103_聖職者達の密談
「ふふっ、なかなか面白い子でございましたわね、ジルベール。」
「我が主。一般人にスキルを向けるのは止めるようにと、いつも言っているでしょう。」
金髪碧眼、白に豪華な金の刺繍が施された法衣とベールを纏った美少女司教フリージアは愉快そうに自らの護衛ジルベールに語り掛ける。一方ジルベールはそんな主にウンザリした様子。フリージアは護衛のいつもの小言を聞き流しながら喜色を帯びた声で語り始まる。
「だってわたくしめに対して、あれだけ露骨に嫌そうな態度を取れる人間があなた以外にいるだなんて、夢にも思わないではございませんか。」
「確かに、あなたのスキル『魅了』があれば大概は相手は好意的になりますし、ずっと一緒にいれば相手はあなたの虜になるでしょう。でも初対面ならああいう事もあるのでは?」
「それはありませんわね。わたくしめ、自分で言うのもなんですけど、かなり見目麗しい方だと自負してございますし。わたくしめのスキルの特性についてはご存じでございましょう。
少しでも好意を持てばスキルは発動する。例え見た目で発動しなくても声を掛ければ発動する。名前を呼べば更に効果が強くなる。一回名前を呼びかければ大抵の方はスキルの虜になる。そして自分の名前を相手に教えればその時点でほぼすべての方は虜になるのでございますけど。」
「性悪なあなたの本性が漏れ出ていたのでしょう。それに名前は偽名の可能性もあります。」
吐き捨てる様なジルベールの言葉にフリージアは笑顔でムッとするという器用な事をしながら反論する。
「名前が偽名という可能性は確かにありますが、スキルが発動していないという事についてはあり得ないでございますわ。確かにわたくしめの方で発動を確認したのでございますから。
あなたのように『敵対スキル無効化』のスキルでも持っていない限りは、間違いなく効いているはずでございますわ。」
「無効化スキル…確かに彼についてはその可能性も否定できませんね。私もあなたへの態度が少し気になって『スキル看破』を使ったのですが、通用しませんでした。」
「ふふっ…最初は本当に焼き芋を買いに行っただけでございましたのに、まさかあんな素敵な子に出会えるだなんて。」
「随分楽しそうですね。性悪女。」
「あなたは不満そうでございますわね。『アンチスキルマスター』。」
フリージアの一言に場の空気が凍り付く。ジルベールから漏れ出る殺気にも似た突き刺すような気配。主と護衛の間柄とは思えない様な険悪な雰囲気が漂う。睨み合う事僅か。
「申し訳ございませんわ。今のはわたくしめが悪かったですわね。」
先に折れたのは意外にも主のフリージアの方だった。
「…いや、主。こちらこそ悪かった。」
「あなたを呼ぶ時はこうでございましたわね。勇者ジルベール。」
「…それは捨てた名です。今の私はただのしがない護衛騎士にございます。」
詫びるフリージアに対して恭しく頭を下げ返すジルベール。この瞬間、二人の関係は再び司教と護衛に戻った。
「今回の目的はバヤオ=ゲッスが関わっていた教団の調査だったはずなのに、ナプールに来てみれば奴は死んでる事になっていて情報も一切ない。
せっかく見えてきた尻尾だと思っていたのに。それでイライラしていたかも知れません。」
「アバドン教団。かつて聖者に与えられたスキルの力で討たれた『蝗の魔王アバドン』を信奉する集団。」
アバドン教団、フリージアがその名を口にした瞬間、ジルベールの気配が一気に歴戦の戦士のものへと変化する。
「私は自分が勇者にならない為に教団の目論見を未然に防ぎたいと行動しております。ですが…動いているはずの奴らの姿が一向に掴めない。
ラビリ=コービット殿に『ワード検索』の依頼もしましたがワードが足りずに検索不可。今も探してくれているようですが、コービット商会の内ゲバで思う様に進まない。正直八方塞がりの状況にウンザリしているのは事実です。」
