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062_届いた感謝と届かない感謝

「お帰りなさいませ、お嬢様。」


ラビリさんに案内されてやって来たのはまさしく豪邸。

大きくて高く堅牢なレンガ造りの塀、美しい花々や木々が咲き誇る〇〇ドーム数個分はあるかという広い庭、白い壁と赤い屋根の木造二階建ての屋敷には、遠くからでも分かるくらい繊細で豪華で、でも決して嫌味じゃない品の良い装飾が施されている。

そして門を開いてくれた二人の屈強の門番に見送られ、中に進むとそこには10人以上の黒のフォーマルな衣装に纏った男女、おそらくメイドさんとか執事さんとか家令さんとか色々いるんだろうな。

その人達全員に礼をされながら、モーゼが葦の海を叩き割るかの如くその間をラビリさんが進んでいく。

それに堂々とついて行くネイチャンさんとへこへことお辞儀をしながら情けなくついて行く僕。

そして進んだ先に1人の人族の老紳士が待ち構えていた。


「お帰りなさいませ、お嬢様。今日はお客様とご一緒でしょうか。」


「えぇ、パウル。ところでお父様のお加減はどう?」


「申し訳ございません、お嬢様。我々も主治医も方々手を尽くしているのですが…」


「その様子だとあまり良くない様ね。」


「はい…おっと、いけませんね。お客様を放ったまま立ち話は。まずは中へ案内いたしましょう。」


老紳士の執事パウルさんの案内の下、僕らは応接間へと通される。

部屋の中は決して派手ではないけど上品さと清潔感に溢れ、一つうん百万フルールはするんじゃないかと言うような高そうな調度品が要所要所に飾られている。

これを作った建築家と内装を整えた使用人さんのセンスが一流である事を伺わせる見事な作りだと、見る人が見れば感嘆の声を上げるだろう。

えっ!僕?そんなの分かるわけないでしょう。せいぜいあの壷とか割ったら借金地獄が始まるんだろうな、っとか思って戦々恐々としているだけだよ。

さて、ビビりな僕は置いておいて、ラビリさんが人払いをした後、勧められるまま部屋のソファーに腰かけた僕らは話を始める。


「まず、状況についてご説明しますね。父が病に伏せたのはおおよそ半年前。

症状は微熱と咳と倦怠感から始まりました。それがしばらく続いて…」


お父さんの病状を説明するラビリさんは毅然としているが、その表情には悲壮感が漂っている。やっぱり親が病気って言うのは辛いもんね。

お父さんの病状を纏めると始めは風邪に似た症状だったけど、それがドンドン悪化していき、今では起きるのも困難なほどになったそうだ。咳が止まらず、発熱を繰り返し、酷く衰弱しているとの事。

主治医も最初は風邪だと思って風邪薬を処方したが、効果が見られず、色々な薬を試したみたが一向に成果が上がらない。結局のところ原因も治療法も分からないというのが現状だそうだ。

