002_獣人少女との出会い
「ふざけんなよ!!なんで目覚めた瞬間、餓死寸前なんだよ!!」
目覚めた僕が最初に感じたのは強烈な空腹だった。
ここはどことか、私はだあれとか、今はとっても晴れていて青空が清々しいとか、今いる草原の空気はとても澄み切っていて気持ちがいいとか、そんな事はもうどうでもいい。
さっそくスキルの出番だ!発動!『食物生成(焼き芋)』!!!
僕が念じると掌の中に大き目サイズのサツマイモ(調理済み)が出現していた。
ほのかに甘い匂い、少し皮が焦げ臭い、おそらく焚火で焼いた焼き芋なんだろう。
僕は力が入らない指を必死で制御し、皮を剥く。
本当はこんなまだるっこしい事をせず、皮ごと食べたいくらい飢えているが、おそらく皮を食べると消化できないくらい胃が弱っているだろう。そしてようやくの思いで一口分の皮が剥ける。
するとそこから先ほどのほのかな甘みが更に強く感じるようになる。
僕は溢れる涎を抑えながら、ゆっくりと噛みしめる様に焼き芋に噛り付く。
「……うまい……うまい。」
その言葉しか出なかった。一週間ぶりの固形物。
その焼き芋は本当に何の変哲もない焼き芋だ。最近流行りの蜜芋とかそんな気の利いたやつじゃない。
舌の肥えた子供におやつとして出したら顰蹙を買いそうな、そんなレベルの焼き芋だ。
その上、少し焦げていて、味の評価で言ったらよくて中の下、下手すれば下の中くらいだろう。
でも僕にはこの焼き芋が至高の食べ物に思えた。
空腹は最高のスパイスと言う言葉があるが、実はもう一つ食べ物をおいしくする最高の調味料がある。
それは思い出だ。
この味は僕が食べたいと思った母さんとクソ親父になる前の父さんと、3人で庭で焼いた焼き芋の味だったからだ。
「うぅ…母さん…父さん…」
俺は泣きながら焼き芋を食べた。
胃がびっくりしない様に、ゆっくり、ゆっくりと、噛みしめながら時間をかけて焼き芋を食べた。
そして最初の一個を自分の感覚でおよそ30分かけて食べきった。
もう一個作ろうとも思ったが、僕の身体は相当弱っているみたいで、それ以上は胃が受け付けなさそうだった。
仕方なく僕は少し休むことにした。こんなにゆったりした気分は久しぶりだ。
食事の事もお金の事も何も心配しなくていい。
空が青くてきれいだ。草原に吹き抜ける風が気持ちいい。
今は春だろうか?ぽかぽか陽気が心地よい。
だが、そんな心地よさに負けてうたた寝をしていた所にお邪魔虫がやって来た。
「あの~、すみません。何やら甘くていい匂いがしたのですが、もしかして食べ物をお持ちでしょうか?」
そう声を掛けてきたのは子供くらいの身長で、二足歩行をした毛むくじゃらで大きな尻尾があり、全身の毛の色が黒で眉間と背中の部分は白で、クマか猫っぽい顔の生き物。
こういうのを獣人と言うのかな?種族は分からないけど。
どうやらこの子供?の獣人さんは僕の焼き芋が目的でやって来たようだ。
僕の答えは決まっている。
「いえ、もう食べたので持っていませんよ。」
すると獣人さんはあからさまにがっかりした表情を浮かべる。まったくただで食べ物を奢って貰えると思ったら大間違いだ。
スキルで食べ物が作れるからと言ってそれを無償で振る舞うと思ったら大間違いなんだよ!ダボが!!!
世の中、ギブアンドテイク!等価交換!!それが世界の真理であり、基本法則だ!!
ここで食べ物を渡しておけば恩を売れるかもとか、感謝されるかもとか思っている甘ちゃんがいたら今すぐ死んでください!
僕はその感謝欲しさに息子を犠牲にしたクソ親父のせいで餓死した人間なんですよ!
どうせこの獣人さんだってちょっとお腹が空いただけで、家に帰れば美味しいご飯にぽかぽかお風呂が待ってるんだろうが!
さっさと帰れよ!クソが!!
