6話 キールのちミンターへ
6話
ととと、とキトカたちが早足で歩く。軽い丘が何度も続くこの平野に入ってから変わらない景色に若干辟易し始めていた頃に、先行していたララが「ルル!」と手招きをする。
カリファの町を出てすぐの、魔獣の森にいる頃ララから「お嬢様」ではなく「ルル」と呼んでいいかという申し出があった。それを承諾したルル。お嬢様と呼んでいれば貴族だとバレ、人さらいに遭う可能性が高い。それを加味してだ。
「みえまし、見えたわ。国境の町キールよ」
慣れないタメ口はいずれ慣れるだろうと目をつぶっている。
カリファの町から魔獣の森を抜けて海沿いに行くことひと月が経過している。少し陸地側に入って丘陵地帯を抜けた先に、レンガ造りの城壁が見えた。
丘の上からだと遠くまで見渡すことが出来て、国境門の奥まで見える。フォルト国は何代か前の国主時代に、テレバ王国からの無断入国者が多いことに腹を立てて国境に高い壁をつくってしまったので、正式な出入りは門しかない。
ただ密入国があとをたたず今でも頭を抱えていると聞く。
「キールは国境門がある関係からフォルト国の風習も入ってきてる独特な町なんです。フォルト名産の「紙」もこの町では扱っている店が多いんですよ」
「それって確か、最近流行りの「レター」に使われてるやつよね。羊皮紙と違って羽ペンで書いても引っかからなくてすごい良いのよ」
キールに入った2人はキトカに乗りながら店を一瞥していく。大通りと思しき場所では行商人や遍歴商人らしき人たちが互いの商品を買いあっているところを見た。
「はい。木をほぐして作る「紙」や「レター」の製造方法は秘匿されていますが、特産品として売り出しています」
「ララ……」
「……もう少し時間がほしい」
敬語がまだ抜けないね、と言うと申し訳無さそうな顔でそっと目をそらされた。
気を取り直して周辺を確認すると、行商人はフォルト、遍歴商人はラ・トゥから来たらしい格好をしている。王家で各国について学んでいたルルは特徴的な民族衣装を覚えていた。
「アンタも同じクチかい?」
「何がだいね」
「テレバは通過するだけの国ってこったよ」
「ああ〜。そうだよ。どうもこのところこの国はキナ臭い。巻き込まれるなんてゴメンだからねぇ。大国クレセントとの戦火に巻き込まれるくらいなら三十六計逃げるが勝ちってもんさ」
「そりゃアレだろ? ミズガルズの言葉だろ。オレ聞いたことがあらぁな」
とりあえず久方ぶりの温かい食事がしたいし情報収集も、ということでやってきた酒場ではあちこちで似たような会話が飛び交っていた。どうやらクレセント帝国との開戦の兆しが市井まで漏れてしまっている。
もしや重要機密事項の勇者と聖女の召喚も漏らしたのではと思ったが、それはまだ知られていないようだ。だが王都では、馬鹿な王太子が求婚しルルの婚約が破棄されたことで貴族たちには周知されている。テレバ王国の民草にまで、やがては海を超えてクレセント帝国まで届くのは秒読みといっても過言ではない。
商人たちがみな裸足で逃げ出そうとするのも納得できる。
「はいよ。待たせたね、近くの農家で採れた[[rb:赤コゴミ>レトラッシュ]]と[[rb:ぜんまい>スプリン]]の和え物と、[[rb:牛兵>クー]]のカツ。あと[[rb:たい>アカタ]]の煮付けだね。カツにはマスタード付けて食べると美味しいよ、置いとくから好きに使っておくれ」
「女将さん、こっち煮カツねーっ!」
「[[rb:牛兵>クー]]かい、それとも[[rb:豚兵>オーク]]?」
「[[rb:岩鳥>ロック]]!」
「残念だね切らしてるよ。[[rb:豚兵>オーク]]でやっちまうからね!」
2人の前に並べられた料理が美味しい匂いを漂わせており、作ってくれたお礼を言おうと思ったがその前に別の客からの注文を聞いてさっさと離れてしまった。
「あぁ……」
「仕方ないわ。冷めないうちに頂こう」
それが十分お礼になるから、とウインクするララ。それもそうかと気を取り直して料理に向き合う。
海が近いからか、[[rb:カツオ>ツォ]]を乾燥させた本物のおかかを使っていて香り高い。内陸の方では[[rb:岩鳥>ロック]]や[[rb:鳥蛇>コカトリス]]の胸肉を乾燥させたおかかだったりするし、川が近ければ淡水魚のおかかだったりする。
