019_犬獣人ドクと鳥獣人ネイチャン
019_犬獣人ドクと鳥獣人ネイチャン
「いらっしゃい、ネイチャンさん。昨日に引き続き今日も。
やっぱり気になりますか。彼の事が。」
「それはあなたもでしょう。」
これはコンヨウ達がドクの授業を終えた後。
ドクの家を訪ねたネイチャンと家主であるドクの話である。
ドクはネイチャンに座る様に進め、水とあぶったベーコンとコンヨウから受け取った焼き芋でもてなす。
ネイチャンは水を一服し、出されたものをつまみながら話を切り出す。
「…ねぇ、ドクさん。
私達って色んな事情で故郷を追われてここに集まって、それからみんなで狩りや採集をしながら生活をしてたわよね。
それでギリギリの生活の中、何とか生きてはいたけど、この間バックルさん達がモンスターにやられてからお肉が手に入らなくなって。
みんなが次々に弱っていって、もうダメかと思った時にあの子が現れた。」
「コンヨウ君…だね。
彼は本当に不思議な子だ。彼は何というか…矛盾そのものって感じなんだよね。
頭がいいのに知識がチグハグで、しっかりしている様でどこか抜けている。」
「お人好しなのに人間不信。貸し借りの中に安心を求める。決して無償の愛や善意といったものを信じない。
相手に与えられたものは絶対に返さないと気が済まないし、自分が貸したら絶対に相手に返済を求める。
彼の言うギブアンドテイクは安心を得る為の一種の鎖なんじゃないかと思えてくる事があるわ。」
「その癖、自分がどれだけの物を人に与えているのかについては無頓着。
この集落の人間は彼に『命』という最も大きな借りを作っているのに、彼はそれを見ない様にしている。
まるでいつ自分が裏切られてもいい様にしているようだ。
彼はきっと以前酷い裏切りを受けたんじゃないか、そう思うと胸が締め付けられる様な思いがするんだよ。」
「あの子の傷は相当に根深いわ。何とかしてあげたいけど…どうしたらいいのかしらね。」
コンヨウの事を思い辛そうな表情をするネイチャンに、ドクが遠慮がちに質問をぶつける。
「…ところで君はなんでそんなに彼の事を気にかけるんだい?
君は野草とかで飢えを凌いでいたから私達ほど危機的な状況ではなかったと思うけど。」
「ドクさん。老いぼれて耄碌しちゃったの?」
ドクの質問に辛辣な口調で切り返すネイチャン。それにドクは苦笑いをしながら応じる。
「酷いな~。私はまだ老いぼれ呼ばわりされるような歳じゃないよ。」
「だったら馬鹿な質問は控える事ね。私は医者よ。私が怪我人を治せなかったせいで集落に飢えが蔓延した。
皆の命に責任を感じないわけがないでしょう。」
「…そうか、確かに馬鹿な質問だったね。」
「ええ本当にね。それにコンヨウ君は私に医者として患者の怪我を治療する機会を与えてくれたのよ。
そしてそれに必要な材料も。私は彼に医者としての誇りを守ってもらったの。これは命に勝るとも劣らない大きな借りだわ。」
ネイチャンが苦いモノを噛みしめる様な表情で自分の胸中を語った後、ドクが難しい顔をしながら話を続ける。
「…しかしあの時のコンヨウ君は色々とおかしかった。彼自身は常識の部分の記憶が欠けているからというけど、あれはきっと嘘だね。」
「ええ、あれだけモンスター討伐に貢献したのにそれに気づけないほど彼の頭は鈍くないわ。
彼は…私達にこれ以上貸しを作りたくなかったのよ。それを自覚したら莫大な量の返済を私達に迫らないといけなくなるから。」
「そしてそれを自分でも気づかない様に無理やり心に蓋をしている。見ていて痛々しいよ。」
ドクとネイチャンはやるせない思いにその表情を曇らせる。そして少しの沈黙の後、ネイチャンが再び話を切り出す。
「私も聞かれたから聞くけど、ドクさんがコンヨウ君の肩を持つ理由は何?まあ大体想像はついているけど。」
「そうだね。集落のみんなを助けてもらった恩…っていうのもあるけど、それ以上に彼みたいないい子が辛い思いをしているのを見ていられないって言うのが一番の理由かな。」
「何故、そう思ったの?あなたの鼻がそう感じたのかしら?」
「ははぁっ…私にそんな力はないよ。まぁ、理由は色々あるけど、確信を得たのは人族と獣人族との間の軋轢についてごく当たり前の様に質問をした時かな。
リンガで生きていればそんな質問は出て来るはずがない。彼はおそらく違うもの同士が分かり合えない世界で生きてきたんだと思ったよ。
もしかしたら彼はヤーゴの関係者かも知れない。」
ヤーゴという単語にネイチャンが顔を顰めながら切り返す。
「それは無いわね。ヤーゴがあんな凄いスキルの持ち主を放っておくはずがないわ。それはあなたも分かっているでしょう。」
「…そうだね。私がヤーゴの司令官なら彼を少人数の破壊工作部隊の指揮官にするだろうね。
彼のスキルで補給無しで動けるようになった部隊が彼の作戦の元に行動する。はっきり言ってこれは脅威以外の何者でもない。
おそらく、重要施設の破壊工作から要人の暗殺まで、なんでもこなす恐怖の部隊になるだろう。
…だからきっと彼はヤーゴの関係者じゃない。でもそうだとすると余計に彼が何者なのか分からなくなるんだよ。
いっそ別世界の人間だと言われた方がまだ納得がいく。」
「やめましょう。そんな些細な事を気にするのは。彼は私達の恩人で仲間でとってもいい子。これだけで十分じゃない。」
コンヨウの持つ能力の危険性と出自が分からない事について言及し、表情を曇らせるドクをネイチャンが制止する。
「そうだね。君はいつも大切な事を教えてくれる。本当に感謝しているよ。」
「いいわよ、別に。だって私は医者だもの。」
「そうだったね。でも悪い話ばかりじゃないよ。」
2人はコンヨウの事を思い、少し暗い気分になりかける中、ドクが努めて明るい口調で別の話を切り出す。
「この間、彼にスミスを紹介したんだけど、その時の話がなかなか傑作でね。」
「えっ!あの偏屈ジジイとコンヨウ君を!一体何があったの?」
「それがね……」
「…なにそれ!あのジジイ相手にカツアゲまがいの事をした上に最後は焼き芋を食べさせて黙らせたですって。」
ネイチャンはこの出来事に酷く驚いた。あの疑り深いコンヨウが初対面の相手にスキルを晒したのである。
おそらくドクへの信頼からこの集落の人間にならスキルを晒しても問題ないと判断しての事だろう。
その思いから自然と笑みが零れるネイチャンに対してドクが話を続ける。
「彼曰く、『債務者が当たり前の様にのうのうと飯を喰らっているのが気に入らなかった』だそうだよ。
どうやら彼は気に入らない者からは容赦なく取り立てをするみたいだね。」
「そう、あの子にもそういう子供っぽいところがあるのね。じゃあ私達も彼には優しくしないと。
いつ借金の取り立てがあるか分かったものじゃないわ。」
「ははぁ、そうだね。そしていつか彼がなんの遠慮もなく、みんなから取り立てが出来る様にしたいね。」
「そうね。でもまずは出来るだけ借金を減らしておかないとね。」
こうして悩める大人2人はそれでも傷だらけの子供を守り抜くことを決意するのであった。