その苛立ちを含んだジルベールの言い分にフリージアは笑顔のまま頭を振る。
「まったく、イライラするのは勝手でございますが、必死で情報収集をしているこちらの身にもなって欲しいものでございますわ。
スキルを使ってちょっと相手からの好感度を上げて、情報を仕入れて差し上げてございますのに。
まぁ、時々好感度を利用してご飯を奢って貰ったり、宝石を貢いで貰ったりはしますけど。」
「結局碌な事してないじゃないですか…所で今回、スキルは発動していたんですよね。どういう感触でしたか?」
悪びれもしないフリージアの物言いに、呆れた様に応じながら質問を切り出すジルベール。それに少し考えこみながらフリージアが答える。
「リスのスフィーダさんとクマのパフィちゃんには問題なく掛かってございましたわ。
ただ人族のコンヨウさんについてはスキルが霧散した感触がございましたわ。」
「…おそらく、私も同じですね。お嬢さん2人にはきちんと掛かったのに対して、黒髪の子供についてはスキルがその場から消える様な感触がありました。
あれはスキルで無効化したというよりも高位の存在にかき消された感じでしたね。」
「するとあの子はわたくしめ達より高位の存在という事でございましょうか?」
「神、魔王、それに聖者。我々の能力に抵抗できる存在と言えばもうこれくらいしか。」
「あの子に関しては本部に連絡してからの対処でございましょうね。なんせこの美少女司教フリージアちゃんの誘惑を袖にした玉無しでございますから。」
「スキルが無ければ性悪のクソ女ですけどね。それからお嬢さん達のスキルですがなかなか興味深いものでした。
まずリスのお嬢さんのスキルが『カロリーチャージ』『カロリーブースト』です。」
「あら、どちらも超一級のレアスキルでございますわね。この二つのスキルを同時に手に入れられるなんて、末は天下の大将軍でございましょうか。」
「そしてもう一人のお嬢ちゃんが『ガス操作』…」
「まぁ!そのスキルを持っているということは!」
「スカンク族です。そしてその二人と共にいるスキルが分からない少年。」
「危険な匂いしかしないのでございますわね。」
「唯一分かった事と言えば、私の『スキル発動感知』で焼き芋を出す前に何かしらのスキルを発動させていたという事くらいでしょうか。」
ジルベールの一言に今まで笑顔だったフリージアが初めて眉をひそめる。
「……お芋を温め直すとかそういう平和なものでしたら嬉しいのでございますけど。」
「冗談はほどほどに。あなたも気づいておいででしょう。彼が『食物の聖者』である可能性に。」
『食物の聖者』この一言にフリージアの眉はますますハの字に変化する。
「我々が信奉する聖者様の再来。かつて人々にスキルを与え、世界を救った救世主。」
「アバドン教団が動き出したこの時期に…余りにも都合が良すぎると思いませんか?」
「でもわたくしめ達は彼に警戒されてございます。リスのお嬢さんが聖者教の関係者だったみたいですし、この街のクズミ神父にお願いするという手もありますが…」
「無理でしょうね。あの善性の塊みたいな聖職者に間諜の真似事など。」
「暫くは保留でございますわね。クズミ神父にはわたくしめ達がこの街から離れたという情報だけ流して頂きましょう。」
「それしかないでしょうね。」
………二人の間に長い沈黙が流れる。そしてふと今気づいた様にフリージアが、
「そう言えば、焼き芋全然冷めないのでございますね。」
「言われてみれば…彼の能力が本当に保温ならどれだけありがたい事か。」
「せっかくですから頂くのでございますわ。」
「そうですね……これは!!」
「…なんて甘く濃厚な味わい!これがサツマイモでございますか!!」
今まで世界の命運を賭けた真剣な話し合いをしていたとは思えない2人の驚きの反応。
不謹慎にも今度コンヨウに会った時はまた焼き芋をおねだりしようと思う二人であった。




