01. プロローグ
「エミーリア」
低い声で名を呼ばれる。
たったそれだけの事でも、身体は竦んで指一本すら動かせなくなってしまう。
じっとしたまま動かない事に焦れたのか、大きな手に腕を引かれて、そうして寝台へと押し倒される。
「っ……!」
「今日からお前は俺の物だ、エミーリア」
圧し掛かられて、耳元でそう囁くように告げられたかと思ったら唇が塞がれた。
塞がれているから、上がりそうになった悲鳴は喉を小さく震わせただけ。
助けて、と願っても、助けなど来るはずもない。
だってここは、昼間に婚姻の誓いを済ませたばかりの、夫婦の寝室。
しかも夫である目の前の男はこの国の王だ。
初夜を迎える国王の寝室を訪れる者など、いはしないだろう。
大きな体に圧し掛かられて、手首も押さえつけられている。
恐怖に震える身体を自分で抱き締める事も出来ずに、角度を変えて繰り返される口付けを、ぎゅうっときつく目を瞑って受け入れる事しか出来ない。
「ぁ……っ」
ようやく唇が解放されたと思ったら、手首を押さえつけていた大きな手が動いた。
脚を撫で上げられて、この夜の為に設えられたレースやフリルをふんだんに使った真っ白なナイトドレスの裾が捲られて行く。
「っ!!」
恐い、恐い、恐い――……!
これから自分が何をされるのか、知識としては知っている。
いつか――
いつか、愛し愛される相手と迎えたいと願っていた、初めての夜。
これから自分はその初めての夜を、愛してなどいない――ただ恐ろしいだけのこの男に捧げるのだ。
元は小国だったグレンダールの国土を、ほんの数年で何倍にも広げた『征服王』ルドヴィク・グレンダールに。
恐い、恐ろしい
どうして私がこんな目にあわなくてはならないの――
誰か、助けて
――あぁ、いっそ
いっそ、今すぐに死んでしまえたら良いのに――……!