それぞれのバレンタイン
「ブォォー! ビービー!!」
ものすごい数のクラクションと、エンジン音。この季節の風物詩。「ジュリヤンへのバレンタインチョコを運ぶトラックの列」
「マジうっせぇ。今日は、バレンタインかぁ」
非モテ男子にはつらいこの日。この町からは、この日だけ避難するやつもいるとか…。
「クゥン(去年は、56台だったらしい)」
「まじ、何者なんだアイツ…」
「ジャンさん…」
そこに、ヒース・ランゲルハンス子爵が。今日も、お美しい。困った顔で立っていた。
「どうされました?」
「…ジャンさん宛にチョコがトラック1台分ほど…」
「今年は、1台かぁ。ありがとうございます」
子爵が、物言いたげに黙った。眉を下げて、口を開く。
「ちょっと、多すぎませんか?」
「シェリルちゃんに、欲しいだけ分けますが」
子爵は、目を輝かせて、うなずいた。
「そうですか、それなら仕方ないですね」
(チョロいが、複雑な気持ち…)
★★
ジュリヤンの家。
「今年は、60台か。来年のジュリヤンシリーズも安泰だな」
父親が腕組みをしてうなずく。今年は、某外国の女王も、国一番のシェフに腕を振るわせたとか。
「この後が大変なんだよ…」
ジュリヤンの家では、「チョコを粗末にした」という噂が立って、人気が減るのを防ぐ為、チョコは、通いの侍従やメイド達に死ぬほどあげる(箝口令を敷いてる)か、ジュリヤン家で消費する。
「パパ、うちは何でもチョコソースなんだけど…」
「仕方ないだろ。ゲーム買ってほしくないのか?」
「…パパ」
「ピンポーン」
家の呼び鈴が鳴った。呼び鈴を押せる人も限られている。バレンタインに欠かさず訪ねてくる人は…。
「ジュリヤン。愛してるだ」
「クレオパトラ!」
クレオパトラは、顔認証も登録されている。ジュリヤンが駆け寄ると、ひょいと子ども抱きにした。
「ジュリヤンは、軽いだ。もっとご飯食べるだよ」
「僕、モデルだよぉ」
「ジュリヤン。これ」
クレオパトラが紙袋を差し出した。
「あ、ブラウニー♥️僕、これ大好き」
「ジュリヤン、浮気してないか?」
「やだ。してないよぉ」
クレオパトラが、ジュリヤンを子ども抱きにしたまま聞いてくる。ここで、ジュリヤンは一つ失念している。クレオパトラの浮気とは「クレオパトラ以外に心を移したり、体だけの関係もアウト」であることを…。ジュリヤンの倫理観は緩かった…。パトラッシュを好きなことや、ラルフとセフレということがバレたら、ジュリヤンは死ぬかもしれない。頑張れジュリヤン。力では、クレオパトラに勝てるやつはこの世にいない。笑
★★
「うわっ。これ、縮れ毛が入っている」
「ワン(これ、毒入り)」
ジャンは、子爵家で「食べられるチョコを仕分け」していた。今年は、打率9割だが、食べ物を粗末にしてはいけない。よいこのみんな、わかったかい?
「パトラッシュ、これ」
ジャンが、チョコを差し出した。パトラッシュの顔が象られている。
「クゥン(いやに黒いよ?)」
「まぁ、今流行りの高カカオチョコ」
それにしても真っ黒だ。パトラッシュは、「甘いのはあんまり」といいつつ、チョコはバクバク食べる。脳と口が連結してないのか。まるで、「あたしぃ、ダイエット中だからぁ」といいつつ、手はお菓子を掴み、しっかり口に入れる女のようだ。
「ワン(マリアには渡したの?)」
「もちろん」
マリアには、チョコに「マリアの家まで飛んでいけ」と命令して飛ばしてある。魔法便利。
「クゥン(まぁ、いただきまーす)」
「ガブ!」
「!キャンキャン!(なにこれ、苦!ってか酸っぱ!)」
「それ、カカオ100%だから」
「ワン(100%!?)」
「チョコにカカオ100%にして、パトラッシュの顔の形に固まれと命令した」
「クゥン(魔法便利…)」
バレンタインの少し前、パトラッシュがジャンの誕生日を忘れたことを、ジャンはしっかり根に持っていた…。