何とかしてあげたいけど、残念ながら僕に医学知識はないので、ここはネイチャンさんに任せるしかない。

ネイチャンさんは少し考えこんだ後、難しい顔で口を開く。


「状況は理解したわ。早速で悪いんだけど、お父さんのところに案内して貰えるかしら。」


「分かりました。では…」


そう言ってラビリさんは手元の呼び鈴をチリンと鳴らし、パウルさんを呼び出す。

暫くするとパウルさんがやって来て、ラビリさんの指示を受けた後に僕らをラビリさんのお父さんの元へと案内してくれる。


「…これは!!」


パウルさんの案内で訪れた部屋では、やせ細ったウサギの紳士が青白い顔で眠っていた。

それを見たラビリさんは小さく苦悶の声を上げる。

ヒューヒューと肺が炎症を起こしたような弱く苦しそうな呼吸、時々鳴り響く咳の音、額にはうっすらと脂汗。

この光景を僕は知っている。これは僕が一番嫌いな光景。母さんが死ぬ前に見せた、人の命の灯が今にも消える瞬間だ。

まったく、人殺しの僕が人の死を嫌悪するだなんて滑稽にもほどがある。

僕が胸の中で渦巻く暗い感情を必死で抑えていると、ネイチャンさんが冷静にウサギの紳士を『診察』する。


「…ラビリさん、人払いをしてくれるかしら。この部屋の周りの人間を全員追い出して。」


「…はい、パウル。」


「仰せのままに、お嬢様。」


それから暫く、人払いが完了したところでネイチャンさんが重々しく口を開く。


「二人共。まず最初に言うけど、これから話す事は他言無用よ。いいわね。」


「はい。」×2


「この紳士は毒を盛られているわ。それも病気に見える様に弱い毒を長期間かけてね。」


「!!!」


「……」


ネイチャンさんの言葉が意味するところに、ラビリさんは目を見開き、僕は言葉を失う。

この屋敷内にラビリさんのお父さんを手に掛けようとした者がいる。それも彼の近しいところに。


「ネイチャンさん。この人は…ラビリさんのお父さんは治りますか。」


僕の声は震えていたと思う。僕はこのウサギの紳士について何も知らない。

でもこの人はラビリさんの大切な人だ。今にもその命が尽きそうなこの人を見た時のラビリさんの顔がダブるんだ。

母さんが死ぬ時に見せた父さんの横顔と。人の死は残された者の心を容易に砕く力がある。そして状況が理不尽であればあるほど、その威力は大きなものとなる。

まさに今のラビリさんの父さんがそれだ。人の死は避けられるものじゃない。でも…少なくとも僕の目の前で理不尽な死は起きて欲しくない。


「大丈夫よ。この『医仙』に任せなさい。」


その優しく呟きながら、ネイチャンさんがショルダーバックから二つの瓶を取り出す。


「さぁ、コービットさん、お薬よ。辛いでしょうけど頑張って飲んで。」


女神のような優しい表情でネイチャンさんがラビリさんのお父さんに薬を飲ませる。

最初は咳き込んでいたけど、ゆっくりと確実に薬はラビリさんのお父さんの喉を通過し、その身体に吸い込まれていく。


「ネイチャンさん…それは?」


「解毒ポーション、それと回復ポーションよ。コンヨウ君に状況を聞いた時に一応作っておいて正解だったわ。」


「!!!」


ネイチャンさんの説明に驚愕の表情を浮かべるラビリさん。

これは後から聞いた話なんだけど、ポーションって物凄く高価らしい。一本うん百万では利かないとか。そして作れる人間は本当に希少だそうだ。この話を聞いた瞬間、僕は絶対にポーションのお世話にはならないと心に決めた。

そんな未来の僕の心境を余所にポーションのお陰でラビリさんのお父さんの顔色はみるみる良くなっていく。


「ラビリ…そこに…いるのか?」


「はい!お父様!!」


弱々しく、それでも確かにラビリさんの名を呼ぶお父さんに、涙ぐみながら返事をするラビリさん。


「お父様!お加減は!何か欲しいものは!」


「…すこし、腹が空いた。」


「はい、すぐに用意を!」


「……」


ラビリさんのお父さんの言葉に慌てて外に出ようとするラビリさんを僕は制止する。


「ラビリさん…お父さんの快復はまだ内緒に。それからこれを。」


そう小声で耳打ちしながら僕は『食物生成(極上鳴子銀時)』をラビリさんに手渡す。

僕の言葉にラビリさんは頷きながらお父さんも元へと戻っていく。


「お父様、どうぞ。」


お父さんの枕元に座り焼き芋の皮を剥き、一口サイズに千切ってお父さんの口にそれを運ぶラビリさん。


「うむ、美味いな…ありがとう…ラビリ。」


「はい!」


弱々しい笑みで、それでも本当に美味しそうに焼き芋を咀嚼するお父さんと、肩を震わせながら潤んだ瞳に笑顔をたたえるラビリさん。

親子水入らずの邪魔にならない様に、扉の近くまで移動した僕とネイチャンさんはその光景をただただ黙って見守る。

それから焼き芋を一本食べ終わったラビリさんのお父さんは今度は静かに、安らかな笑みを浮かべて眠りに入る。


「どうやら落ち着いたようね。ラビリさん、暫くコービットさんの看病はあなたとあなたの信頼する者だけでおこなってちょうだい。勿論、今この屋敷にいる者はダメだからね。」


「分かっておりますわ。でもそれだと暫くこの場から動けませんわね。」


「ご心配なく、既にゼブラさんに『芋文』で連絡済みです。ヒヨリさんを連れてすぐに来てくれるでしょう。」


「…コンヨウ君。そのスキルはあんまりポンポン使わない事。それってあなたのスキルの中で一番バレちゃいけないやつだから。」


「大丈夫ですよ。使いどころは弁えていますから。」


「はぁ~、どうだか?」


僕のファインプレイに対して、ネイチャンさんが呆れた様子呟く。そんな遣り取りを見ながら、ホッとしたのか、ラビリさんが気の抜けた様子で呟く。


「初めてでしたわ…お父様に『ありがとう』って言われたの。」


「……」×2


「ネイチャンさん、コンヨウさん。心より感謝申し上げますわ。このラビリ=コービット。この御恩は一生をかけてお返しさせて頂きます。」


本物の感謝と共にネイチャンさんに頭を下げるラビリさん。

理不尽な別れから親子を救ってくれたネイチャンさんに僕も頭を下げたい気持ちでいっぱいだった。

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