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2話 企んだ男

「ロレンツォがいない今、新しいランド・スチュアートになっているのは……」

「おそらくハウス・スチュアートのメリーゴーランドでしょう。彼はご当主様の機嫌を取るのがお上手なようですので」


 ガタガタと揺れる舗装されていない道。馬車の中でルルーファスは、唯一着いてきてくれた信頼している侍女ララと額を突き合わせてこれからのことを話していた。


「これより先は敵陣。お嬢様、お気を確かに」

「ええ……」


 簡素な木組みの家々が見え始めてくる。ルルーファスはドレスの裾をぎゅうっと握りしめ、深く呼吸した。


「長旅を、遠路はるばるお疲れ様でございました。ルルーファスお嬢様」


 アルケリア地方にある、周囲を魔物が出る森に囲まれたストゥリヌの町。その中央、一等地に立つクラフタル侯爵家のカントリー・ハウスに到着したルルーファスは、にやけた顔のハウス・スチュアート――ではなく、この度めでたくランド・スチュアートに昇進した男コフ・メリーゴーランドの出迎えを受けた。

 アレクセイが所持しており、普段ルルーファスがカントリー・ハウスとやり取りをする時に使用している転移魔法がかかっている水晶、転移魔水晶を使ってすでにアレクセイが色々とメリーゴーランドに手を回したのだろう。あらかじめ前任者を追放した時に集めた証拠を抹消でもして、勝利を確信でもしているのかニタニタと気持ち悪い。


「ご当主様より伺っておりますよ。前任者にすっかり騙されたお可哀想なお嬢様。さ、じっくりこの目でわたくしめの無実をお確かめくださいな。後ろ暗いところなどございませんと胸を張って言えますぞ」


 メリーゴーランドが謙りながら扉を開ける。

 来るさなか、馬車の中で「私はお嬢様を信じています」と言ってくれたララが気付かれないよう目配せをした。


 このストゥリヌの町に来るまでだいぶ時間が経ってしまったから全て燃やすか捨ててしまったと推測されるが、とりあえずは目で確認しないといけない、と自室ではなく執務室へ案内させる。


「私は机を探すわ。ララ、あなたは本棚をお願い」

「かしこまりました」

「では。わたくしめはお茶でも入れてまいりますので。お嬢様にとって良い結果になると、良いですね」


 プークスクス、とばかりの態度で退室していくメリーゴーランド。仕えている家の娘を前にしているとは思えない態度は、さらに権力のある当主の後ろ盾を得たからだろう。完全にナメ腐っている。


「ねえ。ララ……他の使用人に話を聞けないかしら」

「お嬢様がご就寝なさった後にでもお話を聞いてみましょう。もちろん、あのランド・スチュアートの目がない時でないと口を割ってくれなさそうですが」


 到着した時、メリーゴーランド以外にもメイドや執事がいた。頭を下げて出迎えてはくれたが、挨拶もそこそこに蜘蛛の子を散らすように屋敷内に引っ込んでしまって、ろくな顔合わせもしていない。

 メリーゴーランドは「各々仕事があり忙しいんですよ」と嘯いていたが、あのよそよそしさは忙しさとは違う意味合いがありそうで、ルルーファスの勘に引っかかった。恐らくだが何らかの口止めをメリーゴーランドからされているのだろう。それかルルーファスには関わらず近づかないよう厳命されているのかもしれない。


 とにかく何か紙1枚でも見つける方が先決だと部屋を漁る。


「……ダメですね。見つかりません」


 バラバラと本を開いては閉じるを繰り返していたララが沈んだ声を出す。

 額に滲む汗を拭ったルルーファスも、探してみた感じ手応えが全くないので「そうね」と悔しそうに呻いた。


「お嬢様、お茶が入りましたよ。どうでしょう? 前任者が言っていた、わたくしめがギャンブルにハマっているなどという大ボラの「証拠」とやらは出てまいりましたか?」


 ガチャリと扉の開いた音がして、鼻にかけたような高慢ちきで妙に媚びたねっとりと気持ち悪いくらいの高音がルルーファスの耳を刺激する。猫撫で声よりさらに高く、粘度を帯びたそれを聞くだけでも背筋が総毛立った。

 あまりの気持ち悪さに絶句していると、ララが庇うように前に立ちはだかる。


「まだ捜索中ですが? 探し始めてからまだそうお時間経っておりませんよね。見てわかりませんか」

「そうでしたか。それは申し訳ありませんねぇ。お茶、冷めないうちにどうぞお上がりくださいねぇ?」


 2人の捜索がまるきりの無駄だと言わんばかりの態度で去っていくメリーゴーランド。運ばれてきたポットから立ち上る湯気がすっかり消える頃になっても、全く何も見つからない。

 冷たくなったけど一度喉を潤そうということで、ポットからカップに注ぎ一息ついた。前任者であり不当解雇されてしまったランド・スチュアートのロレンツォを思えば、現任者であるメリーゴーランドの不正を暴かなければいけないのに、目に見える証拠、物的証拠が全くない。


「メリーゴーランドが裏カジノにハマった証拠。それはつまり、横領の証拠になるわ。借用書の1枚でもあれば……ハウス・スチュアートの給与だけじゃ絶対に賄いきれないもの」

「そうですね。ロレンツォの話では毎日のように夜の町に繰り出していたと。冒険者時代に普通のカジノを冷やかしたことがありますが、ハマった人間は目の色変えて金を湯水のように使っては飲み込まれていくのを見たことがあります」


