065_契約更新と美味しい約束
「むぅ~~。」
「パフィさん。なんでそんなに拗ねてるの?」
『ラビアンローズ』でのバイトが終わった後、何故だかパフィさんがご機嫌斜めだ。僕、なんかマズイ事でもしたかな?
ただマニュアルを読んだ後に席案内と注文取りと配膳とお会計と皿引きをやって、お皿洗いやって紅茶を淹れて、ちょっと質の悪いクレーマーをメンチ切って追い払っただけだよね。
僕としては紅茶淹れがヒヨリさん程上手く行かなかったからその事で怒っていると思ったんだけど、どうも違ったみたいで謎はますます深まったんだけどね。
モフモフお姉様方が言うには、「優秀過ぎるお兄ちゃんを持つと嫉妬しちゃうものよ。」とか「自分が先輩なのに後輩に抜かれたみたいで悔しいのよ。」との事だったけど、これにしたって当てはまらない。
だって根本的な間違いとして、僕は接客においてはパフィさんより遥かに先輩なんだから。
パフィさんは僕とやったお芋販売とここで1~2日程度の経験しかないけど、僕は前世で元々定食屋のせがれだったから下地があるのに加え、1年間休みなくやってた経験がある。
むしろたったそれだけであれだけ出来れば立派だと思う。それをパフィさんに話しても、
「せっかく勝てると思ったのに…コンヨウさんは意地悪です!」
と理不尽に怒られる始末。僕は一体どうすればいいのだろうか?
なんだかもやもやした気分でパフィさんと一緒に宿屋カジツ亭に向かおうと思ったのだけど、ふと頭にある事がよぎった。
「えっと、そう言えば僕ってパフィさんにお給金払ってないね。」
「えっ?」
そうだった、今まではお芋をお給金代わりにしていたけど、今のパフィさんは20人のチンピラを一人で蹂躙する凄腕なんだよ。
そんなパフィ先生をお芋だけでこき使おうなんてどう考えてもギブアンドテイクの天秤が釣り合わない。
このままでは僕はパフィさんをお友達料金で搾取するクズに成り下がってしまう。ここは一つ再契約交渉をしないと。
「と言うわけで今から豪勢な晩御飯を食べに行こう。勿論僕の奢りで。」
「えっと、何がと言うわけ、なのかは分かりませんが、何か悪いモノでも食べましたか?」
そう言えば全然説明してなかったね。でも僕の事本気で心配しているみたいだけどちょっと失礼じゃない。
何で僕がご飯を奢るって言っただけで天変地異の前触れを見たような顔をするわけ。あ、すみません。普段の行いですね。いっつも外で食べる時は割り勘ですもんね。
取り敢えず、なんでこんな事を言い出したのかを説明しながら、飲食店を探す事にした。説明を終えた後、パフィさんが苦笑いをしていたけど、それでも付き合ってくれるみたいだ。
そして歩くこと暫し、一軒の雰囲気の良さそうなレストランっぽい佇まいのお店へと入る事にした。
「いらっしゃいませ。2名様で宜しかったですか?」
そこには落ち着いて猫獣人の紳士がウェイターさんをしており、店の内装も普段僕らが入っているようなお店より2ランクほど上のような気がした。
ドレスコードは無いようだけど、ちょっと場違い感が半端ない。パフィさんも初めて入る高級感溢れる店の様子に目をパチパチさせる。
だが僕もここで引くわけにはいかない。勇気を振り絞り猫のウェイターさんにパフィさんに聞こえない小声で訊ねてみる。
「あの~ここって、2人で予算1万、お酒無しで何とかなりますか?」
よし、恥も外聞も気にせず、重要事項の確認をしたぞ。
ウェイターさんは少し苦笑いをしながら、それでも笑顔を崩さずに丁寧な態度で且つパフィさんには聞こえない小声で答えてくれた。
「大丈夫ですよ。こんな内装ですけど、ウチはコースを3000フルールからでやっていますので。
2人で1万フルールもあれば、きっと恋人さんにもご満足頂けると思います。」
どうやら僕とパフィさんの関係を変な風に勘違いしているみたいだけど、まぁいい。
ウェイターさんの答えに満足した僕は笑顔で頷いた後、案内をお願いする。
店内は何と言うか、少し暗めで落ち着いたムードの照明にピアノの演奏、なんかこう空気そのものがキラキラと輝いているようだった。
