3話 隠れた先の冒険者ギルド
ハッと気がついた時には、すでにルルーファスは外に放り出されていた。着の身着のまま森の中にいるこの状況が理解できないが、ララの顔を見たことでなんとか平静を取り戻す。
どうしてここにいるのか思い返そうとしてみても全く思い出せないが、ララはこの森を知っているという。
「ここは恐らく、ストゥリヌの町周辺に広がっている魔獣の森ですね。魔物が出るので、昔は防御壁の役割を兼ねた屋敷が初代クラフタル侯爵様の手で建てられていたのですが、今から何代か前の当主がこの領地を査察に来たさい気が休まらないという理由で今の場所に屋敷を建て直したのです。そのおかげで今は誰も寄りつかない廃墟となっております」
ララの説明で周囲をよく見れば、崩れ落ちた屋根があることに気づく。廃墟でも最低限の雨風は凌そうだ。だが問題はそこではない。どうしてここにいるのか、だ。
それもララが推測していた。
「多分ということになりますが、あのランド・スチュアートでしょう。立場が危うくなりそうだったので危険な芽は摘んでおこう、ということではないでしょうか。お嬢様が頂くお茶に睡眠薬を仕込んでいたのでしょうね」
先に味を見ておくべきでした。と悔やむララを宥める。証拠は隠滅して一安心していたところにルルーファスたちが来てあれこれと首を突っ込み始め、危険だと思ったのかもしれない。
納得するまでルルーファスは滞在するから気軽にカジノへ足を運ぶこともできないとあれば、鬱憤も溜まるし借金も膨らむ。そうなる前に、到着した日に捨ててきてしまおうという魂胆らしい。そうすればいつまで経っても帰らないのは頑固にも納得しないせいだと家族も思うし、何より厄介払いされた娘は気にもされないだろうという計算の上だろう。
「私は生憎、冒険者時代にそういった類への耐性をつけたのですが、鈍っておりましたね。一瞬だけ落ちてしまいました。あれは相当強いものでした。殺意を持ってなければ出来ない芸当ですよ」
「殺すつもりで使ったのかしら」
「あるいは効能をよく知らずに、という可能性も。ただの睡眠薬でも量を誤れば毒となりますから」
ふう、と肩を落とすルルーファス。
「じゃあその目論見は外れたことだし、もう一度前任者に連絡をとって証言もらった後は町に行ってその筋に明るい人を探しましょうか」
ルルーファスの提案に是と答えたララが連絡を取ろうと手紙を出した数日後、2人はその廃墟で何者かに襲われることとなった。殺すことを厭わず向かってくる2人組を危なげなく退けたララは「まずいですね」と顔を顰める。
「あの執事、私たちを確実に殺す腹積りのようです。私が元々高ランクの冒険者だと知らなかったようですね。そうでなければここで死んでいた」
「……ララがいなければ、殺されてたの。私……」
「当面は身を隠しましょう。少なくともお嬢様の安全が確保できるまではこの町にいない方がいいかもしれません」
メリーゴーランドが暗殺者を差し向けた理由はやはり、ルルーファスが狙っていた通りの理由だろう。バカな家族は騙せている今の状況をどうしても崩したくなくて、邪魔で目障りな娘を始末して仕舞えば安泰だと思ったのかもしれない。
身を隠すと言っても、といったところで隣町でもあるメロウグランド伯が収める「カリファの町」に向かうことを決めた。
メロウグランド辺境伯爵はクラフタル侯爵と違いとても良識のある人物で人柄もよく、ルルーファスも領地経営の参考にしているほど手腕がいい。そんな彼が収める領地の町は治安も良い方だ。
しかしカリファの町までは山越えになる。ララは冒険者として世界中を飛び回っていた過去があるから山越えなど朝飯前だろうがルルーファスは平地を歩くことさえあまりない。慣れない足取り、しかも夜間で視界も悪いという悪条件。休憩を多く挟みながらゆっくりと進んでいった。
