066_両親の味
「…遅かったな。もしかして拙者は邪魔だったかな。」
僕らがレストランでの夕食を終えて、宿屋カジツ亭に戻ったら、何故かペテロさんが待ち構えていた。
しかもぐったりとした様子で動かないミミズクの獣人さんを肩に担いでいる。
「えっと、その肩の人ってもしかしてクズミ神父ですか?」
「…左様。彼がクズミだ。」
僕は正直面食らっていた。確かに今日か明日にケリがつくとは言っていたけど、まさかこんな早くクズミとご対面するなんて思わないじゃない。そして何より…
クズミの状態が思ったよりずっと悪い。
呼吸が弱く、意識はある様だけどぐったりした感じだ。これは早く処置しないとマズイかも知れない。
クソ!こんな時にネイチャンさんがいてくれれば、適切な処置もできるっていうのに!
ままならない状況に少し苛立ちながらなんとか頭を働かせる。
「取り敢えず、僕の部屋に行きましょう。話はそれからです。」
焦る気持ちを抑えながら、僕は2人を引きつれ部屋へと急ぐ。僕の苛立ちが伝わったのか、パフィさんもペテロさんも神妙な顔つきで一言も話さずついて来る。
僕らはなるべく目立たない様に部屋に向かい、クズミをベッドに寝かせる。それから僕は状況を確認する。
「見たところ、衰弱が酷い様ですけど、ここに来るまでに何か食べさせましたか?」
「…いや、おそらく数日何も食べていないのだろう。意識が朦朧していて物を噛む力が無いようだ。水は飲ませたが食べ物はまだだ。」
「そうですか。砂糖水でも飲ませれば違うのでしょうけど、今の時間じゃ店も開いてない。焼き芋を出しても多分食べられない。このままじゃ明日まで持たないかも知れない。」
「コンヨウさん、どうするんですか?」
「厨房に行ってみる。事情を説明して食材を売って貰うよ。」
そう言って、僕は2人の返事を待たずに部屋から飛び出す。
ふざけんなよ。別に赤の他人がどこで死のうと僕には関係ないんだ。でも…
僕の目の前で餓死だけはするな。
多分僕は今、物凄い剣幕なんだろうな。パフィさんが怯えた表情で僕の後を追ってくる。ペテロさんはクズミを見てくれているみたいだ。
僕は一直線に厨房に乗り込み、料理長と思しき牛の獣人さんに事情を説明する。すると料理長さんは、
「そりゃ大変だ。もう今日の分の食材は使い切っちまったから碌なもんは残ってないが、あるもんは好きに使っていい。なんか手伝える事があったら言ってくれ。」
と、快く厨房と食材を貸してくれた。さて、とは言っても何を作ったものか。
まず食材がほとんどない。スープを作る為の出汁もジュースを作る為の果物も砂糖もない。そして何より時間が無い。
あるのは肉とクズ野菜とミルクと水と塩。クズミは噛む力が無いくらい弱っている。作るならスープ、それも糖分がとれるもの。
「コンヨウさん、何か手伝える事はありますか?」
不意にパフィさんの声が僕の耳に届く。その顔には不安がありありと浮かんでいる。
…はぁ、ダメだな。冷静にならないと。妹分を不安にさせてどうするんだ。
僕は深呼吸をして記憶の中にあるレシピを思い出す。
………あった。この材料で作れる簡単なレシピ。
「パフィさん。竈に火を入れて。それから鍋とボウルとスープを入れる器とスプーン!」
「はい、分かりました!」
さて、急がないと。まずはこれだ。
『食物生成(茹で芋)皮むき、裏ごし済み『鳴子銀時』』
これはこの前気絶した時に得た強化スキル『調理工程の詳細設定』の効果で、裏ごしや皮むきなど、サツマイモの調理ならほぼ全て出来るようになった。
多分だけど電子レンジでの加熱とか調理後の冷凍保存も出来るようになっていると思う。これによりサツマイモの調理に限って言えば恐ろしく時短できるようになった。
使うサツマイモは最も料理に向いていて優しい甘さが特徴の『鳴子銀時』。
裏ごし済みの茹で芋はパフィさんの用意してくれたボウルに入れ、そこにミルクを少しずつ加えていく。