「そうでしたか。ご迷惑をおかけして申し訳ありません。なにぶん2日も食べていなかったもので。」
うっ!なんてこった。僕ほどじゃないけど似たような境遇だったか。
ダメだ!ここで食べ物を与えたらこいつは僕に依存してくる。
そうなったら最後、骨までしゃぶりつかれて、僕は文字通り食い物にされてしまうんだ。
でも…餓死は苦しい。流石にそれを見て見ぬふりをするのは忍びない。
どうしよう。そんなの事を考えると喉が渇いてきた…そうだ。
「えっと、失礼ですが、あなたは水とか飲み物をお持ちですか?」
「えっ!はい!つい先ほど水場を見つけましたので、そこで汲んできた水ならここに。」
そう言って獣人さんは水筒を取り出し、コップに水を注いだ。
「宜しければどうぞ。」
差し出された水はとても澄み切っていて飲むのに問題なさそうだった。
それを僕は受け取り飲む。よしこれで僕は獣人さんに借りが出来た。
よってこれから食べ物を渡してもそれは単なる物々交換だ。決してあのクソ親父と同じことをするわけじゃない。
「あの、実は先ほど食べていた焼き芋なんですけど、まだ少し残りがありまして。
お水を頂いたお礼に宜しければ。」
「えっ!本当ですか!ありがとうございます!」
獣人さんはそのもふもふの可愛らしい顔に満面の笑みを浮かべながら喜びの声を上げる。
まぁ、お腹が減っている所にご飯が手に入れば当然か。ではバレない様に『食物生成(焼き芋)』を実行。
今度は屋台の石焼き芋を思い浮かべながらスキルを発動させる。数は…5つくらいだ。僕も一つ食べたい。
「わぁ~、お芋だ!凄くおいしそうです!これ…食べてもいいんですよね。」
「勿論です。先ほどのお水のお礼ですから。」
「では…美味しい!甘くって、ほくほくしていて、それでいて焦げの匂いもしない。お芋の質も焼き方も素晴らしいです。何より焼きたてだ。」
「うっ…そうですか。喜んでもらえて何よりです…」
これってヤバくない。こんな草原のど真ん中で焚火も無しに焼きたての食べ物を出す。
明らかにスキルだって疑われる奴だろう、これ。そう思っていると、
「あの~、こういう話をするのは失礼かも知れませんが…このお芋、スキルで作ったものじゃありませんか?」
「…さぁ?何のことでしょうか?」
やっぱりバレてらぁ~。どうする、無限に食べ物(ただし焼き芋限定)を出せる事がバレたらどうなる。
きっと纏わりつかれて骨までしゃぶり尽くされて、利用価値が無くなったら消される。いや、流石に飛躍しすぎか。でもきっと碌な目には合わないだろう。
その不安が相手にも伝わったのか、獣人さんは慌てた様子で弁明する。
「あっ!もしかして聞いちゃいけない質問でしたか?そうですよね。相手のスキルの情報を聞き出すのはマナー違反ですもんね。
ぼくは役立たずのスキルしか持たないので、凄いスキルを持っている人が羨ましくて。」
あっ!なるほど。こっちではスキルを探るのは行儀の良い事じゃないのか。
この子も興味本位で思わず聞いただけって感じなんだな。ところで役立たずのスキルって何だろう。ちょっと聞いてみようか?
「いえいえ、お気になさらずに。そうだ、せっかくだからそのスキルって奴について聞いてもいいですか?
実は僕、部分的に記憶が無くって…気が付いたらこの力が使えていたんですよ。」
よし、異世界転生の定番。記憶が無い事にして相手から情報を引き出す。しかも部分的にって言うところがミソ。
相手が悪人だと嘘を吹き込まれて酷い目にあう可能性もあるけど、この子はお腹を空かせた憐れな獣人さんだしきっと悪い人じゃないだろう。
悪人がお腹を空かせるわけがない。あのクソ親父も僕にご飯を食べさせなかったくせに、自分の食事分はしっかり確保していたしな。
さて、相手はどう出るかな?
「そうなんですか…分かりました。ここで会ったのも何かの縁です。
まずは自己紹介から。ぼくはパフィっていいます。見ての通りクマ族の女の子です。」
なんと、この子って女の子だったんだ。見ての通りって分かんねぇよ。
でもどうしよう。記憶喪失設定にした以上、いきなり名前を言うのも不自然だな。
それに昔の名前は使う気にはならないし、どんな名前が良いかな。
「えっと…僕も名前を決めないといけませんね。」
「そうでした!記憶が無かったんでしたね。」
「どうぞお気になさらず…昆陽。」
「えっ?」
そうだ。せっかくだから芋に関する名前が良い。江戸時代にサツマイモを普及させた偉人、青木昆陽からお名前を拝借しよう。
「僕の名前です。僕の名前はコンヨウです。」
「コンヨウさんですか。響きの良い名前ですね。」
「では改めて、僕はコンヨウです。よろしく、パフィさん。」
「はい、コンヨウさん。よろしくお願いします。」
これが異世界に転生してからの最初の仲間。クマ?獣人のパフィとの出会い、そして僕がコンヨウになった瞬間だった。