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020_開かれるパンドラの箱

「お芋のお兄ちゃん、ウチの牛さんから出たお乳やさかい。受け取ってぇな。」


僕達がこの集落にやって来て20日くらいだろうか。

ミルさんのところの長男バン君が僕のところにやって来て、桶に入ったままの牛乳を渡してきたのは。

量にして5リットルくらいかな。これには僕も思わず苦笑いだ。いきなり搾りたての牛乳を持ってこられても処理に困る。

多分これはミルさんの指示だろうが場合によっては説教案件だな。


「えっと、バン君。一応確認したいんだけど、これって牛さんからようやく出たお乳だよね。仔牛の飲む分はちゃんと確保してるんだよね?」


そう、牛乳とは仔牛を育てるためのもので、僕達人間はあくまでもそれの過剰分を分けて貰っているだけなのだ。

つまり先に牛乳を横取りしてしまうと仔牛がお腹を空かせて育たなくなってしまう。

そうすると新しい牛が育たず、酪農を続けていけなくなる。その事を訊ねるとバン君は呆れた様な顔で答える。


「そんなオカンみたいな事するわけないやろ。ちゃんと仔牛さん達に優先的に飲ませとるわ。

これは仔牛さん達がようやく元気になったから持ってきたんや。」


流石バン君。ミルさんとは違うね。バン君にはスキル『畜産知識』と『健康管理(家畜)』があるからね。

本当にこの子は酪農をするために生まれてきた様な子なんだよな。牛さん達が元気がなかったのもこの子が動けなくなったのが原因だし。

しかし桶ごととは…という顔をしているとバン君が補足説明をしてくれる。


「ちなみに桶で持っていけって言ったのはオカンやから。俺はもっと小さな容器に入れた方がええって言ったんやけどな。

オカン、最近お兄ちゃんに怒られる事が多かったからゴマすりしようとでも思うたんやろけど、逆に迷惑やっちゅうねん。」


「うん、そうだね…バン君達も苦労してるね。」


「せやろ。じゃあ、用事は済んださかい、これで失礼するわ。」


そう言ってバン君は自分の家に戻ろうとしたので、お礼に『甘納芋』を兄弟の分も合わせて3つ渡してあげるととても嬉しそうにしながら帰っていった。

ちなみにこの世界の牛は栄養状態が良ければ一日に30リットルくらい乳を出す。

その内、仔牛が1頭あたり2リットルほど飲むけど、それを差し引いても十分集落中に牛乳が行き渡るようになっている。

それから牛乳の保存についてだけど、バン君の妹で長女のルクちゃんのスキル『殺菌・防腐』があるから問題ない。

このスキルは真空パック並みに腐敗を抑えてくれる優れものだ。勿論狩りで手に入れたお肉にも使用して貰っている。

この集落が今までギリギリのところで持ち堪えていたのは彼女のスキルのお陰と言っても過言ではないだろう。


さて、そろそろ朝ごはんの時間だし、パフィさんを起こしてからいただくとするかな。


「パフィさ~ん。朝だよ~~~。」


「う~ん…コンヨウさん…まだ眠いです…」


パフィさんは相変わらず朝が弱いようだ。でも心配ない。彼女を起こす魔法の言葉があるから。


「パフィさん、今日の朝ごはんはお芋とベーコンと野草のサラダと牛乳だよ。」


「…朝ごはん!!!」


僕はパフィさんと自分の目の前に朝ごはんの乗った大皿を置きながら本日のメニューを告げる。

するとあら不思議、今まで眠っていたパフィさんがあっという間に跳び起きる。ご飯と聞いた途端、すぐに跳び上がってくるのがパフィさんクオリティ。

しかし、ここに来てからだいぶ食事のバリエーションも豊かになった。

ベーコンはパフィさんやミルさんの旦那さんのバックルさんが狩って来た獲物を加工したものだし、野草のサラダはネイチャンさんが村の人達を引き連れて森で採って来たもの。

そして今日は水以外の飲み物、牛乳が手に入った。初日の芋と水だけの時に比べたら格段の進歩である。

そのおかげか、村の人達の肉付きが前より良くなったように思える。お腹いっぱいご飯が食べられるって本当に幸せだな。

ちなみに食器については『木工』スキル持ちのビーバー獣人のジジイことスミスさんが作ってくれたものだ。

では食事に感謝しつつ頂くとしますかね。


「せ~の!いただきます。」×2


「う~ん、お芋の甘味とベーコンの塩加減のバランスが絶妙です。」


「そうだね。流石はエレフさん。いい仕事しているよ。」


「それに野草のサラダのシャキシャキ感と爽やかな香りが口の中をスッキリさせてくれます。」


「ネイチャンさんの目利きは本物だね。それにルクちゃんの『防腐』のスキルのお陰で鮮度も落ちてないし。」


「そして、この牛乳、とっても甘くて濃厚です。そしてそれがお芋とよく合います。」


「うん、甘納芋の甘味に負けないなんて、本当にこの牛乳はいい出来だよね。」


等と朝食に舌鼓を打ちながら、僕はぼんやりと考えごとをする。

余った牛乳をどうしようか。流石に2人で5リットルは消費しきれない。悩んだ末に僕が出した結論は、


「よし、今日はエレフさんのところに行こう。」


こうして本日の予定が決まった。牛乳を持ってエレフさんの家に突撃だ。

エレフさんの家に行く時ってパフィさんが凄くご機嫌になるんだよな。きっと料理の試作品の味見が出来るからだろうけど。

勿論今回もそうするつもりだよ。エレフさんのお陰でだいぶサツマイモレシピも増えてきたし。

この前のサツマイモとベーコンのジャーマンポテト風は凄く美味しかったなぁ。サツマイモの甘味とベーコンの塩気、ネイチャンさん提供の香草の見事なコラボレーション。やばッ!考えただけでよだれが出てきた。

