005_後悔と契約
「これ、すっごく甘くておいしいですね。」
よし流石は蜜芋。糖度40以上は伊達じゃないね。
お陰でパフィさんの機嫌も一気に急上昇、仲直りも成功。やっぱ食べ物の力って偉大だよね。
さて、僕らは森で見つけた道を進んでいるわけだけど。
「あっ!コンヨウさん。なんか家っぽい建物が見えてきましたよ。」
僕らの目の前に現れたのは数軒の家。どうやら集落らしい。
住んでいるのはおそらく数人から多くて数十人だろう。取り敢えず僕らがやる事は…
「よし。まずはご挨拶からだね。誰もいない内に、『食物生成(焼き芋)』!!」
あらかじめ焼き芋を作っておく事でスキルバレを防止。パフィさんの件で僕も賢くなった。
作った焼き芋は甘さと食感のバランスがいい『紅音姫』で数は30。これだけあれば全員に一個以上は行き渡るだろう。
でも30個は流石に重いな。どうしたものかっと考えていると、
「あの~、コンヨウさん。半分持ちましょうか?」
「…うん、お願いしてもいいかな。」
優しいパフィさんが半分持つことを提案。情けないがついさっきまで飢え死に寸前で筋力が弱っている僕では仕方がない。
ご厚意に甘えて半分持ってもらう事にした。
そんなこんなで両手いっぱいに焼き芋を持った僕達は集落まで辿り着いたのだが、どうも様子がおかしい。
人がいるはずなのに静かすぎるのだ。僕らは少し警戒しながら村の中へと入る。するとそこには、
「えっ!これは…」
僕は思わず声を上げる。集落の住民だと思しき人達が倒れていたのだ。住人は皆獣人で、犬、牛、象、シマウマ、と様々な種族が混在している。
僕らは慌てて彼らの元へと駆けつけようとする。すると住人の中の一人、この中では背が小さめの犬の獣人さんがゆっくりを起き上がり僕らに話し掛けて来る。
「こんにちは…旅の方ですか…不躾で申し訳ありませんがそのお芋を分けていただけますか?」
なるほど、飢饉か何かだろうか。食糧不足で集落は壊滅状態らしい。皆意識はあるものの動く気力が無いようだ。
僕は無言で頷き、取り敢えず全員に焼き芋を一つずつ渡す。パフィさんも手伝ってくれたので渡すのはすぐに済んだ。
ただ、何人か意識レベルが物凄く低い人達がいる。子供だろうか、小さい子達は特に反応が鈍い。
おそらく、低血糖症になりかけているのだろう。これは…僕が死ぬ前と同じ症状だ。
そう思った時、僕は、
「…さぁ、食べて。お芋しか無いけど…それでもたくさんあるから…お腹いっぱい食べて。」
無我夢中だった。神様は本当に馬鹿だ。なんで人はお腹が空くんだ。なんで人は光合成が出来ないんだ。なんでこんなに小さな子が飢えで苦しまないといけないんだ。
おかしいな。僕が人に食べ物をあげるなんて。自分がお腹いっぱいになれればいいはずなのに。自分があのクソ親父と同じ事をしていると思うと反吐が出るのに。
でも…それでも…僕の目の前にお腹を空かせている人がいるのは嫌なんだ。
僕は芋の皮を剥き、小さな子供でも食べやすい様に一口サイズに千切り、それをひたすら子供達の口に運ぶ。
すると子供達は少しずつ意識を取り戻していき、その内全員が自発的に焼き芋を食べられる様になる。
それを見た僕は、
「足りない人がいたら言ってください。お芋ならたくさんありますから。」
「えっ!コンヨウさん!いいんですか!!」
パフィさんが非難をする様な声で僕を止めようとする。
この子は本当にいい子だ。僕がこれからやろうとする愚かな行為を止めようとしてくれている。
でも僕はもう止まらない。この後、僕がどうなるとかそういう事は全く考えていなかった。
ただこの人達のお腹を満たしたい。空腹は…とても辛いから。
『食物生成(焼き芋)』
僕は一気に100個の焼き芋を生成する。ここにいる人達の数を考えれば十分な量だろう。
住人の皆さんが目を見開く中、それを代表するかのように犬の獣人さんが僕に声を投げかける。
「あなたのその能力…もしやスキル…」
「そんな事はどうでもいいです!それより皆さんはお腹いっぱい食べる事だけ考えて下さい!」
僕は何か聞きたそうな犬の獣人さんの質問を遮り食事に集中する様に促す。
その言葉を合図に住民の皆さんがお芋を手に取り食べ始める。
そんな彼等を気の抜けた様子で眺める僕にパフィさんが話し掛ける。
「コンヨウさん。本当に良かったんですか?あなたのスキルを晒す事の危険性は重々承知しているはずですよね。」
やっぱりだ。有用スキルはそれだけで国を動かす。そしてそれを利用しようとする良からぬものを集める。
お人好しのパフィさんならその事を心配するし、そんな危険を冒した僕を責めるのは当然だ。
確かに僕は失敗したと思う。でも後悔はしていない。だからこう答える。
「パフィさん。心配してくれてありがとう。僕はこれからまた別の場所に行こうと思う。
パフィさんとはここでお別れだね。」
「エッ!!!!」
きっと僕といるとパフィさんにも迷惑が掛かるだろう。幸い僕は食べ物には困らないし、水場も教えてもらった。暫くは一人でもなんとかなるだろう。
だがパフィさんは違う。彼女は僕よりも小さな子供だし、僕ほどひねくれてもいない。彼女は人の中で暮らすべきだ。
幸い『ガス操作』スキルの使い方も覚えたし、大雀を見せて狩人として売り込めばこの集落でも受け入れてもらえるだろう。
あとは置き土産に焼き芋をそれなりの量渡せば文句も出まい。これで彼女に水場とスキルの知識を教えてもらった借りはチャラでいいよね。
そう考えていると、
「ふざけないでください!!!」
物凄い剣幕のパフィさんに怒られてしまった。一体何が悪かったんだろうか?
