08. エミーリアの初夜
真っ赤になって寝台へ潜り込もうとする私の動きを軽々と制して、元気そうで安心したと笑いながら私を抱き起こしたルドヴィク様は、侍女を呼び戻すとすぐに軽い食事を持ってこさせた。
そうして白湯にミルク粥、まだいけるな、なんておっしゃって、少々強引に果実まで、手ずから私の口へと運んで下さった。
自分で食べられます、と何度言っても聞いて下さらなくて、恥ずかしさに死にそうになりながら、何とか食事を終えた。
その日から二日、部屋から出して貰えなかった。
元気ですからとお伝えしても、熱を出して三日も目を覚まさなかったのだからすぐに歩き回るのは良くないと、ルドヴィク様が聞き入れて下さらなかったから。
三日目からはようやく庭に出る事を許して下さったものの、ルドヴィク様の付添いがないと駄目だとお仕事を放り出して着いて来ようとなさるので、ではルドヴィク様のお仕事の合間に、と言うと、何だか不満そうなお顔をなさった。
やっぱりまだ庭には出ない方が良いのかしらと思えば、ふと「多分これはただ一緒にいたいだけ」だと教えてくれる。
仕方のない方、と苦笑して、そして何だかルドヴィク様が可愛らしく思えた自分にくすぐったくなる。
「では、ルドヴィク様。今から少しだけ、お付き合い頂けますか?」
そう言ってみれば、ルドヴィク様は即座に勿論だと頷いた。
まだろくに案内もしていなかったなと、回復したらきちんと案内するがと、少し気まずそうに、ルドヴィク様は庭への道すがら城の中の案内もして下さった。
北の地であるこのグレンダールの城の庭には、短い夏を楽しむように色とりどりの花が植えられていた。
フィシェルよりも随分と遅い夏を迎えているグレンダールの気温は、フィシェルよりもずっと過ごしやすい。
緩く肌を撫でる心地よい風の中、花壇の間をルドヴィク様に手を引かれながらゆっくりと歩く。
しばらく花々を愛でた後、どうやらとても私の体調を気にかけているらしいルドヴィク様は、私を庭の奥にあるガゼボへと導いた。
中に置かれている二人掛けのベンチに並んで腰かけて、具合は悪くなっていないか、辛くないかと確認して下さるルドヴィク様に「本当に大丈夫ですよ」と微笑めば、ようやくほっと息をつかれた。
「身体を冷やしてはいけないからな」
そうおっしゃると、ルドヴィク様が後ろに控えていた侍女から受け取ったストールを肩から掛けて下さったのでお礼を言う。
侍女たちは手早くテーブルの上にお茶と焼き菓子を準備してくれた。
あまり甘いものを好むようなお顔ではないルドヴィク様は、けれどお嫌いではないのか小さな焼き菓子を一つつまんでご自分のお口に入れられた。
そうして「美味いぞ」と、私の口元へも運んで下さった焼き菓子を口にしてみる。
バターの効いた、ほんのりと甘く優しい味の焼き菓子にほわりと幸せな気分になって「美味しいですね」とルドヴィク様を見上げれば、ルドヴィク様は「それならばどんどん食え」と、次々と焼き菓子を私の口へと運ぼうとなさるから、そんなに食べられませんとルドヴィク様の手を押さえる。
――お部屋での食事は、結局ずっとルドヴィク様が手ずから、だった事もあって、感覚が麻痺してしまっていたのかもしれない。
ふと、控えている侍女たちがニコニコと微笑ましいものを見るようにこちらを見ている事に気づいて、
そうして私はこの状況が仲良く戯れて――〝いちゃいちゃしている〟ように見られているのだと気づいて、いつの間にかぴったり寄り添うようになってしまっていたルドヴィク様から慌てて離れた。
「何故離れる」
冷えるだろう、なんておっしゃりながら肩を抱き寄せられて、せっかく離れたのにまたぴったりとくっついてしまった。
――けれどもう身体が強張る事はなくなっている事に気付いて、私はまたくすぐったい気持ちになった。
この日の夕餉から、私も自分の部屋ではなくてルドヴィク様と共に食堂でとるようになった。
翌日からは絶対に無理はしないと約束をさせられた上で、城の中を案内して頂いたり、グレンダールの歴史についての本を読み始めたりと、少しづつこの国の事を学び始めた。
ルドヴィク様の休憩という名目で午前中に二人で庭の散策をして、午後にはガゼボでお茶をするのも日課のようになって――そんな風にすっかりと普通の生活を送るようになってから数日。
夕餉を終えて私を部屋へ送って下さったルドヴィク様から「体調はどうだ」と問われた。
「はい、もうすっかり」
「……そうか」
軽く頷いた後にルドヴィク様が身体を屈めるようになさったから、この数日と同じく就寝の挨拶――頬への口付けなのだと思って目を閉じた。
けれど頬ではなく唇に触れられて、驚いて目を開ける。
「後で来る」
私の顔がおかしかったのか――えぇ、きっととても間の抜けた顔をしてしまっていたのでしょうけれど、ルドヴィク様はにやりと人の悪そうなお顔をなさりながら私の髪をくしゃくしゃと撫ぜた後、耳元で「一人で寝るなよ」と囁きを落とされた。
後、はもう湯を使って眠るだけ、で……。
でも一人で眠っては駄目、で……。
だから、つまり、ついに私にも初夜を迎える時が――?
あぁ、いえ、初夜はえみりが済ませているから肉体的には二度目、という事になるけれど。
でも気分的には私は初めてで……とようやくルドヴィク様の言葉の意味を理解しておろおろと顔を上げた時には、ルドヴィク様は踵を返してご自分のお部屋へと向かわれてしまっていた。
その後すぐにはしゃいだ雰囲気を醸し出している侍女たちに磨き上げられて、初夜の時ほどではないにしろレースやフリルで彩られたナイトドレスを着せられて、そうして侍女たちがニコニコと満面の笑みを浮かべながら下がって程なく、ルドヴィク様がいらっしゃった。
どうお迎えすべきなのか分からなくて、結局初夜にそうすべしと教えられた時と同じ、寝台の上で待っていた私の元へルドヴィク様は真っすぐにやって来る。
「お、お待ちして、おりました……」
あまりにもどきどきと忙しなく跳ねている心臓につられるように、声も上擦ってしまった。
「そう硬くなるな」
ルドヴィク様の手の平で包まれるように頬を撫でられて、その手が髪を梳くように頭の後ろへと滑って、上向かされる。
目を閉じるとすぐに唇が塞がれて、そのまま寝台へ押し倒された。
「ん……っ」
深く口付けられて、それだけで頭がくらくらして力が抜けて来てしまう。
「ル、ド……っんぅ、んっ」
何度も口付けを繰り返されながら、ルドヴィク様の手で胸を包まれたと思ったらそのまま形が変わる程に強く揉まれる。
何故だか余裕のなさそうな、乱暴にすら感じる愛撫に身体を捩ると、ルドヴィク様がすまないと囁いた。
「あまり余裕がない」
「え……あっ!?」
逃げようとしてしまっていた身体を戻されて、ナイトドレスの前がはだけられた。