ミキサーがあればすぐなんだけどそんなモノはこの世界には無いので、フォークを使って全力でかき混ぜる。
そしてかき混ぜる事暫し、サツマイモとミルクがとろみのあるスープ状になった所でパフィさんが用意してくれた竈へと向かい、鍋でそれを温め、塩で味を調えたらサツマイモのミルクスープの完成。
さて、出来上がったはいいが弱った胃袋に受け付けるだろうか。少し味見をしてみる……
…そうか…この味って……これなら大丈夫だ。
「よし、出来た。パフィさん、部屋に戻るよ!」
「はい!」
僕は鍋を持ち、パフィさんは食器を持って部屋へと急ぐ。
「お待たせしました!クズミさん、食事です。ペテロさん、クズミさんの身体を少し起こして下さい。」
「…承知。」
僕の言葉を受けたペテロさんがクズミの身体を起こす。
「クズミさん、スープです。しんどいかも知れませんが頑張って食べて下さい。」
そう言って僕はパフィさんが持ってきた器を受け取り、それにスープを注ぎ、スプーンでクズミの口元へと運ぶ。
「ゴホッゴホッ!」
クズミは若干咳き込んだものの確かにスープを飲んだ。
「大丈夫ですか?もう一口、食べれますか?」
クズミに拒絶の様子は見れない。恐る恐る口元にスープを運ぶと今度は咳き込まず飲み込んでくれた。
「もう一口、食べれますか。」
「………(こくん)」
今度は言葉は出ないもののきちんと頷いて答えてくれた。
…それから30分くらいかけて器の半分の量のスープを飲んだところでクズミの体力は限界を迎えたようだ。今は寝息を立てて眠っている。
鍋にはまだ結構な量のスープが残っていたので僕らはそれを夜食にする事にした。
僕とパフィさんは厨房に戻り、スープを温めなおし、人数分の食器を持って部屋へと戻る。
「…では頂くとするかな。」
「はい、せ~の。」
「いただきます。」×3
パフィさんの号令と共に僕らはいただきますをして、スープを口に運ぶ。
ちなみにペテロさんは夕ご飯がまだだったそうなので、『甘納芋』を2つ渡して一緒に食べてもらう事にした。
それを見たパフィさんが物欲しそうにペテロさんを見ていたので、苦笑いをしながら『甘納芋』を1つだけ渡した。全く、君はさっき夕ご飯をお腹いっぱい食べただろう。どれだけ大飯喰らいなんだよ。
そんな事を思いながら、パフィさんをジト目で眺めてみたけど、こんな時は心を読めないらしい。全く気にする素振りを見せず美味しそうに焼き芋を頬張るパフィさん。
さて、これ以上は不毛だから僕もスープを頂きますかね…
優しい甘味……やっぱり、この味って……あれ、おかしいな……さっきよりちょっとしょっぱいや……なんか視界も歪んでるし……なんでだろうな。
「…コンヨウ殿、どうした?」
「……コンヨウさん、何か思い出したんですか?」
そっか、僕は今、泣いてるんだ。でもこれは仕方ないよね。だって…
「このスープ…父さんが作ったのと同じ味なんだ。」
このスープは父さんが病気になった母さんに作ったものと同じ味がした。
病気になった母さんは食欲がなくなっていき、日に日に食が細くなっていったけど、死ぬ前の日までこのスープは飲むことが出来た。
このスープは病気の母さんでも食べられる様に甘味の程よい『鳴子銀時』を選び、丁寧に裏ごしをして、牛乳とサツマイモの比率の試行錯誤を繰り返して出来上がった、母さんの為のスープ。
このスープを味見した後、ふーふーして母さんに食べさせてあげるのが幼い僕の仕事だった。
僕が口に運んだスープを「美味しいね。」って言って食べてくれる母さんに頭を撫でてもらうのが好きだった。
「………」×3
その後、泣きながらスープを飲む僕を二人は黙って優しく見守ってくれた。
父さん、母さん。辛い事もいっぱいあったけど、僕はきっと大丈夫だよ。僕の周りには優しい人達で溢れているから。