和え物に使われているお出汁も[[rb:さば>サヴァン]]からとられているようで丁寧な仕事に舌鼓を打った。
カラッと揚がったカツはさくさくを通り越してざっくりとしているもので、でも肉自体の柔らかさは保たれている。とても美味しい。
「この[[rb:牛兵>クー]]とても美味しい……元いた場所じゃ[[rb:揚げたもの>フライ]]なんて食べられなかったから」
「そういえば……」
貴族の娘は野菜を中心に少ない量で満腹になるよう躾けられる。ドレスを着る際にコルセットで締め上げるため普段から量を入れないようにするのと同時に、揚げ物や脂っこいもので口周りをギトギトにすることははしたないというしょうもない理由から全く出されないのだ。
マリィアもその慣習に沿ったものしかクチにせず、ルルも母に準じていた。
反対にアレクセイやマチルドは男らしくあるようにという理由から脂物を中心にした献立をよく出されていて、そればかり食べていれば将来的に太るのではと若干心配になるほどだった。
「[[rb:たい>アカタ]]も味が濃くて美味しい。[[rb:パン>ブレッド]]があればさらに美味しくなりそうだ」
「本当だわ」
「労働者のためだろうか、酒場だから酒の肴も兼ねて濃い味にしてるのかも」
確かに[[rb:たい>アカタ]]の煮付けや煮カツなどを肴に「[[rb:乾杯>サルーテ]]!」とジョッキを打ち鳴らす音が聞こえてきた。ラ・トゥでの挨拶だったはず。テレバ王国では[[rb:乾杯>チアーズ]]という挨拶だ。
冒険者時代は酒豪だったというララは、クラフタル家に入る際完全に酒断ちしたらしい。今では1滴の酒も飲まない。
ララは他の商人などが酒をぐびぐび飲んでいるところを羨ましそうに眺めている。
「ララも飲めば?」
「……ダメ。酒は飲んでも呑まれるな、だからな。それに酒を飲んだら今日はもうキトカには乗れないんだ。飲酒騎乗は国際法で禁止されてる」
キールに到着した日、食事をしたらすぐにフォルト国に入国して、その後陽の落ち具合を見てフォルト側の国境町に宿泊するかどうかを決めようと、そういう話になっていた。テレバ側のキールよりフォルト側にあるミンターの冒険者ギルド直営簡易宿泊所のほうが豪華で泊まり心地もいいとララが言うので、泊まるにしてもフォルトに入国した方が得らしい。
冒険者ギルドの運営資金は基本その国が出す。総本部からも運営費の補助が出るみたいだが、各国の各町に配置されている関係から全額は出せず2割が限度。
そのため国が金欠の場合は簡易宿泊所も貧相になってしまい、テレバ王国はそれに当てはまるのだ。最も、テレバ王国は冒険者ギルドや商業ギルドにカネは出さないので、国自体にカネはあっても貧相だったりする。
「それじゃあこれ食べたら出国しましょう。フォルト国の名産品も食べてみたいの」
「ふふっ、そうだな」
すっかり平らげて酒場を出たころには真上にあった太陽が傾いていた。
出国門の前には長い列が出来ていて、並んでいる人たちは遍歴商人や行商人が多い。戦火の噂をどこからか聞きつけて国境が閉鎖されてしまう前に出国するつもりのようだ。
遍歴商人とは世界中を股にかけ仕入れては商売をする商人だが、行商人は決まった周辺国以外にはあまり行かない。テレバ王国に来ているということは、決めているのは上西大陸の国のみということだろう。
ルルたちの前に並んでいた行商人はクルガヌから北門を通ってテレバを周り、フォルトに抜ける行程のようだ。後ろはストカヤからテレバを横断してクルガヌまで行こうとしていたらしいが戦火の噂を聞きつけて早々にフォルト国に抜けてしまうつもりらしい。フォルト国からストカヤ国に抜け、ラ・トゥ経由の遠回りでクルガヌまで行くようだ。
「俺たちゃぁ歩きだからなァ。テレバ通ってる間、もたついて開戦でもしちまったらクルガヌ側から国境門閉じられちまうよ」
「そうそう。ラ・トゥもきな臭そうだがな、ここよりはまだ開戦しねえだろうし」
キトカに乗っているルルたちへの当てつけだろうか、そんな声もちらほら。
そうこうしている間にも列は進み、ルルたちの番となる。
