075_傷だらけのダイアモンド
「ところで話は変わりますが、ドク殿はどうしてコンヨウ君を身動きが取れない様にしたのですか?
それに今回の件はコンヨウ君に任せておけば、2~3日で勝手にカタがついていたと思います。
私には『マードック・ザ・ワイズマン』がわざわざ出る様な場面ではなかったかと感じましたが?」
無事に今回の件が片付く目途が立ったところで、マイトが今まで抱いていた疑問をドクにぶつける。
これに対して、ドクは苦笑いをしながら答える。
「マイト殿、私の噂はご存じかな?」
「人並み程度には。」
「そうですか…では私が人の心を読む鼻を持っているなどと言う世迷言も信じておられるのでしょうか?」
「流石にそこまでは。」
「実はあの噂は当たらずしも遠からず、なのです。」
「!!!」×3
ドクの思いもよらない告白にこの場にいる残りの3人が驚愕の表情を浮かべる。
「実は私のスキルには『嗅覚強化』ともう一つ『匂い成分分析』と言うものがありまして、このスキルを使うと匂い成分の詳細が分かるのです。」
「つまり、どういう事でしょうか?」
「人と言うのはその時々の体調によって匂いが変化します。私は匂いによってその人間の体調、心理状態等を把握し、それによって相手の思考を高確率で言い当てる事が出来るのです。」
「……」
「一人になった時のコンヨウ君の行動については匂いで常に追っていましたが…はっきり言って常軌を逸していました。
彼は丸一日、飲まず食わずの眠らずで動き回り、大量の情報を処理しながら、ゲッスの監視も行い、孤児院やコービット商会の様子も確認していました。
その日の移動距離は100キロ以上、監視の時以外は全く足を止めていませんでした。」
「あの…恐縮ですが、どうして飲まず食わず眠らずだと分かるのですか?」
「食べたり飲んだりすれば食べ物と体臭が混ざるので一発で分かりますし、眠れば呼吸や心拍数が変わるので汗の分泌量と成分が変化します。
私のスキルはそれらを判別できるのです。」
「つまり、コンヨウ君は…」
「はい、昨日ネイチャンさんが見つけた時にはまた倒れる寸前でした。この事についてはネイチャンさんも同じ見解です。
おそらくマイトさんといた時に食べていたという焼き芋が最後の食事で、ギルドで仮眠したのが最後の睡眠だったのでしょう。」
「無茶苦茶です!そんな事をすれば疲労で身体が動かなくなるはずです!」
「彼は疲労を感じないらしいんです。だから誰かがすぐ側にいないと知らない間に無茶をする。
昨日、パフィさんと合流して、ちゃんと食事と睡眠をとってくれたのを確認して私がどれほどホッとしたか…」
そう答えるドクの右手は小刻みに震えていた。ドクは昨日のお説教の際、この事で怒鳴りつけたい気持ちを必死に堪えていた。
コンヨウは人に頼る事を極端に嫌う。仲間を助ける為なら割と遠慮なく助けを求めるが、自分自身に関しては全く助けを求めない。
このタイプの人間は自分の深いところに踏み込まれるのをとにかく嫌う。
きっとコンヨウの無茶を指摘すれば、彼はふとしたタイミングでふらりといなくなってしまう。その確信がドクの怒りにブレーキをかけてしまった。
もし彼が独りになれば、どこかで無茶をして孤独に朽ち果ててしまうだろう。それがドクの導き出した結論である。
故に彼はコンヨウに嘘をついた。
一度集落に帰ると偽り、ゼブラと共にそのままナプールに潜伏。
すぐさま商業ギルドに向かい、マイトと接触。コンヨウの指示でかき集められた資料を確認し作戦を立案し、実行。そして現在に至る。
「私は彼に多大な恩がある。それを返しきるまで意地でも彼を逃がさないつもりです。」
「それで…今回の行動と言うわけですね。」
「はい、この事件はきっと大きく取りただされる事でしょう。そしてその立役者が無名の少年であれば尚の事です。
そうなれば彼の周囲も色々と騒がしくなってしまうかも知れない。
だから、彼が表に出ない様にこの事件は『マードック・ザ・ワイズマン』が解決しないといけないんです。
私ならその虚名で周りを黙らせる事が出来ますから。」
「もし、彼が名声を欲したのなら?」
「その時は、私は潔く彼の側にいる事を諦めます。」
「あなたはですか?」
「はい、誰が諦めても絶対に諦めない娘を知っていますから。その娘は今、唯一コンヨウ君と対等な人間です。本当の意味でコンヨウ君を救えるのは彼女だけでしょう。」
ドクはその鼻でパフィと共にいる時のコンヨウの様子をつぶさに観察していた。
パフィといる時のコンヨウは本当に穏やかで、彼女に全幅の信頼を寄せている事が分かったからだ。
自分も決して信用を得ていないわけではないが、年上故にどうしても距離が出来てしまう。彼の抱えている大きな何かには触れられない。
それは集落の他の者にも言える事だ。自分達の出来る事、それは。
「それに例え側にいれなくても、救う為の手助けならいくらでもできます。」
「彼が拒んでも。」
「えぇ、彼の意志を無視してでも彼の為に行動する。それが私の恩返しです。」
「何故あなたほどの人がそれだけ彼の事を思うか、お伺いしても…」
マイトの質問にドクは物憂げな様子で答える。
「彼はダイアモンドなんです。それも傷だらけの。」
「……」
「ダイアモンドは非常に硬いですが、それと同時にとても脆い石です。彼は恐ろしく頑丈に見えますが、その内面は繊細で衝撃を与えれば簡単に砕ける様な気がしてなりません。
彼に必要なのは傷を癒す時間です。だから私達はその時間稼ぎをするだけです。」
ドクの言葉にマイトも思うところがあったのだろう。少しの間瞑目した後、決意にも似た表情で言葉を紡ぐ。
「…分かりました。私も微力ながら協力致しましょう。
彼のお陰でこの街の悪党を一掃する事が出来るのですから、ここで恩を返さないと商業ギルドの名が廃ると言うものです。」
「感謝します。マイト殿。」
こうして、商業ギルドナプール支社ギルドマスター_マイト=ガイルは名も無き集落の協力者になる事を誓った。




