086_『ラビアンローズ』最大の試練
「では、ちょっと休憩がてら『ラビアンローズ』でスイーツを食べていきますけど、今ならスイートポテト置いてますよね。」
「はい、先ほどゼブラさんが搬入していましたし、開店直後だから問題ないですわよ。でもわざわざお店で食べるんですの?」
ラビリさん達との商談が終わった直後、僕が発した言葉にラビリさんが疑問を浮かべながら応えてくれる。
あと関係ないけどゼブラさんと僕達は入れ違いになったみたいだ。まぁあの人も今は忙しいからそっとしておくとして、本題に移ろうかな。
「はい、昨日ズンダダの店に行ったときにあった事なんですけど…」
ここで僕は『ゴージャスずんだ』であったスイーツショップの客商売としての落とし穴について説明する。
「…なるほど。富裕層相手に商売をしている故、そうじゃないお客様を侮る態度を取る店員。スイーツの認知度が低い故のパティシエの手抜き。それは問題ですわね。」
「はい。これに関しては日々戒めていく必要があるわけですけど、それを判断するのは経営者であるラビリさんには難しいと思うんですよ。」
「確かにですわね。私が顔を出せば表向きは真面目な態度を取るでしょうから。」
「ですので僕らが変装をしてチェックを入れようと思います。」
そう言って僕はポーチから布切れを2枚取り出し、片方をパフィさんに渡し、もう片方は自分の頭に巻く。
「どうです。これならどこからどう見ても貧乏そうなクソガキでしょう。」
「あなたねぇ~。まさかパフィちゃんにもその恰好で行かせる気ですの?」
「そうですよ。だって統一感が無いと連れには見えないでしょう。」
「まぁ、そうですけど。」
「気にしちゃダメですよ。コンヨウさんの朴念仁っぷりは筋金入りですから。」
「パフィさん…ご苦労なさいますね。」
う~ん、オカシイ。なんかこの3人と一緒の時って、いつも僕がアウェーだ。
やっぱり女性3人に対して、男が僕1人って言うのが良くないのかな。
まぁ、それは置いておくとして、今回はちょっと手加減する気はないからね。
「さて、早速監査に行きますけど、少し覚悟してくださいね。もし舐めた態度を取る店員がいたり、不味いスイーツを出した時にはその情報を容赦なく広めますから。」
「…マジですか?」
「大マジです。言っておきますけど今から注意喚起に行くのは無しですよ。それをしたらその時点で監査は最低点とさせて頂きます。」
「まさかここに来て今回一番の試練が訪れるとは思いませんでした。」
「パフィさんも一切手心加えてやる必要はないからね。」
「分かってます。そんな事したらぼくにまで飛び火しますから。」
何やら生気を失った目をするラビリさんとヒヨリさんを余所に僕とパフィさんはお店の方へと向かう。
「いらっしゃいませ~。お二人様で宜しかったでしょうか?」
「…あっ!はい…二人で…大丈夫です。」
僕とパフィさんがお店の扉をくぐって元気な声でお出迎えしてくれたのは、この前お世話になったモフモフお姉様だ。
お姉様は素敵な笑顔でオドオドしながら店内を見回す僕とジト目のパフィさんを案内してくれる。
僕は初めて高そうな店に入った貧乏なガキの演技をしてるんだけど、パフィさんは胡乱気な表情を僕に向ける。
コラ!パフィさん。ちゃんと演技をしないとばれるでしょう。僕らはここの人達に面がわれてるんだから。
「こちらのお席にどうぞ。こちらがメニューですが文字の方は大丈夫でしょうか?」
「はい…大丈夫です。」
「失礼しました。ご注文がお決まりになりましたらお呼び下さい。」
うん、素晴らしい対応だね。僕らが貧乏そうなガキで文字が読めない可能性がある事についてもしっかり留意しているね。
モフモフお姉様が一旦その場から離れた後、パフィさんが僕に気味の悪いモノを見る様な目をしながら小声で話し掛けて来る。
「コンヨウさん…なんですか?その演技は。」
「コラ!妹よ。ここでは兄と呼びなさい。」
「…お兄ちゃん。確かにここではそういう設定ですけど。」
「設定とか言わないの!僕は初任給で妹に贅沢をさせてあげようと場違いなお店に入った貧乏少年なんだから。
妹もそんな感じで演技してくれないと困るよ。ちなみに予算は2人で4000フルールまでだからね。」
「…お兄ちゃんってそういうのにやたら拘りますよね。
ちなみにメニューを見る限りだと予算4000フルールで2人分だとスイートポテトのセットかクッキーのセットしか頼めませんけど。」
「うん、そうだね。その二つを頼めればいいんだけどね。」
「あんまり無茶な事はしないで下さいよ。」
そう言って僕は如何にも悪そうな笑みを浮かべると、パフィさんも僕が何かをやらかそうとしている事を悟り、釘を刺してくる。
僕はそんなパフィさんの心配を余所に別の店員さんに声を掛ける。今度、声を掛けたのは羊のウェイターさんだ。
「お客様、ご注文はお決まりでしょうか?」
「いえ…ちょっとこういうお店は初めてで、何を注文したらいいか…」
「左様でございますか。もし宜しければお好みとご予算などを教えて頂いても。」
「予算は4000フルールで妹は甘くて柔らかい奴を…僕は歯ごたえがある奴を。」
