色は匂へど 散りぬるを
「色は匂へど 散りぬるを 我が世誰そ 常ならむ」
「ワン(ジャン、頭いいふりは見苦しいよ)」
「バリバリバリバリッ!!」
「い、いきなり雷魔法を最高出力で…」
プスプスと音を立てながらパトラッシュが焦げている。最初から毛が真っ黒だから、焦げてもよくわかんね。笑
「人はなぁ、本当のことを言われると、逆上するんだ。覚えておきな!」
「クゥン(はいぃ…)」
「きゅーん(最近、俺の扱いが雑な気がする)」
ジャンは、ランゲルハンス子爵の使用人部屋から窓の外を眺めて黄昏ていた。
ジャンは、最近は五人の部下を抱え、ランゲルハンス子爵家の事務部長にのしあがった。しかし、使用人部屋…。ランゲルハンス子爵は、絶妙に塩だった。
あまりにも多すぎたファッション小物は、別に衣装部屋を貸してもらった。(処分が面倒で、ジャンがキレた)
「マリアが、死ぬかもしれないと思うと、人生の無情というか…」
「クゥン(お前人間じゃないし)」
俺は、金色の眼に怒りを込めてパトラッシュを睨み付けた。
「きゅーん(雷魔法お代わり?)」
マリアは、俺が父親が死んで脱け殻になっていた時に、支えてくれた。かけがえのない存在だ。そのマリアが死ぬかもしれない事実を俺は、どうしても受け止められずにいた。
マリアは、とても優しい。気まぐれで、連絡つかないことも多いけど。酒に酔っぱらって、子供のように取り留めのない話をするマリア。男だけど、俺が限りなく中間が好きだからって、髪を伸ばして薄化粧しているマリア。その全てが愛しい。しかもそれを掴もうとしても、指から砂がこぼれ落ちるように、さらさらと流れていく。
「マリア…」
「なんで、生きてるやつはいつか死ぬんだ」
「きゅーん(それをわかるやつなんかいないって)」
★★
数日後
「パトラッシュ! こっちむいて! はいかわいい」
「カシャカシャ」
俺は、マリアが死ぬかもしれない事実から目を逸らすように、パトラッシュを可愛がった。
「クゥン(今ごろ俺の可愛さに気付いたか)」
ブラッシングも、毎日一時間きっちりしてやり、抱き締めて眠る。重い、ものすごく重いが。
だが、マリアがいなくなるかもしれない今、パトラッシュの存在に俺は救われている。
★★
さらに数日後。
パトラッシュは、SNSを見ていた。パトラッシュは、スマホが好きである。だって、現代っ子だもん。笑
「!!」
一枚の写真を見て、パトラッシュは驚愕した。ジャンがハマって毎日投稿しているSNSの写真。そこには後ろを振り返りながら、笑っているパトラッシュの姿が。
その、パトラッシュのお尻のところに、十円どころの騒ぎではない。アルマゲドンが起きたように、直径十センチくらいのハゲができていた。
ジャンのSNSを見てみると、ほとんど後ろを振り返った写真で、それにもれなくしっかりハゲが写っている。
「…こ、これをあいつは全世界に拡散しやがった!」
パトラッシュは、ショックのあまり言葉を失った。
★★
その日の夜。パトラッシュは、いつものようにジャンとお風呂に入って、一時間ブラッシング。その後、ジャンがスマホを構えると…。
「どうした。パトラッシュ。いつものように後ろを振り返った笑顔を撮りたいんだが」
「クゥン(ジャン…)」
パトラッシュは、伏せの姿勢で動かなかった。目は怨めしそうにジャンを見上げている。
「ワンワン!(お前、いつから俺のハゲに気付いてた!)」
「え? 今さら? 一年くらい前から気付いてたけど」
パトラッシュは、絶望した。パトラッシュのハゲは、ちょうどお尻の尻尾の付け根辺りにあり、良く見ないと気付かない。ハゲ自体はでかいが。
「ワウワウ(い、一年…俺精神が死にそう)」