「通行証の類はあるか。なければ出国税として[[rb:5万円>銀貨5枚]]だ」
「冒険者ギルドのカードがある。確認してくれないか」
門を管理する衛兵がジロジロと容姿を見て、格下と認識したのか見下すような口調で高圧的に要求してきたが、ララのギルドカードを目にしたとたん文字通り飛び上がった。
「え、え、Sランク! 申し訳ございません。どうぞお連れ様とお通りください」
光り輝く白地のカードはSランクの証。憧れの対象でもある高ランクの証を見て冷や汗をかきながら居住まいを正す衛兵たちの後ろで行商人や遍歴商人がまたひそひそと話す。
「Sランクってどのくらいだ?」
「俺たちでいうとこのアダマスランクみてえなもんかな」
「かもなぁ。そこまで上り詰めるなんてすげえな、あのお嬢ちゃんたち」
漏れ聞こえてくる会話の中でアダマスランクという聞き慣れない単語が出てくる。会話の内容から商業ギルドの最高ランクだと思われるが、実は商業ギルドの内情についてはとんと疎い。
ララにそれを聞こうとして、ふと出国税がずいぶんと高いことを思い出す。テレバ王国だから高いのかと思ったが、違った。
「出入国はそれぞれ[[rb:2万5千円>銀貨2枚と銅貨50枚]]、合わせて[[rb:5万円>銀貨5枚]]です。冒険者ギルドか商業ギルドに入っていればそれらが免除になるので、国をまたぐ職に付きたい者は必ず入ってますよ」
国際法で各国[[rb:2万5千円>銀貨2枚と銅貨50枚]]と決まっている。国同士を頻繁に移動する冒険者や商人は免除になるのも国際法だそうだ。
「冒険者で、商人もするの?」
「私も商業ギルドに入っていますよ。行商人や遍歴商人になる、というよりも冒険者が加入するのは素材を高く売るという目的のためですね」
「へぇ〜……」
商業ギルドで扱う製品は[[rb:巨大蛇>アナコンダ]]や[[rb:黒大蛇>ブラックパイソン]]、[[rb:赤蛇>レッドサーペント]]、[[rb:黒蛇>ブラックサーペント]]などのヘビ皮に[[rb:牛兵>クー]]の表皮や角、[[rb:暴れ牛>バイソン]]の皮や角などが人気だそうで。
冒険者ギルドで解体した後すべて買い取りに出してもいいが、革製品を扱う小物店やレザー専門店、装飾品店、商業ギルドそのものに個人で卸し人脈を作っておくということもするようだ。それをするには商業ギルドに加入して、商売許可を得なければならない。
「加入せずにそのような行為をした場合は闇取引になり、衛兵や憲兵に知られたら死罪もあり得る大罪だ。売り主はもちろんのこと、確認を怠った買い主も罰せられるからその辺は慎重を期すのが多いな」
「そうなの……知らなかった、では済まされない重大なことね」
確かに屋台でも必ず商業ギルド加入証が飾ってある。ギルドカードではなく加入証なところがどうしてなのか分からなかったが、そういう意味を含んでいるならおそらく目に見える形として置くことで客に安心感を持たせるためだろう。
「緊急時を除いて魔物に手を出すことも禁止になってるから、冒険者ギルドに加入する者の中にはマタギとかもいたりしま……する、ぞ」
「緊急時って、命が危ないとかそういうこと?」
「ええ。あ、ああ。命の危険がない限りは魔物も生きてるからな。罰則として国と総本部から多大な金を支払うよう命令される」
どうやら魔物とはいえ無闇矢鱈に狩り尽くすとその場所の生態系が崩れる危険性も孕んでいるらしく、縄張りに足を踏み込んだ、もしくは木々拾いなどで山に入ったさい偶然出会ってしまったなどの特殊な事情がなければ魔物を狩り尽くすことは認められていないらしい。
「冒険者になると認められるの?」
「許可が出る、という形だな。もちろんひとところに留まるのは個人の自由だが……大体のランクで狩れる魔物は分かるから、高ランクが弱い魔物ばかりのところにいれば総本部が怪しんで他の街に行くよう指示を出したりして生態系も守っている、という感じだ」
レベル上げで狩れる魔物などたかが知れている。無限に湧くスライム、ゴブリン、[[rb:豚兵>オーク]]などは狩り尽くしたところですぐに復活するのだがやり過ぎると復活するまでの間に生態系が崩れてしまう危険性を孕んでいるため総本部もその点を注意喚起しているそうだ。