呆気に取られて言葉を失う僕に彼女は涙目でまくし立てる。
「なんでそうなるんですか!!コンヨウさんはみんなを助けたんですよ!
なのに自分は悪い事をしたみたいな顔をして!どうせ自分といると迷惑だから別れようとか考えたんでしょう!
コンヨウさんはもっと人に頼ってもいいんですよ!」
「……」
「コンヨウさんは人を信用出来ませんか?ぼくは頼りないですか?」
人が信用できないか?答えはYesだ。僕が飢えて死んだ時誰も助けてくれなかったから。だからもう飢え死にしない様に『食物生成(焼き芋)』のスキルを選んだ。
でもこれは言ってはいけない気がする。これを言うと今にも泣きそうなパフィさんが本当に泣いてしまいそうだ。
ではパフィさんが頼りないか?答えはNoだ。彼女は僕の知らないこちらの常識を知っているし、『ガス操作』スキルは強力な自衛手段だ。
だが頼りになる=頼るという図式になるかと言うとそれは違う。僕と彼女はあくまでも協力者。僕が出来るのは食料の供給だけ。それも焼き芋だけ。
つまり狩りが出来るようになった彼女とは利害関係が一致しない。ここで協力者としての関係は終了なんだ。
そう結論付けた僕が黙って背を向けた時、僕は右腕に重たい何かを感じる。
「コンヨウさん…ぼくを…見捨てないでください…」
どうしよう。涙をボロボロ流したパフィさんが僕の腕にしがみついている。
流石の冷血人間の僕でもこれに絆されないほど人間辞めてはいない。
僕が困り果てていると焼き芋を食べ終わった先ほどの犬の獣人さんが僕に声を掛けて来る。
「あの…事情は存じ上げませんが、何かお困りでしょうか?
もし宜しければお礼もしたいですし、事情をお聞かせいただいても宜しいでしょうか?」
さて、こっちもどうしたものか…え~い!ママよ!!こうなりゃ出たとこ勝負だ!
「実は先ほど見せたスキルなんですけど、以前このスキルが原因でトラブルになった事がありまして…それで今日ここで起こった事は他言無用でお願いしたいんですよ。」
「はい、分かります。あれほどのスキルですから。皆にも口止めしておきましょう。」
よし、第一関門突破。次は、
「実はその関係で定住する場所が見つからず、僕とこのパフィは住む場所を探しておりまして。
もし空き家などありましたら貸して頂ければ幸いです。
ボロくても構いませんので、二人住める場所を希望します。」
「えっ!コンヨウさん。それって…」
「はい、大丈夫です。この集落は元々廃村にあった家を流れ者が勝手に利用しているだけですので。空き家はまだいくつかあります。」
よし、第二関門突破。そして最後に、
「それでは、今回のお芋はその空き家を借りる為の家賃と言う事にさせて下さい。
そしてこれから僕はこの集落に住ませてもらう為の家賃を住人のお芋という形で払っていきます。
これはそういう契約という事でよろしいでしょうか?」
「…もちろんです!食べ物に乏しいこの集落にとってはとてもありがたい話です!」
よし、最終関門突破。
「では、交渉成立ですね。僕はコンヨウと言います。今後ともよろしくお願いします。」
こうして僕とパフィさんは名も無い集落の新しい住人となった。
こんな大事な事を勝手に決めてしまったから、パフィさんも怒るんじゃないかと思ったんだけど、何故かとても嬉しそうにしていた。
まぁ、家出してお腹を空かせていた所から、食べ物と住居を確保する所まで出来たのだから当然かな。