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カリファの町は山の麓にあり、木組みの家が特徴的だ。山が近いということで林業を主とし賑わっている。小さい町ながら冒険者ギルドが中央区域に建設されており、商業ギルドに属する店が軒を連ねていて活気付いていた。
カリファで有名なのは冒険者が狩った魔物の革をナメした財布などの小物製品、その肉の燻製はギルドでも少々割高で売られている。
「ララ! ララじゃねえか、久しぶりだな。生きてまた会えるなんて思っても見なかったぜ」
「ローランドも相変わらずだ。――ご紹介いたしますお嬢様、この男は冒険者ギルドのギルドマスターをしておりますローランドという者です。粗雑な見た目をしておりますが心根の優しい男です」
カリファの町へ入る時に入町税として1人2千500円、まとめて5千円を支払ったララはその足で冒険者ギルドへと向かった。ちなみに町に入る税金ではメロウグランド辺境伯領は最も安い。平均で5千円、クラフタル侯爵領はアレクセイが高く設定して変更無効届も出してしまったため撤回が出来ず、1万円だ。
ギルドでは手厚い歓迎を受ける。昔の知り合いなのか、ヒゲモジャの大男がフライパンより大きな両手を叩いて大喜びしていた。ルルーファスに気付くと巨大な体をぐいっとたたみ込んで顔を覗いてくる。
「お? コイツぁどこのどなたさんだ?」
「私がお世話になっている隣のクラフタル侯爵領のご令嬢だ。諸事情あってマナー・ハウスには帰れなくて、カントリー・ハウスもランド・スチュアートに追い出されてしまってな」
「ほぉん? 逃げてきたって感じか?」
「そんな感じ。領地が違えばおいそれと手出しできないだろうししばらくここに置いてくれるか?」
「ハァン。時代が違うとはいえ「鬼人のララ」に手ぇ出すど阿呆がまだいるとはなァ」
髭を撫で付け目を細めるローランドは「まあ置くのは構わねえけどよ」とギルドの2階に併設されている簡易宿泊所に案内してくれた。
「ただウチは、ただ飯ぐらいを置いとくほど金に余裕があるわけじゃねえ。お嬢ちゃんぺっぴんさんだし、読み書きは出来るだろ。受付嬢手伝ってくれねえか」
「私は置いてくださるのならいくらでも」
交渉は成立だとばかりにローランドが手を差し伸べてくる。握手だと気付いてルルーファスも差し出した。
これからの生活について頭がいっぱいであったルルーファスは気付かない。ララとローランドが視線を合わせて頷きあったことに。
カリファの町はとても優しく、移民も受け入れている性質上なのか人々の優しさに触れることが多かった。初めて立ち仕事というものをしたルルーファスは四苦八苦していたものの、人々が優しく見守ってくれたからか徐々に慣れてくる。
そんな中、ララは城やクラフタル家の動きに探りを入れていた。
「クラフタル家では、カントリー・ハウスに到着せず、途中の道で不慮の事故により亡くなったことになっていた。メリーゴーランドの仕業だと思うが……男に男を取られた醜聞のある娘を持て余した連中だからな。疑う余地すらないんだろう」
「城の方はいまだに熱愛だそうだぞ。その2人。聞いたとこじゃそのせいで仕事が滞っていて、いずれは破棄したとはいえ婚約者に手伝わせる気まんまんのようだ」
「王命とあれば婚約破棄されていても逆らえないからな……」
同じくギルドマスターとしての地位を利用して城内部に探りを入れていたローランドは呆れ気味だ。あいつらは婚約破棄の意味を知ってるんだろうかと零している。
「なるほど。つまりはお嬢様を一生この国に、城に縛りつける腹なのか。王太子は色ボケしてるし勇者や聖女は異世界出身者だから内部機密を漏らす可能性がある。王太子の仕事内容をある程度把握しており尚且つ優秀な手、とくれば婚約者時代から仕事を秘密裏に手伝っていたお嬢様に白羽の矢が立つのも無理はないか……」