「もちろん昔から代々マタギが家業って人も中にはいて、そういう人は国特有免許で事足りますのでギルドカードを取らない人もいますね。それは国が把握しているのでギルド総本部と連携を取っているそうで」
「そうなの……」
令嬢でいる限り覚えなさそうな知識に感嘆したルル。国が発行した免許を持つ国民の把握くらいはするだろうが、それが何の意味を持つのかなどは知り得なかっただろうことは明白だ。
商業ギルドの登録取り消しは罪人にならない限りはない、というララの言葉を信じて登録だけしに寄ることを決める。
ミンターの商業ギルドは冒険者ギルドと違いパチパチと何かを弾くような音がしているだけの静かな空間だった。ギルド内で特産品や名産品を販売しているところもあるらしいが、ここは特に何もしていない。
カウンターの前に立つと、受付嬢が深々と一礼してくれる。
「いらっしゃいませ、どのようなご用件でしょうか」
「新規登録に」
「かしこまりました」
ララが短く用件を伝えると受付嬢は手慣れた様子でボードに挟んだ書類を差し出してきた。
「こちら、登録に際して記入いただいている書類です。店舗形態はどのようなものをお考えでしょうか」
「冒険者登録をしているのでブロンズランクで結構です」
「失礼いたしました。そのように登録をさせていただきます」
同じく手慣れた様子でララがテキパキ登録を進めていき、その間手持ち無沙汰になってしまうルルは軽く周囲を見渡してみる。
テレバ王国は木組の建物が王都でも多く見られたがフォルト国のメインは石造りのようでどこか寒々しい印象を持った。隣同士なので気候は似たようなもののはずで、今は暖かい季節のはずなんだけどと首を傾げる。
「お待たせいたしております。登録料[[rb:1200円>銅貨12枚]]ちょうだいします」
座って手続きをしていた受付嬢がおもむろに立ち上がったかと思えばどこかに消えた。ややあって戻ってきたその手のトレーには光沢感のある銅色のカードが鎮座していた。
カウンター奥の机に一度置くと、別の空トレーを出す。ララが支払うと、お金は奥で作業していた女性たちによって数を数えられていく。
無事に[[rb:1200円>銅貨12枚]]あると確認されてからカードがカウンターに置かれた。
「ギルドのご説明は……」
「結構です。私がすでに登録してあるので」
「失礼いたしました」
丁寧にも申し出てくれたそれをララが断り、「行こう」とルルを連れギルドを出る。丁寧ではあるけど少し説明が小難しいとぼやく姿を見ていると、冒険者ギルドとは性格的に反対なんだなと少しルルは思った。
カードの裏面にはすでに「ルル」と名前が記載されている。冒険者ギルドのときはララとローランドが気を利かせて空白にしてくれていたのだろう。
「登録したはいいが、もう陽も落ちかけている。今日はミンターに宿泊しよう」
「そうね。少し時間が空いたからお腹が空いたわ」
「名物は[[rb:山羊>スケープ]]族だったはず……この辺だと[[rb:仔山羊>ラミー]]が有名だと記憶してるな」
[[rb:仔山羊>ラミー]]とは[[rb:大山羊>ムートン]]の幼体で、成長するには数十年は経ないといけないそうだ。ちなみに[[rb:大山羊>ムートン]]が更に大きくなり知性を持つようになると[[rb:山羊人>バフォメット]]と呼ばれ魔物扱いされるらしい。
「[[rb:仔山羊>ラミー]]は肉質も柔らかくて美味しいんだ。体毛は暖かくて、ミンター周辺はもちろんフォルト国全域で刈った毛をトゥルテヌートに送り、洋服に加工してもらうと聞いたことがあるな」
一度冒険者ギルド併設の簡易宿泊所にある獣舎の中にカインとアベルと入れると徒歩で近くの店に行こうと提案したララに従って入店したところは、大衆向けというよりも小金持ち向けという少しお高めの店だった。
せっかくだから、という気遣いなのだろうか。
「[[rb:仔山羊>ラミー]]でしたらハーブを揉み込んで焼いたハーブ焼きなどのシンプルなお料理がよろしいかと」
「あらそうなの?」
「じゃあそのハーブ焼き1つ。それから紙包み焼きも」
「かしこまりました」
