ハイエルフ、ドワーフなどのいわゆる亜人系が堂々と歩いていても何も言わない、平然とお客対応をするハルピンの人達を見てテレバでは考えられない光景にぎゅっと胸を締め付けられる思いに駆られた。
市場などを回って存分に堪能していたら夕方になってしまう。急いで簡易宿泊所に一室借りようとしに行けば満室だとあっさり断られてしまった。
木賃宿やそのほか安宿の類もすべて、ピーク時なのか満室だと断られてしまう。
「しまったな……早めに宿を押さえとくべきだったか」
キールやミンターとは桁違いの人がハルピンに訪れているらしい。長期滞在もたくさんいるらしく、この時期だけではなくて常に満室状態だそうだ。
「どうする? ララ」
「町中で野宿は出来ないから、こうなったら急いで街を出て野宿するしかないだろうな」
野宿は魔獣の森で何度も経験したことがある。カリファにも近かった魔獣の森ではキトカが強いと分かっていたため魔物はまったく姿を見なかったのだが、この辺では魔物もたくさん出るだろう。
魔物と契約を交わして仲間を作ればララの負担も減る、と意気込むルル。
もうすぐ日が暮れそうになると慌ててハルピンの門を出るとすぐ森が広がっていた。どうやら森を切り開いて街が作られているらしい。少し奥まったところに進むと小さな湖がある。川から流れてきてここに溜まっている様子だ。
ララは太い枝同士をロープでつなぎ、タープという布テントを張る。三角屋根を作るように四隅をロープとペグで結びつけて地面に深く突き刺し、簡易テントを立てた。
「今日は雨も降りそうにないのでこれくらいで大丈夫そうだ。後は土魔法で深めの溝を掘っておいて、魔物落としも作っとかないとな」
陽が暮れ始め、遠くで空が赤く燃えてはいるけどルルたちの真上は濃紺に染まりつつあるため慌てて枝を組んで火を付ける。ようやく空すべてが濃紺に染まった頃にはパチパチと爆ぜる音が耳に心地よく、オレンジ色に照らされた2人の顔は安堵しているように見えた。
「なんだか、ようやく人心地ついた気分だわ」
「ヨトゥンヘイムを出るまでずっと気を張ってたんだろう。もし見つかれば大事だからな」
少しなにか食べよう、と亜空間ボックスを開いて中身を確認しているララを横目に周囲を見渡すルルは、近くの草むらがガサガサッと物音を立てていることを聞き逃さなかった。
ララにそれを伝えると瞬時にナイフを抜いて後ろに隠れるよう指示する。
草むらからひょっこり顔を見せたのは。
「なんだ、一角兎か」
額に生えた一本の角が特徴的なうさぎ、一角兎。臆病な性格で大人しく、スライムと並んで弱小とされる魔物だ。
Gランクがレベルアップを目指すときには経験が積めるとのことでよく狙われやすい。
ちょっかいを出さなければこちらを襲うこともなく、比較的知能もあって愛くるしい見た目から隷属され従順となった一角兎は貴族の愛玩動物として大人気だ。
「ちょうどいいな、ルル。あの一角兎と契約を交わしてみたらどうだ?」
初めての相手には不足なしだ、と背中を押して前に出してくる。ごくりと唾を飲み込んだルルは深呼吸してから魔導書を開いた。
ふわぁと薄く発光している魔法陣が開いたページの上に現れ、ぴくりと一角兎が反応を示す。
「わ、私の言葉が分かりますか? 分かるならお返事をお願いします!」
ヒクヒクと鼻をひくつかせて後ろ足で立った一角兎は品定めするようにルルを見つめてきた。真っ黒い瞳が物言わずジッと眺めてきて、負けじと睨み返すように見つめ続ける。
「分かるわ」
やがて根負けしたように涼やかな響きが脳内に染み渡る。実際に喋っているわけではなく、こうして脳内に語りかけてくることで意思疎通を図るのだろうと推測した。
「私と契約をしてくれませんか? お願いします」
深く腰を曲げたルルをジッと黒丸が見つめる。
「そう。あなた、召喚士なのね……そうなの」
しみじみといった言葉が似合うようなゆったりした口調で、ルルを上から下までなんども見た後、不意に誰かに呼ばれたのか長い耳をある方向に動かしたかと思えば脇目もふらずに走り去っていく。
「あっ、待って!」
慌てて追いかけるルルと、その後を行くララ。
生い茂る草をかき分けて小さなお尻を追いかけた先には、小さめの湖があった。主流から流れた傍流が色々なところで湖になっているのだろう。
「わぁ……」
そこで2人は幻想的な光景を目の当たりにした。
1人の女性が湖のほとりで水浴びをしていたのだ。月明かりのベールを肩からかけて、長い銀髪をふぁさりとなびかせる。広がった髪が天使の羽に見えて、ルルは思わず目を擦った。
女神が舞い降りていると言われても信じてしまいそうな美しさに、思わず息をするのも忘れてしまう衝撃を受けたルルとララはもっとよく見ようと少しだけ身を乗り出す。
「ガルルルルッ!」
その時だ。激しい唸り声と吹き飛ばされる衝撃を感じたのは。