「ハゲてても、こんなに可愛いパトラッシュを全世界に拡散したいのに」
実は、ジャンも十円ハゲの経験がある。ハゲは、本人にとっては深刻な悩みだが、周りにとってはそんなに気にならないものである。ジャンは、実はハゲは好きである。その理由は後で。
★★
その日から、パトラッシュは壁にお尻を向けて行動するようになった。
ランゲルハンス子爵家の事務室。パトラッシュは、その補助として働いている。小さい案件の決裁まではジャンが全て処理するが、あまりにも金額が大きかったり、不正のにおいがするやつは子爵に回している。子爵に書類を持っていったり、必要な道具を取ってきたり、事務補助としてパトラッシュも大忙しなのだが。
「パトラッシュ、この書類、子爵に持っていけ」
「きゅーん(今はいやぁ)」
理由は、単純明快。みんなにお尻を向けないと、子爵の部屋まで行けないからだ。笑
「あのなぁ…」
「メリー、小さめのエプロンをパトラッシュに着せてやってくれ」
俺はメイドのメリーに命じて、パトラッシュにもエプロンを無理矢理着せた。
★★
その日の夜。
「パトラッシュ、仕事に影響させるのはダメだろ」
「クゥン(お前にこの気持ちがわかるものか)」
俺は、ブラッシングが終わって、ふわふわになったパトラッシュの毛を撫でながら、キスをした。
「ハゲがあってもこんなに可愛いのに」
「クゥン(俺、まだ17歳)」
ジャンの愛は歪んでいた。自分は、浮気性のくせに、相手は縛る。だから、相手に瑕があった方がいい。ライバルがその分減るからだ。マリアも、見た目はとても可愛いがモテない。常軌を逸する酒飲みの上に若干白痴だからだ。パトラッシュも、ハゲでライバルが減るならそれに越したことはないと考えるジャンであった。
「パトラッシュ、おいで」
俺は、パトラッシュを抱き締めて、撫でてあげた。
「俺は、俺だけのパトラッシュがいいの。俺が言った、色は匂えど~って、覚えてるか?」
「クゥン(ああ、あのワケわからんやつ?)」
「ワウワウ(あの言葉と俺のハゲに何の関係が)」
「あれは『綺麗な花もいつかは散る 誰もがいつかは死ぬ』って、いう意味なんだ」
「ワン(訳が雑)」
「俺もお前も永遠に生きられないなら、今この瞬間を噛み締めようじゃないか。花がいつかは散るみたいに、毛も遅かれ早かれ抜けるんだ。早く抜けてくれた方がライバルが減っていい」
「ワウワウ(歪んでる)」
俺はパトラッシュに何度もキスを浴びせた。熱を帯びた潤んだ目で、パトラッシュが見つめ返す。
「ワンワン(ちょっとジュリヤンのとこ行ってくる)」
「今、19時45分だぞ」
…ジャンは、20時には寝る。急がねばならない。笑
★★
「ワンワン(ジュリヤン!)」
「パトラッシュかぁ。なんだ。そんなに急いで」
「ワンワン(あの、人間になる薬ちょうだい!)」
「…いいけど、どうしたの?」
「ワウワウ(急いでるの!)」
パトラッシュは、ジュリヤンから人間になる薬をもらうと、その場で飲んで走った。
★★
「はあはあ…つ、着いた」
子爵家のジャンの部屋。時計を見ると、20時1分。
「ジャン!」
「ぐぅ~」
「1分くらい待とう!」
ジャンは、20時には寝る。どんな時でも…。
「今日は、寝かさん!」
パトラッシュは、構わずジャンを襲った。だって、男の子だもん。笑
★★
一時間後
「あ♥️パトラッシュ♥️しゅごい♥️」
「まだまだ!」
★★
三時間後
「パトラッシュ…痛い、そろそろやめて…」
「後一回だけ」
パトラッシュは、絶倫だった。
★★
翌朝。
「いてぇ。下腹部がいてぇ。何回ヤられたか、もうわからねぇ」
「クゥン(溜まってて…)」
ジャンが、ハゲが好きな理由。ハゲ=男性ホルモンが多い=絶倫の可能性が高いからである。