客層はお金持ちの家族連れや高そうな服を着た恋人と思しき男女、僕達と似たような恰好をした男女なんかもいるけどそっちもカップルなんだろう。
ここはお金持ちの家族連れ、もしくはデートでいい恰好をしようとする野郎が恋人を連れて来るのに利用するような店らしい。
なるほど、それで猫のウェイターさんが僕とパフィさんをカップルだと思ったわけか。
もっともパフィさんはそんな事情は分からず、リア充どもが舌鼓を打っているテーブルの食事に目が釘付けのようだけど。
さて、では席について注文でもしましょうかね。
「パフィさんは何にする?出来れば予算5000フルール以内でお願いしたいんだけど。」
「…コンヨウさんってお金持ちになってもそういうところは変わりませんよね。」
「いや、お金持ちって言っても今、手元にあるのって5万くらいだし、宿代とか考えるとね。」
「こういう時にお金の話は無粋だ、って言ってるんです。もっとこう雰囲気とかデリカシーとかそういうのをですね。」
「うん。言いたい事は分かったけど、無い袖は振れないのでそういう事でご理解いただけると。」
「元も子も無いですね。いいですよ。5000フルールなら結構色々注文できるみたいですし…ビーフステーキと季節のフルーツコースにします。」
「じゃあ、僕も同じものにしようかな。」
メニューが決まった所で、早速注文だ。
僕らが頼んだのは前菜に白身魚のカルパッチョとかぼちゃのポタージュスープ、副菜に季節の野菜とエビの温製サラダ、メインがビーフステーキ、デザートに彩とりどりの季節のフルーツ盛り合わせ、それに香草を散らしてこんがり焼いたバケットが付いたコースだ。
このお店は様々な客層が来店するみたいなので、マナーは堅苦しくなく、料理もスプーンとフォークが一組あれば食べられる様に工夫されている。
皆、緊張せずかといって騒がしくもなく、和やかな雰囲気で食事を楽しんでいる。僕らもそれに倣い、店内に流れるピアノの音に耳を傾けながらメニューが来るのをゆったりと待つ。
それからそれほど待つ事無く最初の前菜、白身魚のカルパッチョが届き、その後スープ、バケット、副菜、メイン、デザートの順番に絶妙なタイミングで料理が配膳されていく。
新鮮で活きのいいタイに似た白身魚と散りばめられた香草にオリーブオイルとお酢がドレッシングとして振りかけられたカルパッチョ。
丁寧に裏ごしをしたかぼちゃに牛乳と調味料を加えて煮込まれた自然の甘味が活きたスープ。
温野菜のシャキシャキ感とエビのぷりぷり食感が歯に心地よく、塩とお酢の加減が絶妙なサラダ。
料理の合間にかじるバケットは小麦と香草の薫り高く、満足感を与えつつ料理の邪魔にならない名脇役。
そしてお待ちかねのメイン、がっつり満足感爆裂、暴力的な旨味と脂の甘さと迸る肉汁、オリーブオイルで焼かれた柔らかくて香ばしい牛肉はまさに珠玉の一品。
最後に季節のフルーツがその甘味と程よい酸味で口の中をスッキリさせてくれると共に程よい満腹感を与えてくれる。
食材は全て保存系のスキルが掛かっているのか、どれも活きが良く新鮮。そこにシェフの腕が加わりまさに絶品のコースが作り上げられている。
全てを食べ終わった後、僕とパフィさんは今までに感じたのとは違う、何かこう上質の満足感に包まれる。
僕がピアノに耳を傾けながら食事の余韻に身を預けていると、パフィさんが満足した顔で言葉を紡ぐ。
「はぁ…なんか夢みたいです。ついこの間まで食うか食わずかの極貧生活だったのに、こんな素敵なお店で豪華なお料理が食べられるだなんて。」
「言われてみれば、僕らってこの間まで焼き芋と水だけで生活してたんだよね。そう考えると確かに天と地の差だよね。」
「そうですね。でも…ぼくはコンヨウさんに初めて会った日に食べた焼き芋以上に美味しいモノを今だに知らないです。」
「そっか、あの時は二日ぶりの固形物だったんだよね。空腹は最高のスパイスって言うし。」
「そうですね。あの時の『甘納芋』が一番美味しかったです。」
えっ!あの時渡したのは『ノンブランド』の石焼き芋じゃなかったっけ?
ちょっと呆けた顔をしているとパフィさんが呆れた表情で僕に詰め寄ってくる。ちょっと顔が近い!
