017_お勉強の時間だよ(ネイチャンさん編)
「コンヨウ君、パフィちゃん。明日の午前中は私の所に来なさい。」
ネイチャンさんが僕達にそう声を掛けてきたのは、僕がこの集落に住むようになって10日たったくらいの事だ。
その間僕はパフィさんと一緒に狩りに行ったり、エレフさんの所で料理研究をしたり、ミルさんに酪農の何たるかを叩き込んだりとなかなか忙しい日々を過ごしていた。
でもここでの生活は僕の『食物生成 (焼き芋)』の力もあって、飢えとは無縁だったのでそれなりに快適ではあった。
ただやっぱりお布団と調理器具は欲しい。今はまだ春みたいで温かいからいいけど冬に布団無しとか普通に死ねるし、料理だってエレフさんに頼り続けるわけにもいかない。
そろそろお金が欲しいなと思っていた矢先である。
「あなた達、そろそろ街に行きたいと思っているでしょうけど、文字が読めないでしょう。
ゼブラのやつもついて行くからそんなに心配はしてないけど、自分達でも読めた方が何かと便利でしょう。こっちも落ち着いてきたから、これからはあなた達のお勉強を見て行こうと思うの。」
あっ、そうか。ポーションの素材を提供する代わりにお勉強を教えてもらうっていう契約をしていたね。確かに文字は早急に解決しないといけない問題だよね。
「ありがとうございます。では明日からお世話になります。」
「ぼくも宜しくお願いします。」
「いえいえ、こちらこそ待たせて悪かったわね。明日からよろしくね。」
こうして僕とパフィさんはネイチャン先生の指導の下、文字と常識のお勉強をする事になった。
そして次の日、ネイチャンさんの家までやって来たのだけど、
「じゃあ早速始めましょうか。」
「えっと、ネイチャンさん。これは?」
ネイチャンさんに渡されたのは木の板に何やら文字が書かれた物と、土の入った底の浅い箱と木の枝。多分だけど文字の書かれた木の板は日本で言うところの『あいうえお表』で土の入った箱はノートの代わりで木の枝はペンの代わり。
まあ、ここは辺境の森のど真ん中だし、紙やペンやインクは高級品だよね。その代用品なんだと思う。
僕はすぐに用途が分かったけれど、パフィさんはその事が分からなかったらしく、頭に?マークが張り付いている。僕がそんなパフィさんに道具の使い方を説明していると、
「…コンヨウ君。よくこれの使い道が分かったわね。初めての子は大抵そこからの説明になるんだけど。」
「いえ、大した事じゃありませんよ。僕が抜けているのは一般常識の部分ですし、文字の知識が無いわけじゃありませんから。」
「えっ!もしかしてコンヨウさんって文字が読めるんですか?」
「ううん、この文字は読めないよ。僕が分かるのは別の言葉だね。」
この言葉聞いたネイチャンさんが顎に手を当てながら少し考え事をし、それから口を開く。
「コンヨウ君は外国の人なのかもね。こっちの言葉が流暢に話せるからこっちの人で記憶が無くなった時に文字の読み書きの知識も無くなったと思っていたけど。興味深くはあるけどでも…ブツブツ…」
「ネイチャンさん。僕の事より授業をお願いします。」
「…そうね。では始めていきましょうか。」
危ねぇ!流石に異世界人とか転生者って事は分からないだろうけど、僕が身元不明の怪しい人間って事はバレたみたいだ。これ以上突っ込まれるとマズいし、授業を始めて貰おう。
こうして僕が若干焦りながら授業が始まったのだが、ここで一つ問題が発生した。
どうも僕が他の人達と話せているのは、転生者特典かなんかで言語の自動翻訳があるからみたいなんだ。
だけどこれがなかなかの曲者で単語には対応するけど、記号や固有名詞には働かないみたいなんだ。
『リンゴ1つ100円』みたいな単語には対応できるけど、文章だと無理という感じだ。
