クイーンオブクレオパトラ
「赤コーナー! 世界女王 クレオパトラ・パタータ! 193センチ 105キロ!」
「青コーナー! 挑戦者 エリザベス・リリー! 185センチ 90キロ!」
ジュリヤンは、部屋で夜中テレビにかじりついていた。女子ベビー級の世界選手権大会を見るためである。
「クレオパトラは、32回防衛ですか…。人間なんですかね?」
「金城さん、それクレオパトラ選手に対する侮辱です…」
ニホンという国の「オキナワ」というところで、試合が行われている。「県立武道館」というところらしい。
なぜ、女子のボクシングを見てるかって? 何を隠そう、このクレオパトラ・パタータは、ジュリヤンの初恋の相手なのである。
★★
ジュリヤンは、お家から出なくなるちょっと前。ジュリヤンは、十歳だった。その頃から異常なモテってぷりで、男子からは嫉妬で苛められ、女子からは毎日告白されてもみくちゃ。ジュリヤンは外の世界にうんざりしていた。
★★
同級生のクレオパトラは、ジュリヤンが男子に苛められたり、女子に絡まれるといつも助けてくれる。女子より体格の小さいジュリヤンは、いつももみくちゃにされていた。
「ジュリヤンは、私のものよ!」
「違うわ! 私のものだから!」
両サイドから、ジュリヤンの手を引っ張る女子達。迷惑極まりない。ジュリヤンからしてみれば、どっちも嫌いなので、秒で離してほしい。
「お前ら! ジュリヤンが困ってるだ! 離すだ!」
「クレオパトラが来た! 芋女! おととい来やがれ!」
…女らしからぬ捨て台詞を吐いて、蜘蛛の子を散らすように女達は逃げて行った。
「芋女…」
★★
いつも、クレオパトラと一緒にいた河原。小さなせせらぎが、銀色の輝きを放っている。この河原でクレオパトラと一緒に話をするのが、ジュリヤンの唯一の安らぎだ。
クレオパトラは、膝を抱えて肩を震わせていた。
「…お、おとうはひどいだ。グスッ。お、女は綺麗な方が良いって、グスッ。く、クレオパトラなんて名前嫌いだ。みんな芋女とか、クレオ芋とか…」
ジュリヤンは、背中を撫でながら、クレオパトラを慰める。
「顔が綺麗でも、良いことないよ。俺を見てよ。毎日踏んだり蹴ったり。クレオパトラがいなきゃ。学校なんて行きたくない」
「周りのさ、ギャーギャー煩くて、自己中な女達より、優しいクレオパトラの方がよっぽど俺はいいと思うな」
「本当に?グスッ」
ジュリヤンは、本当にクレオパトラが好きだった。クレオパトラは、優しく、本当は大人しくて繊細なのだ。
「ジュリヤン、あげる」
「ありがとう」
クレオパトラは、ちょっとぐしゃぐしゃになった紙包みを差し出した。
「あ!」
中身は、ジュリヤンが好きなブラウニーだった。形は不恰好だが、見た目に反してとても美味しい。まるでクレオパトラのようだ。
ジュリヤンは、ひとくち口に入れて、優しい甘さを噛みしめる。
「…美味しい」
「ジュリヤンは、もっと食べて意地悪な奴をやっつけるだ。おらがいなくなったら、どうするだ」
「クレオパトラが助けてくれるもん」
「クレオパトラはさ、どんな人が好き?」
ジュリヤンは、学校に辟易していた為、さっさとクレオパトラに告白して引きこもろうと思っていた。実は、パパに言って家庭教師の手配も済んでいる。用意周到な男。ジュリヤン。
「おらよりガタイが良くて、畑仕事頑張ってくれる人」
クレオパトラは、農家の娘だった…。
★★
世界がバラバラに砕けてしまったような。ジュリヤンの中の何かが、音を立てて砕けてしまう。ジュリヤンは糸が切れた操り人形のように、その場にくずおれた。その後のことは覚えていない。
ジュリヤンは、見た目の通り、繊細だった。
ジュリヤンは、一週間寝込み、その後学校に行けなくなった。それから家を数えるほどしか出ていない。
★★
それから数年後に婚活サイトで、クレオパトラは本当にガタイのいいイケメンと結婚した。が、その男が飲む打つ買うの絵に描いたようなクズで、浮気もしほうだい、働かずにクレオパトラに手を上げた。男は、豪農の娘であるクレオパトラの土地が目当てだった。
「お前みたいなのと結婚してあげただけでも感謝しろ」
そういって男は、クレオパトラを殴った。ある日、クレオパトラが部屋に飾っていたジュリヤンのポスターを見て言った。
「こんな! 化粧品の! お前には無駄金だろうが!」
酒に酔った男が力任せに、ポスターをビリビリに破いた。
クレオパトラの中の何かが切れて、気が付くと、男が血まみれでクレオパトラの足元に転がっていた。クレオパトラは、そのままトランク一つで家出し、ボクシングジムの門を叩いた。男を殴った快感が忘れられなかった。
★★
クレオパトラのスパーリングをみた、ボクシングジムの長がつぶやいた。
「世界が見える」
★★
その後、女子ボクシングベビー級王者として君臨したクレオパトラ。未だに無敗である。
「エリザベス選手も、強いですけどね。クレオパトラ以外は全てKOですし。」
エリザベス・リリーは、「女子ボクシング会のイケメン」と呼ばれている。金髪青目色白の王子様然とした見た目に、端正な顔立ち。
「エリザベス様ぁ!」
女達の黄色い声援が響く。その声援に応えるように丁寧に拳を突き出すエリザベス。
「エリザベス選手は、百合族の表紙を飾ったり、男性誌のモデルをやってるだけありますね。俺にも分けてほしい」
クレオパトラも、その余りの強さに固定ファンは多く、ファッションブランド「クレオパトラ」を展開している。キャッチコピーは「私達は、強く美しい」
「うぉぉぉー! クレオパトラ! 頼むぜ! 全財産かけてるぜ!」
何回かエリザベスの拳を受けてしまうクレオパトラ。しかし、その全てを肘でガードしている。足を踏ん張り、まるで力を溜めているようだ。
エリザベスが、スタミナ切れなのか、一瞬だけ隙を見せた。そこを逃すクレオパトラではない。強烈なカウンターパンチが炸裂する。
「出たー! クレオパトラ選手の必殺技! クレオパトラカウンター!」
エリザベスは、ロープまで吹っ飛ばされてしまい、そのまま仰向けに倒れ込む。
「レフェリー、カウント」
エリザベスの美しい顔が歪み、白目を剥いている。気絶しているようだ。
「…8.9.10」
「KO!KOです! クレオパトラ選手! さすが女王! 33回目の防衛!」
「うぉぉぉー!!!」
リングが歓声で沸き揺れる。
「く、クレオパトラ選手、一言!」
クレオパトラは、無言でマイクをひったくった。
「ジュリヤン愛してるだ」
画面越しのジュリヤンは、頬を染めてつぶやく。
「俺も愛してる。クレオパトラ」