001_飢えた少年の転生
「神様ってバカだよな。」
今、僕は倒れている。場所は深夜の公園。理由は空腹。
コンビニでのバイトの帰り、僕は空腹を紛らわせる為に公園の水道の水を飲んでいたのだけど、そこで意識が朦朧としそのまま気を失ったらしい。おそらく低血糖症という奴だろう。
なんでそんな事態に陥ったのかって?
それは僕が1週間、固形物を食べていないからだ。
なんでそんなに何も食べていないのかって?
それは僕の家が貧乏でお金も食べ物もないからだ。
なんで僕の家が貧乏かって?
それは僕の家が定食屋だからだ。
はぁ?なんで定食屋でご飯が食べられないのって?
それは僕の父が馬鹿だからだ。
僕の父は人の良い料理人として知られている。何故なら格安でおいしいご飯を客に提供しているからだ。それも採算度外視で。
そうやって人々から称賛を浴びる事がクソ親父の生きがいだった。
名物は魚沼産コシヒカリに高級魚の刺身をふんだんに乗せた豪華海鮮丼だ。その価格500円。しかも原価は2500円だ。
そんな事をしていれば当然商売は成り立たない。今までは母さんが死んだ時の生命保険で生活を賄っていたがそれも一年前に限界を迎えた。
僕は学校を辞めさせられ、バイトをするようになった。でもそれだけでは追い付かず家での食事をさせて貰えなくなった。
僕がコンビニでのバイトを選んだのは廃棄寸前の食べ物を貰えるからだ。
バイト代でご飯を買えばいいのにって?…あのクソ親父が僕のバイト代の口座を握ってそのお金は全部店の家賃行き。だから僕は文無しだった。
あのクソ親父は商売柄地元の人達に信用がある。誰も息子のバイト代を掠め取っているなんて思わない。
僕がそう証言してもきっと誰も信じなかっただろう。そんな生活が1年。最近はフードロス削減なんて事が叫ばれる様になり、僕にまわってくる廃棄食品がめっきり減った。
その結果が冒頭での出来事だ。
僕は気が付けば何もない空間にいた。
物が無いのではない。光も音も本当に何もない黒一色が支配する空間。
だがそれよりも驚くべき事が僕の中で起こっていた。僕は今空腹を感じていない。おそらく僕は死んだのだろう。
死んだらこんな所に来るのかな、なんて考えていると目の前に突如眩い光が溢れ、そこから一人の少女が姿を現した。
銀色の腰まで届くほどの長く美しい髪の毛とクリッと大きな銀色の瞳、空色のワンピースを着たどこから見ても愛らしい絶世の美少女だ。
そして特筆すべきはその背中に羽が生えている事。死神ってやつかな。痩せこけて骨と皮だけの僕の方がよっぽど死神っぽいけど。
「あなたですか。死ぬ寸前に私達の悪口を言ったのは。」
「えっ?別に君の悪口は言ってないけど?」
「いえ、言いました。神様はバカだと。私がその神様です。」
なるほど。神様だったか。そりゃ羽生えてるもんな。つまりこの子は自分の悪口を言われて腹を立てていると。
だがこっちにも言い分というものがある。なんだか美少女で且つお腹を空かせた事がなさそうな神様に対して、無性に腹が立った僕は怒りのままにこの世に対する憎しみをぶちまけた。
「あぁ!あんたが神様でしたか!じゃあ聞きますけど、なんで人間はお腹が空くんですか!
生き物はみんな光合成出来る様にすればよかったじゃないですか!こんな初期不良抱えた状態で生きていかなきゃいけないこっちの身にもなって下さいよ!
どうせ神様って奴はお腹も空かないのでしょう!僕にあれこれ文句を言う前に欠陥品を作った自分の無能さを責めて下さいよ!」
「えっ?…あの~。」
「だいたい、なんですか!その恰好は!髪はつやつや、肌はしっとり滑らか。どう考えても栄養状態完璧な見た目。
それはろくでなしのクソ親父のせいで餓死した僕に対する嫌味ですか!僕に文句を言いたかったらスケルトンの恰好で出直して下さいって話なんですよ!」
「ちょっと…よろしいですか!」
「なんですか!廃棄寸前のパンを奢ってくれるって言うなら考えてもいいですよ!!」
「うぅッ!すみません。私が悪かったですから落ち着いて下さい。」
なんか幼女がいきなり泣き出した。ふん!泣きゃ済むと思ったら大間違いだ。
こちとら万年空腹状態で野生の獣より気が立ってんだよ!涙よりも肉を出せって話なんだよ、クソが!!