どうもこちらの言語は英語みたいな感じの為、翻訳任せにすると文章が翻訳ツールで翻訳してそれを再翻訳した感じの面白可笑しい内容になってしまう。
これは流石に実用に耐えられないと思ったので、結局一から言語を学ぶ必要性に迫られた。
そして何より問題なのは僕自身が書けないというところだ。
なので僕はこうして土の入った箱に木の枝で文字の書き取りをしているわけだ。
でも僕よりも文字が全く分からないパフィさんの方が苦戦しているようだ。
僕は文字の概念をしっかり持っているし、単語だけなら自動翻訳されるからまだ楽だけど、知識0のパフィさんは大変だ。
ネイチャンさんもその事が分かったらしく、基本的にパフィさんに付きっきりで僕は質問した時だけに答えるという感じだ。
そんな感じでその日の午前中は文字の勉強に費やしたわけだけど、その時に数字の方も教えてもらった。
この世界の数字は10進法を採用していた為すぐに理解する事が出来た。16進法を10進法に直すとか凄い面倒くさいんだよね。2進法?僕はコンピュータとタメ口を利く気はありません。
その時、計算も少し教えてもらったんだけど、小学校低学年レベルだったのでむしろ簡単すぎて困ってしまった。
どうも日本の義務教育を履修していれば、こちらでは高等教育の過程を卒業した人並みになるらしい。
つまり僕は文字と常識がない癖に、大学卒業並みの知識を持っているという事になる。
この時のネイチャンさんの困惑ぶりが凄かったけど、そこは伝家の宝刀、記憶が欠けているもので、で押し切った。
それから算数と理科については、パフィさんの先生は僕が務める事になった。
どうもネイチャンさんは頭はいいけど教えるのはいまいちな人みたいだ。いい生徒がいい教師になるわけじゃないっていうのを地でいっている感じだね。
そんなこんなでこの日の授業は終わったところで、ネイチャンさんが僕とパフィさんに話を切り出す。
「お疲れ様。今日のお勉強はここまでね。その文字表と土ノートはあげるから、まずはそれで文字を覚えるように。
それから学習用の参考書も一冊貸すからそれで単語を覚えていく事。分からない事があったら私かドクさんに聞きなさい。
単語についてはその参考書を完璧に読めるようになったら次のステップに行くから。」
「はい。」
「それから、算数と理科については私よりコンヨウ君がパフィちゃんの先生になった方が良さそうね。
正直言って、この2つに関しては私よりコンヨウ君の方が知識が深いと言ってもいいわ。」
えっ!そうなの?僕、高校をひと月で中退してるんですけど。あのクソ親父のせいで…ヤバい、思い出し怒りが沸々と沸いて来た。
黒いオーラが出そう。流石にここで出したらマズイ。鎮まれ~僕の中に眠る邪悪な意思よ…ってなんかこれ中二病ぽくない。右手の甲に正体不明の魔方陣とか書いたりして。
あっ、頭の愉快な事を考えていたら怒りが霧散した。さてネイチャンさんの話に集中しよう。
「…それから明日はドクさんのところに行きなさい。
この辺の世情とか地理とか歴史とかを教えるって言っていたから。」
「はい、分かりました。」
「ネイチャンさん、今日はありがとうございました。」
こうして僕達はお礼の焼き芋を渡した後、ネイチャンさんに別れを告げ、家路につくのであった。
コンヨウ達がネイチャンを家を出てから暫く後の事。
「コンヨウ君…か。頭の回転は悪くないし、いろんな知識を持っているし、凄いスキル持ち。
その癖、常識や当たり前の事は欠落していて、そして何より凄く不安定。
ガラス細工みたいに脆いくせに誰にも頼ろうとしない。
彼は…誰かが守ってあげないと…これはドクさんに相談ね。」
その日彼女はコンヨウからもらった焼き芋を片手にドクの元に訪れるのであった。