「それでしたら当店おススメのスイートポテトとクッキーが宜しいかと。」
「分かりました…では、スイートポテトとクッキーをお願いします…えっと確かこういうお店ではチップが必要でしたよね…」
「……」
僕は何も知らない子供の演技でポーチから慣れない(様に見える)手つきで大銅貨を一枚出そうとする。
さて、店員さんはどう出るかな?オドオドした表情の裏で邪悪な笑みを浮かべる僕にパフィさんの非難の視線が突き刺さる。
「お客様、当店ではそのような事はやっておりませんので。もし宜しければそのお金で紅茶のセットをご注文なさっては如何でしょうか?きっとご満足頂けると思いますよ。」
見事、完璧だ。何も知らない子供相手に誠実でしかも決して侮らず、それでいて最善の方法を提示する。その柔らかな笑みはまさに店員の鏡だ。
後で聞いたんだけどこの人ホールのチーフみたい。僕がバイトの時は非番だったみたいだけど。
そして僕を唸らせる程の完璧な接客を行ったモコモコチーフさんは厨房へと向かう。それから待つ事暫し。
「お待たせしました。スイートポテトとクッキー、紅茶のセットになります。それではごゆっくりお楽しみくださいませ。」
丁寧な手つきで品物を置いて行ったモコモコチーフを見送った後、僕はパフィさんに話を振る。
「さて、ではスイーツの確認だね。見た目は…どっちも合格みたいだね。」
美しいお皿に盛りつけられたスイートポテトにキレイな焼き色が映えるように立体的に盛り付けられたクッキー。
その傍らに添えられた透き通った明るい褐色の紅茶は華やかで香り高い。
「では見ているだけでは仕方ないし頂こうか。妹よ、半分こしよう。」
「はい!」
美味しそうなスイーツと紅茶を前にパフィさんが大はしゃぎ。やっぱり女の子にとって甘いモノは正義なんだろうね。
スイートポテトとクッキーを頬張り、紅茶に口をつけるパフィさんは本当に幸せそうだ。さて、僕も頂くかな…
…う~ん、流石エレフさんが作ったスイートポテトだ。しかもこの前の試作品から更に微調整を加えてより美味しい仕上がりになっている。あの人の進化は留まるところを知らないな。
次にクッキーは…サクサク食感と口の中でホロホロと崩れる感じがなんとも心地よい。甘すぎず優しい味わいが実に美味しい。
紅茶は…淹れたのはヒヨリさんじゃなさそうだけど、これもかなりのクオリティーだ。鼻を抜ける様な爽やかな香りと柔らかい口当たりが口の中をさっぱりさせてくれる。
どうやら今の所は問題なさそうだね。スイーツを食べ終え満足した所でお会計だ。
「すみません…お会計をお願いします。」
「はい、ただいま。」
やって来たのは先ほどのモコモコチーフだ。おそらく初めてスイーツショップに来た子供への配慮だろう。
ほら、事情を知らない店員が来たら不安になるかもしれないから。モコモコチーフは伝票を確認しながらお会計を口にする。
「スイートポテトとクッキーに紅茶セットが二つ。合計で4000フルールになります。」
優しい笑顔で対応するモコモコチーフに僕は本性を表す。
「ありがとうございます。では小切手でお願いします。」
そう言って僕はあらかじめ用意しておいた小切手を手渡す。
僕の雰囲気がガラリと変化した事にモコモコチーフは一瞬目を見開くが、すぐに元の笑顔に戻り対応する。
「畏まりました。では確認して参りますので少々お待ちください。」
そう言ってモコモコチーフがその場を離れた所でパフィさんが小声で質問をする。
「あの~、前々から思ってましたけど、その小切手って何ですか?」
「あぁ、これね。商業ギルドで預金通帳を作ったでしょう。
その時に購入できるんだけど、これに金額を書き込むと預金の範囲内でお金の代わりに使えるんだ。」
この世界の小切手についてだけど、僕も説明を聞いた時に少し驚いた。
この世界の預金通帳カードには『暗号化』スキルっていうのが掛かってるんだけど、これって小切手の用紙とも連動しているみたいなんだ。
それぞれの預金通帳に紐づけされた小切手の用紙に本人が直筆で名前と金額を書くことで預金を自由に動かすことができる。
つまり疑似的にキャッシュレス決算機能を再現しているわけだ。用紙は1枚10フルールで僕は既に100枚購入している。
ちなみに必要事項を記入した小切手を相手の預金通帳カードにかざす事で入金する事が可能。預金通帳についている残高確認機能を使えばその場で入金の確認もできる。
この事をパフィさんに説明すると、きっと脳がショートするだろうから、小切手を商業ギルドで買えば一部のお店でお金代わりに使えるとだけ説明した。
さて、パフィさんへの説明も終わった所でモコモコチーフさんが戻って来た。
「ご入金を確認できました。ご利用ありがとうございます。」
「こちらこそありがとうございます。今ラビリさん、来てますよね。『合格です』とだけ伝えて置いて下さい。ではこの辺で。」
「…またのご来店をお待ちしております。」
僕の様子に何かを察しながら、あくまでも店員としてのスタンスを貫くモコモコチーフ。
僕はそれに脱帽しながら、パフィさんと共にお店を去る。『モコモコのウェイターさんの評価は最高でお願いします』という内容の『芋文』をラビリさんに送りながら。