まだウチでは火が使えないから料理研究と称したお食事会は本当に楽しみなんだよな。

その内リフォームとかして、暖炉とか作って、そこでお料理とかしたいな。いけない、いけない。将来の夢より目の前の現実だ。


そんな事を考えながら、僕はエレフさんの家の扉をノックするとエレフさんが快く迎え入れてくれる。

しかし、相変わらずこの家凄いな~。エレフさんのスキル『調理器具生成』でそこら中調理器具だらけだし、石造りの竈も自作している。

そしてこの間のイノシシの素材の売却金で買ったって言う砂糖も少しある。まあ、砂糖は買ったもののまだレシピのアイデアが下りてこないみたいで、スイーツに関しては手つかずみたいだけど。

今のエレフさんの仕事は狩りで手に入れたお肉とサツマイモを合わせたレシピ作りがメインかな。今はまだ村でスイーツを提供する余裕がないし。

さて、余計な事を考えてしまっていたけど、意識をエレフさんの方に戻そう。


「いらっしゃい~。今日はその手にある牛乳が材料かい~?」


「お邪魔します。流石エレフさん。話が早いですね。」


「お邪魔しま~す。ところで牛乳とお芋で何か作れるんですか?」


おっと、ここで目を輝かせたパフィさんからの質問が飛んで来たので僕がそれに答える。


「う~ん、色々あるね。お芋を牛乳で煮るだけでも美味しいし、お芋と牛乳のポタージュスープとかバターを加えてスイートポテトって手もあるね。それから…」


「ちょっと待って~。コンヨウ君~。今は牛乳の話をしているんだよ~。そのバター(・・・)って言うのはなんだい~?」


このエレフさんの質問に僕は少しの間、フリーズする。そして今しがた僕の頭に浮上した恐ろしい現実について質問を返す。


「…すみません。バター、ご存じないんですか?」


「うん~。」


なんてこった。こっちにはバターが存在しないのか。…という事はもしかすると。


「すみません。こちらには乳製品というものは存在しますか?」


「なに~?そのにゅうせいひんって~?」


ヤベェ~。もしかして僕、今パンドラの箱開けたかも。これってこの世界の食に革命起こせちゃうよ。

乳製品を上手い事作ることが出来たら、間違いなく巨万の富が得られるだろうけど、それだと僕の平穏な生活が脅かされる可能性がある。

でもバターが無いと焼き芋バターが出来ない。それだけは絶対に看過できない。よし、巨万の富はエレフさんにでも押し付けて僕はただの消費者になる方向で行こう。

だからこれから売りに出すとしてもそれはエレフさんの手柄ってことでOK。よし、話を戻そう。


「えっとですね。乳製品って言うのは牛乳を加工して、別の食材にするものです。

バターって言うのは、簡単に言うと牛乳の中にある油分を固まらせて作ったもので、お料理とかに加えると味がまろやかになりますし、お菓子に加えると味付けと共に食感を変える事もできます。」


「へぇ~。初めて聞いたよ~。コンヨウ君は物知りなんだね~。」


「いえいえ、たまたまです。」


「そういえばミルさんが~『にゅうせいひん加工』っていうよく分からないスキルを持っているってぼやいてた事があるけど~、それとは関係あるのかな~。」


「へっ!!」


多分今の僕はとんでもなく間抜けなツラを晒しているだろう。

あのポンコツオカン!僕にそんな重大な秘密隠していやがったとは!確かにスキルの事を聞くのはマナー違反なのは知ってるけど、今回の件は別扱いだ!よし、今日は予定変更だ!


「どうしましたか?コンヨウさん?」


「なんか~、イノシシ退治の時と同じくらい怖い顔だけど~。」


「二人共…これからミルさんを拉致します…」


「へっ?拉致…」


「手段は問いません。ガスの使用も許可します。なんとしてもあのポンコツオカンをここに引き摺り出して下さい。

これは…この世界の食文化の未来が掛かった一大イベントです。異論は認めません。やらないと言うなら…僕がやります。」


「ひぃ!!」×2


僕は満面の笑みを浮かべながら二人にそう告げる。

すると爽やかな笑顔のはずなのに何故だか怯えた目を向けてくるパフィさんとガタガタ震えるエレフさん。

若干失礼な悲鳴を上げながらパフィさんとエレフさんが僕に返事をしてくる。


「落ち着いて下さい!!」


「そ…そうだよ~!僕が呼んでくるから~、コンヨウ君はじっとしていてね~!」


こうして、エレフさんが今まで彼が見せた事が無いような凄まじいスピードで家の扉から外に出ていった。

さて、あのポンコツオカン。重要な情報を隠匿した罪…どうしてくれようものか。

僕の傍らには今だアブトロニックのように震えるパフィさんの姿があった。

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