まぁ、流石にこれは口には出さないけどどうやら幼女神様には届いたようだ。
ボロ泣きしながら僕に必死で何かを訴えて来る。
これには流石にハングリースパイダーな僕でも良心の呵責に苛まれる。
まぁ、今は死んだ関係上空腹感もないし、取り敢えず話だけは聞くことにした。
僕が黙って話を促すと幼女は涙目をこすりながら言葉を紡ぎ始める。
「えっと、先ほどの様子からあなたの事情はおおむね理解しました。
私は異世界転移の女神、運命神ノーラと申します。
あなたには色々と汲むべき事情があるようですが、まずこれだけは言っておきます。
別に私達、神は創造主と言うわけではありません。したがって生物の構造上の欠陥の責任は我々にはないと断言させて頂きます。
ただ、神は生き物の願いで生まれた存在ですので、基本的には人の不幸を望みません。
ですので神様としてはコケにされたままではいられないのです。そこで改めて伺います。あなたの望みは何ですか?」
なるほど、神様は人間の願いで生まれる、つまり人間に否定されたり、忘れられると存在を維持できなくなるのか。
それでこうやって願いを聞くことで点数稼ぎをしていると。なら僕の望みは……
「僕は…お腹いっぱい食べたい。」
「…それだけ…ですか。」
「はい、それだけです。」
「分かりました。では異世界転生をしましょう。私は異世界転移の女神ですから。
転移の時にスキルを付ける事でお腹いっぱい食べるという目的も達成しやすくなるでしょう。」
「なるほど、ちなみにスキルってどんなのがありますか?」
「このカタログからお選び下さい。」
そう言って女神ノーラは一冊の分厚い本を差し出してきた。
僕はそれを受け取り中身を検める。
「ふむふむ…いろいろありますね…なんですか、このスキルポイントって?」
「あぁ、それは転生時にスキルを得るために使うポイントです。
あなたの場合、通常転生ですので50ポイントになりますね。」
「僕の欲しいスキル100ポイントなんですけど。」
「……」
この一言にその場の空気が凍り付く。ちっ!結局僕はどこへ行っても何にも手に入らないのかよ。神様なんてクソくらえだ!その怒りのオーラが目の前の女神にも届いたのか、慌てて僕を宥め始める。
「あの~、落ち着いて下さい。一体どのスキルが必要なんですか?」
「あぁ!!お腹いっぱい食べたいって言ったら食物生成一択に決まってんでしょうが!そんな事も分からないんですか!これだからお腹を空かせた事の無い神様は!」
「えっと、お金を稼ぎやすいスキルとか、ご飯を食べるのに困らない環境とか、色々あると思うのですが。」
「こちとらクソ親父に搾取されて餓死したんだぞ!周りの環境やただの紙切れを信じられる程、純朴な心を保っているわけねぇだろぉがよ!!
食べ物を直接出してそれを食べる、それ以外何を信じろと言うんだよ、ゴラァ~~~~~~!!!!!」
「うぅ!ここまでとは…でもスキルポイントを増やす事は出来ないんです。だからここは妥協して貰って…」
「あんた!望みを聞くって言ったよな!!なんで相手に我慢させる方向に話を持っていこうとするわけ!出来ないにしてもまずは考えろよ!!
もしかしてあのクソ親父もあんたら神様の差し金か!!そういえばウチの近所の連中もやたらとクソ親父の肩を持っていたな!!
やれ『いいお父さんで羨ましいね』やれ『少しくらい大変でもみんなの笑顔の為に頑張るんだよ』って。
だったらテメェーら全員頑張って飢え死にしろってんだ!なんで目の前でやせ細っていく子供をスルー出来るんだよ!!
そのくせ自分達は格安で美味い飯にありつきやがって!!今すぐ死んで詫びろって話なんだよ!クソがぁああああああーーーーーー!!」
「ヤバい!この子邪神になりかけている。落ち着いて下さい。50ポイントでもお腹いっぱいになる方法はありますから。」
この世の理不尽に怒り狂う僕は禍々しい瘴気を放ちながら叫んでいたわけだけど、女神の『お腹いっぱい』と言う言葉に正気を取り戻す。
「それは本当ですか!女神様!」
「うわぁ~~。凄い変わり身ですね。えぇ、『限定食物生成』という方法です。
作れる食べ物を限定する事で必要ポイントを減らす事が出来ます。」
「ほぅ。詳しくお願いします。」
「はい、50ポイントだと1つの食品しか生成できなくなりますけど、それでもお腹いっぱいになるっていう条件は満たせると思います。
それにその食品を元に物々交換をすれば他の食品も手に入るでしょう。」
「…なるほど、素晴らしい考えですね。問題は何を作るかですけど。」
「出来れば植物性の主食が良いと思います。肉とか魚だと腐ったりして携帯に向きませんし。
ほら、人の目の前で食べ物を出したりすると何をされるか分かったものじゃないでしょう。」
「そうですね。でもそれだと調理が必要になりますよね。調理器具が無いと食べれないなんて不安しかありません。」
「では調理済みの何かを生成できるようにすればいいです。」
「分かりました。少し考えます…」
それから考える事暫し、パン、ラーメン…は無理だ。複数の食品を使っている。
おにぎりは可能だけど栄養価が不安だし、そのままでは携帯性も良くない。栄養価は玄米にすれば少しはマシなんだろうけど。それに行く世界によっては物々交換が出来ない可能性もある。
もっとこう栄養価、携帯性に優れていて、且つ物々交換が可能な物。そして何より僕が食べたいものは…
「焼き芋…」
「はい?」
「僕…焼き芋が食べたいです。」
あれはまだ母さんが生きていて、そしてクソ親父がまだ父さんだった頃。
庭先で落ち葉を集めて3人で焼き芋をやったっけ。あの時の焼き芋が異常に食べたい。
少し呆けた様子で昔の事を思い出す僕に女神が語り掛ける。
「えっと、では転生時に付与するスキルは『食物生成(焼き芋)』で宜しいですか?」
「…はい、それでお願いします。」
「はい、分かりました。それでは良き来世を。」
こうして僕は光に包まれ、意識を失う。次、目が覚めた時はきっと新しい世界なのだろう。
取り敢えず目を覚ましたら、焼き芋をお腹いっぱい食べたいな~。
「はぁ、何とか無事に済みましたか。恐ろしい量の負のエネルギーが漂っていたから来てみれば…
最近、飢えと貧困から邪神になりかける人が後を絶ちませんね。
まったく為政者は何をしているのか。あんまり私達神様に負担を掛け過ぎないで欲しいものです。」
疲れた顔でため息をつくノーラのその言葉は誰にも届くことはなかった。