注文が一段落してからゆっくり周囲を見渡すと、ルルたちのような流れ者らしき服装をしているのは少なく商人のような立派な服装をしている客が多く見えた。
手持ち無沙汰になっていることに気付いたのかララが商業ギルドについて説明してくれる。
「ランクは最低位がブロンズ、シルバー、ゴールド、プラチナにミスリル、最高位がアダマスという順だ」
ブロンズというのはいわゆる行商人や遍歴商人を指し、冒険者は基本ブロンズ以外のランクを申請はしないようで、シルバー以降は店舗経営者が登録するものらしい。
以前のブロンズランクは遍歴商人が含まれておらず事前申請した国間でしか行き来が許されていなかったようだが、新規開拓が出来ないからと登録解除してしまう闇商人が増えてしまった関係で今は緩くなっているそうだ。
「冒険者のランクは最低位がG、最高位がSとなっていますが基準はそれと同じ通り。アダマスランクになると世界各国主要都市には10店舗以上、いずれも大繁盛していることが条件のはずだ」
「へえ……」
ルルは自分の持っているカードを思い浮かべる。2枚とも銅色のカードだ。
冒険者の方は実力に応じてララのようなカードになれる可能性を秘めているが、商業ギルドの方はルルが将来的に店を持ちたいと思って登録変更をしなければブロンズのままだそう。
「このお店、あそこに商業ギルド総本山からの認定証が飾られてる。隣には運営許可証と、食品衛生認定証……だと思うな。ギルド総本山が定めた規定に沿った衛生管理が出来ているかどうかを30日ごとに定期監査が入ると知り合いから以前聞いたことが」
「30日ごと……ギルドから来る人も大変ね」
「ほぼ抜き打ちだそうだ。極秘ルートからひっそり情報が回るとは言えな。以前は1年毎に告知して行っていたそうだが、来る日だけ完璧に掃除してその他の日に手を抜いていたことが内部告発されたときは食材から食器や調理道具に至るまですべて買い替えさせて、イチからの教育し直しになったとその知り合いが言っていた」
相当厳しい基準で決められていて、ギルド総本山からの認定証が飾られている店に信頼感を抱いて客が訪れるそうだ。
ルルたちが入った店に飾られていたのはゴールドランクの証明書。だからこそ商人がたくさん来店するのだそう。
そうこうしている内に、いい匂いをさせたハーブ焼きが運ばれてくる。同時にキャンディのように紙が包まれた熱い鉄板焼きのようなものも。
「紙で蒸し焼きにしておりますので開いてお召し上がりください。[[rb:仔山羊>ラミー]]のハーブ焼きで使用しているのはローズマリーとタイムのブーケガルニです」
説明だけすると運んでくれたウエイターは恭しく下がっていく。
食事をしながらララが軽く咳をする。
「簡易宿泊所に戻ったら湯浴びをしたほうが良い。明日からはもう少し西に行った隣町トルゥーガまで行くからな。そのままトゥルテヌート・ハルピン行きの船に乗るからその間湯浴びは出来ないと思っていたほうが良いから」
フォルト国トルゥーガとトゥルテヌート共和国ハルピンを結ぶ定期船がある、ということはルルも知っていた。それを前例に、テレバ王国にもいずれは何処かと通したいと思っていた。
航行期間は約1ヶ月。海が荒れておらず程よい風が吹いていればそのくらいで辿り着けるそうだ。
「ここまで忙しなかったからな。トゥルテヌートに入れば祖国も滅多なことじゃ手を出せないはずだからとりあえず一息つける。しばらくそこに滞在するのもいいし、共和国内を回って他国に行くのもいい」
「いつかはクレセント帝国にも行きたい……っていうのは?」
「もちろん。あそこは何でもあるらしいから、大陸制覇したあとに行くのもありだし、何ならトゥルテヌートの東側から出ている船に乗ってもいい」
シルバーにランクアップして小さな屋台をやるでもいい、という提案はルルの中にすとんと入ってきた。
領地のことも気になるが今のルルには差し伸べられる手を持っていない。もし何かの店をやるならクラフタル領で何らかの特産品を作って、それを売ってもいいかもしれない。
苦しむ領民を思っていたからなのか、口の中は少しだけ苦かった。
ストック分を放出し終えたため不定期更新となります。なるべく、火曜日、木曜日、土曜日に投稿出来るよう精進致します。