言いながらイライラし出したララは眉を強く釣り上げた。組んでいた足を変える。
ローランドも言い分に同意して「困ったもんだよな」と眉の間を揉み込んだ。
「ララ。お前、お嬢さん連れてこの国出ろ」
「……ハァ?」
急な物言いに思わず怪訝な顔をしてしまう。
「今は家から身を隠しているが、国が総力をあげて探し始めたら簡単に見つかるぞ。死亡したっても確実に死を偽装したわけじゃなくホラ吹きが吹いてるだけだ。怪しまれて捜索をされたら一発だぞ」
「確かに……無茶な偽装なんかしなくてもいいから特に手は打ってないが……そうか、国を脱出すればとりあえず縛り付けられることは避けられる」
「国を出ちまってよ、身の振り方はその後でもいいんじゃねえの」
あとは戦争だろうな、と王都で広まっている噂を話して聞かせてくれた。
召喚勇者、召喚聖女はこの世界の人間よりも魔力が多い。特に召喚勇者は全魔法属性に適性があり、使えない魔法を数える方が早いという。召喚聖女は使える者がごく少数という全体回復魔法を使用可能だ。さらに魔力の回復量はこの世界の人間を上回る。
テレバ王国はこの異世界からの来訪者たちを上手く利用して、クレセント帝国に反乱を起こすつもりらしい。前々からクレセント帝国を気に入っていない上東大陸ミズガルズ出身の現王妃の入れ知恵だろう。
「王太子や勇者たちは戦争ごっこに夢中。その間の公務が確実に滞るため優秀なお嬢様を影武者にしたい。――偽りの王妃、名ばかり王妃として」
「だろうな。本当の婚姻式は王太子と勇者、お嬢さんの時は誰もいないか代理を立てるってところじゃないか?」
色々と話し合うほど、この国を見捨ててもいいのではないかと思うようになってきた。
世界地図を机いっぱいに広げるローランド。
「この国を出たとして、どこに行く」
テレバ王国を指さすララ。
東西に伸びる王国の北にはクルガヌ王国があり、北東は大国ラ・トゥの属国ストカヤ国、南東はフォルト国だ。西と南は海に面しており、カリファも海沿いだ。海を渡れば下西大陸アルフヘイム、トゥルテヌート共和国の土地になる。
「ラ・トゥも今は案外きな臭いからな、フォルトに出て渡し船でトゥルテヌートまで行け。念の為大陸を渡っちまおう。共和国ならまだそう簡単に争わねえし、そういう話も聞かないからしばらくは安全だ」
「お嬢様にとっては、か……」
世界地図をなぞるローランドの指を目で追ったララはため息を吐く。
覚悟を決めたように頰を張り、ずっと使っていなかった亜空間ボックスから光り輝く白地のギルドカードを出した。
「これ、使えるようにしておいてくれ。それから新規でギルドカードを1枚。まだ無記名にしておいてくれ」
「あいよ。本当なら新規は1000円、再登録は500円だが、昔のよしみでロハにしといてやるよ。その代わり贔屓はなし。きちんとGからになるぜ」
「構わない。国境のキールかミンターでFにまで上がるから」
トゥルテヌートまで向かう、と決めギルドカード関係をローランドに頼むとララはギルドマスターの部屋を退室した。その足で眠るルルーファスのベッドサイドまで歩く。
木製の硬いベッドに薄く敷かれた綿が全く入っていない布団で眠っている姿を見ると、ララの胸がキリキリ痛む。領民思いの彼女が不当解雇されたロレンツォのために動くのは必至だったが、ここまでひどい環境に追い込まれるとは、と悔しくてならない。
大きな天蓋付きの、分厚くてふかふかなマットレスの上に清潔なシーツを敷き、これまたふかふかな綿たっぷりの布団に体を横たえないと体が休まらないだろう。そんなベッドで寝るべき人なのだ。これまでも、これからも。
「お嬢様……」
そっと、起こさないように細心の注意を払いながら頰を撫でる。
「時には領民のことなど考えず、ご自分の身をお考えください。あなたは自由に翔ける小鳥――あなたは、自由であるべきなのです」
静かに流れる涙を拭うと、そのまましばらく寝顔を見つめていた。