 クラフタル侯爵家の領地では金額を賭けない公共カジノがある。普段から仕事漬けになっている領民が、天候不良などの影響で仕事できない時などに軽い手遊びができるようにと設置された。そこに目をつけた裏の者たちが秘密裏に大金が必須のカジノを設立して、領民から金を巻き上げているらしい。

 ルルーファスも衛兵と協力してなんとか潰そうとしてはいるのだが、全然尻尾を掴ませないため手をこまねいている状況だ。メリーゴーランドがハマっている証拠があればそれを元にすぐ潰せるというのに。


「でももう、すでに燃やされた後かしら……お父様からの連絡を受けて」

「そうですね。燃やされてしまったなら復元は難しいかと……あとは町に降りて、その筋に明るい人物を探して話を聞かないといけませんね」


 長い間捜索していたせいか、それとも長旅のあとだからか、ルルーファスは自分の体がひどく重たいことに気付く。ふわふわなベッドがあれば今すぐにでも潜り込みたくなるほどに、まぶたも重たくなった。


「お嬢様? いかがされました」


 視界の端。目の前が暗くなる直前。言葉が不自然に途切れたララがふらりと倒れる姿が見えたかと思えば、夢の世界へと真っ逆さまに落ちていった。






 ☆


 ☆


 ☆


 ☆


 ☆






 男6人の一行は、1人を荷運び用生物「キトカ」に乗せて旅を続けていた。上西大陸ヨトゥンヘイムを抜け、下西大陸アルフヘイムをゆったり進む6人の明確な目的地はない。あてどない放浪に似た旅が何年続いたのかわからないが、時折どこかを向いて寂しそうにしているのは故郷を見ているのだろうか。

 大きなダチョウに似たキトカの上に乗せられているのは、少年のようで少女に似た顔立ちをしたまだあどけない子だ。呑気に両手でりんごを頬張っている。


「あ、町だ」


 はねた黒い髪の一番歳若な男が指差した。目線の先には海が見えて、港町が広がっているのが見える。


「そろそろだな。あそこは海鮮が美味いんだが……所持金の方は大丈夫か? しばらく宿、借りるだろ」

「金は腐るくらいあるさ。でも道中で買った魔物、久々買取に出さないともう肉がないぜ」

「小ぶりのやつくらいは解体できるけどなァ。今持ってンのは全部大型だろ。街道沿いじゃ捌くのも厳しかったし」

「あぁ」


 短い赤毛の精悍な男が振り返り、はねた金髪の顔に幼さを残す男に問いかけた。聞かれて半透明のウインドウを空中に出現させた金髪の男は適当にスクロールして亜空間ボックスに入っている手持ちを確認した。

 道中、豚兵(オーク)の集落を見つけて狩り尽くしていたのだが、彼らが解体できる大きさの幼体は1匹もいなかったのだ。筋骨隆々な大男が後頭部をぽりぽり描いて腰元の肉包丁に触れる。


「……!」


 キトカの子が隣を歩く、長い茶髪の険しい顔をした男に齧ったりんごを手渡した。いらない、のではなくこの子供がいつもしている分け与える儀式のようなものだ。


「私はいい。自分で食べなさい、アスク」

「……」


 険しい顔の男にそう言われ、しょんぼりした顔をする。


「スゥ。グロウが食わないなら俺にくれ」

「!」


 金髪の男がアスクとグロウという2人の間に割り込んでいく。破顔したアスクがワクワクした顔で手渡した。


「アスク随分とご機嫌だなァ」

「クラウドがりんご受け取ってくれたからじゃないか? あとは町も見えたしな」


 金髪の男クラウドがしゃくりとりんごを食べているところをニコニコ見つめるアスクを眺めながら、筋骨隆々な男と赤毛の男が話している。


「アスク。お前魚好きだろ。あそこ魚がいーっぱいあるぞ。嬉しいか」

「! ……!」

「嬉しいな。お魚料理お腹いっぱい食べたいか。そうだな」


 はねた黒い髪の男が後ろ歩きしながら身振り手振りを大きくしてアスクに話しかけると、目を輝かせて大きく横に揺れた。グロウがアスクの言いたいことを正確に読み取る。


「どうするグロウ。いつもみたいに数日滞在じゃなくて、久々腰据えて何ヶ月か滞在してみるか? ケランのギルマスから受けた依頼もちょうどあの町みたいだしな」

「ああ。金は余りある。最近肉ばかりだったしな、そうとなれば家でも借りるか」

「さんせーっ! 俺、自分の部屋欲しい!」


 パーティリーダー・グロウがそう提案すると、黒髪の男がいの一番に両手をあげた。前回滞在した町の冒険者ギルドマスターから直々に受けた依頼もこなさなければいけないと聞いて萎れてはいたが。


「馬鹿野郎。そんなん金がいくらあっても足りねえよ。部屋はアスクが最優先! お前俺と一緒の部屋にすんぞ」

「げっ。アンと同室は勘弁して!」


 筋骨隆々の男アンに肩を組まれ、拝み手で懇願する。6人の中でもお姫様のように上げ膳据え膳されているアスクが振り返りきょとんとしていたが、クラウドからりんごを返してもらうとそちらに意識が逸れた。

 港町までは、夕方までには着けるだろう。 

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