「…さては忘れていますね。僕が初めて『ガス操作』を使った時ですよ。」
「あぁ、確かに『甘納芋』を渡したけど、あれって焼き芋4つ食べた後だよね。もしかしてあれだけじゃ足りなかったの?」
「もう!コンヨウさんはどうしてそんなに鈍いんですか!」
あれ?なんでパフィさんが怒ってるんだろう?だってあの時、ガスの匂いについて凄い失礼な事言っちゃったよね。あんまりいい思い出じゃない気がするんだけど。パフィさんがなんかため息ついてる。さてはまた僕の心を読んだな。
「…はぁ、仕方ありませんね。特別に少しぼくの身の上話をしてあげます。」
「えっと、珍しいね。パフィさんが自分の事を話すなんて。」
「コンヨウさんが聞かないからですよ。まぁそんなに大した内容でもないんですけどね。」
そう前置きしてパフィさんがいつもよりしんみりとした雰囲気で語り始める。
「ぼくは孤児院で育ったんですけど、そういう場所では喧嘩だってありますし、いじめだってあります。
勿論ぼくのいた孤児院もその例に漏れず、いじめはありました。なんでこんな事を言うかというとぼくがそのターゲットだったからです。ぼくがいじめられる理由は『おならが臭い事』でした。」
「……」
少し気落ちした様な表情をするパフィさんに僕はただ黙って話の先を促す。
「まぁ、理由なんて何でもよかったんだと思います。要するに自分達の普段抱えている不満のはけ口が欲しかったんでしょう。
ぼくはおならが出るたびに酷い事を言われたり、叩かれて追い払われたりしました。そんな生活が嫌で孤児院を家出したのがコンヨウさんに会う2日前です。」
「よし、孤児院の場所教えて。今からそのガキどもにこの世の地獄を見せてあげるから。」
「しなくていいです。だからそのデススマイルを引っ込めて下さい。」
あれ~、おかしいな。僕はちょっと素敵に微笑んで愉快な拷問とか考えているだけなのに。なんでそんな鬼畜生を見る様な目で見るのかな?
僕がパフィさんの絶対零度の視線に怯むと、今度は呆れた様に少し微笑みながら話を続ける。
「コンヨウさんは最初の頃と比べて色々とダメダメな部分を見せるようになりましたよね。」
「そういうパフィさんは最初は純真で気弱な清純系だと思ってたけど、最近は遠慮の欠片も見られなくなったよね。」
「これはコンヨウさん限定です…それだけコンヨウさんに気を許してるって事なんでしょうかね。」
少し頬を赤くしながら口にしたパフィさんの言葉に僕もなんだか気恥ずかしい気分になる。
その空気に当てられたのか、パフィさんが慌ててさっきの話の続きをまくし立てる。
「えっと!つまりぼくが言いたいのは、あの時コンヨウさんがおならが匂う事が悪い事じゃないって言ってくれた事が嬉しかったって事なんです。
コンヨウさんはおならが匂う事でぼくを嫌わないでくれました。あの言葉のお陰でぼくはぼくを認められる様になった気がしたんです。」
そう言い切った後、パフィさんは恥ずかしくなったのか、頬を膨らませてそっぽを向く。その横顔が年相応の女の子そのものでなんだか微笑ましい気分になる。
しかしあの遣り取りでそんな事を考えていたのか。彼女のトラウマは思ったより根が深かったみたいだな。やっぱりその孤児院のガキどもをコロコロするか。
「しなくていいですからね。」
「えっと、パフィさん。心を読まないでくれるかな。」
「心なんて読めなくてもその顔を見れば誰にでも分かりますよ。」
もうこの遣り取り何度目だろうか。これ以上は不毛なので話を変えようかな。
「パフィさん。そろそろ本題に入りたいんだけど、ここに来たそもそもの目的覚えてるかな?」
「えっと…美味しいご飯を食べる事ですか?」
「…確かにそれもあるけど、それは本題じゃないからね。今回の目的は雇用条件の見直しと契約更新だよ。だから、パフィさんの契約条件の希望を聞きたいんだけど。」
この言葉でパフィさんもようやく理解してくれたみたいだ。少し考えこんだ後こう呟く。
「では、あの時の『甘納芋』以上に美味しいモノを食べさせて下さい。」
「えっ?」
その一言に僕は面食らった。
「えっと、給料アップとかじゃダメなの?」
「ダメです。この前コンヨウさんが話していた大学芋も食べたいですし、焼き芋バターも食べたいですし、焼き芋マヨネーズも食べたいです。
それにきっとコンヨウさんの頭の中にはぼくの知らない美味しいモノの事がたくさん入っているはずです。
それを全部食べさせてもらうまではぼくはず~~~っとコンヨウさんから離れませんからね。」
「…うん、分かったよ。お給金とは別にそれについても頑張って作っていくよ。」
「約束ですからね。」
まったく無茶を言う護衛を雇ったものだな~。でもこんなモフモフの可愛い笑顔を向けられたら頑張るしかないかな。ため息をつきながらも満更でも無い気分の僕であった。




