パトラッシュは愛されたい
ドゥブロブニク町。そこは美しい海岸に囲まれた美しい町。観光客もこぞってやってくるそのまちの、少し大きめのお屋敷に、芸術とはかくやと思われる美少年がいた。
猫のようにふわふわの金髪にエメラルドのような目。「ドゥブロブニク町の宝石」と呼ばれる、ジュリヤン・モローは、せっせと薬品開発に勤しんでいた。
「だって、外に出られないんだもん」
ジュリヤンは、元々引きこもりなので、そこまで不便を感じない。が、外に出られない理由は、この町の女達にある。
「…拐われる」
このまちに限ったことでもないが、この世界では女が強い。基本、財産は女が持ち、かかあ天下なんてものではない。男はよっぽど甲斐性がないと、「主夫」として家事に追われるのが普通だ。
婚活も、女主導で、気に入った男を拐っていく。一応、男にも人権? はあるみたいなので、拐われてから24時間以内に「精神干渉を受けていない状態で、結婚に同意する意思確認」が必要だ。そうでなければ女はただの誘拐犯。
ジュリヤンは、この町で群を抜く美少年なので、拐われたのも、一度や二度ではない。
ジュリヤンは、昔本で読んだ「ニホン」という国に憧れている。
「ニホン」では、男の方が強く、ジュリヤンも拐われないかもしれない。
「ピロン♪」
ジュリヤンの通信魔道具に通知が。ジュリヤンは、魔道具を持ち、双眼鏡を出す。
「いた♪」
窓から遠くを眺める。そこには、ジャンとパトラッシュ。
★★
「いやぁ、今日は、パンが安かったな」
「クゥン(にしても、これ何日分だよ。安いからって、10斤は買いすぎだろ)」
「魔法で凍らせればいいじゃんか」
「ワン(安物買いの銭失いが)」
★★
ジャンとパトラッシュが歩いているのを凝視するジュリヤン。さっきの通知は、パトラッシュの首に着けてある鈴(発信器入り)が反応した音である。家から半径500メートル以内で通知が来るように設定してある。もちろん、ジュリヤンが作った。
「いつ見ても、あのもふもふの毛並み。愛らしい顔。俺のものにしたい…」
女嫌いのジュリヤンが好きなのは、パトラッシュ。半分女のジャンは、お好みではないらしい。
見えなくなるまで、パトラッシュを眺めた後、ジュリヤンは作業に戻るべく、窓から離れるのであった。
★★
その日の夜。
「ぐぐぅ~」
「クゥン(まだ8時なんだけど)」
ジャンは、早寝早起きだ。迷惑なくらい。最近は、ランゲルハンス子爵のお手伝いで週五回しっかり働かされている。給料がいい上に、3食付きだ。昼寝もあれば言うことはないが、そこは仕方ない。
「ワフン(ジュリヤンのとこに行こう♪)」
★★
夜は暇なパトラッシュは、夜8時以降、自由時間である。しかし、朝6時には叩き起こされるため、つかの間の自由時間ではあるが。
夜はパトラッシュのドラマ見放題か、外散歩の時間である。
「クゥンクゥン(ジュリヤン遊ぼう)」
「パトラッシュ♥️」
ジュリヤンは、遊びに行くと、常に道具屋のカウンターで待ってる。まるで、俺が来るのをわかっているかのように…。
「クゥゥーン(ねえ、ジュリヤン聞いてぇ)」
俺は、最近ジャンがランゲルハンス子爵に夢中で俺にあまり関心を示してくれないことなどを滔々と語った。
「クゥン(ジャンは、十五年も俺と一緒なのに浮気ばっかり…)」
「俺、ジャンに口説かれたことある」
「ワン(マジ?)」
ジュリヤンがジャンに口説かれたのは本当だ。しかし、即座に毒入り紅茶を差し出した為、ジャンに魔眼で「ジャンに危害を加えない」よう、命令されているのだ。
(ジャンを殺れば話が早いのに…)
と、思うがジャンに敵わないため、致し方なく「パトラッシュの親友」に甘んじている。
でも、「いつでもお店に来て♥️」という口説き文句が功を奏し、つかの間の幸せを堪能している。
「パトラッシュ、俺なら毎日餌を忘れたり、ブラッシングを忘れたりしないよ」
パトラッシュに高級肉と有名な湧水を与えながら、ブラッシングする。パトラッシュの黒い毛は、もふもふを堪能できるだけでなく、撫でればその毛はベルベットのよう…。
(くっ…この幸せをほぼ毎日享受しているとは、ますます憎い。ジャン…)
「クゥン(ジュリヤンは優しいね)」
ジュリヤンは、パトラッシュのブラッシングをしながら抜けた毛を集めている。毛からゲノム解析をして、パトラッシュにしか効かない惚れ薬を作っている途中なのは内緒の話。
「いつでも、家出して家に来たっていいんだよ」
「ワンワン(それがさぁ。家出は何回もしたことあるんだけどぉ。すぐ見つかるんだよね。なんでかな)」
「…不思議だね…」
ジュリヤンはその理由を知っている。パトラッシュの首輪に着けてある鈴は二つあり、一つはジャンが着けたものだからだ。GPS機能付き発信器である。そりゃ見つかる。
ジャンとジュリヤンは、発信器をお互いに黙認することによって、冷戦状態を保っているのだ。
「これなんかどうかな?」
ジュリヤンは、店の奥から赤色の液体が入った綺麗な小瓶を持ってきた。
「ワン(何それ)」
「開発中の人間になる薬」
「ワフン(欲しい)」
ジュリヤンがなぜそんなものを作っているのか。理由は単純明解。パトラッシュを自分のものにした後、恋人としても悦しむためである。
ジュリヤンは、小瓶をパトラッシュの口に近づけた。
「飲んで」
「ゴクゴク」
「うえっ。苦い! 何これ」
(味の問題があったか)
一口飲むとあら不思議。たちまちパトラッシュは、二メートル超えの大男に。長い黒髪が美しく、ガタイもいいが。
「ねぇ。なんで俺お腹出てるの?」
(単に食べすぎじゃないかな)
「パトラッシュはどんなでもかわいいから。それよりさぁ。せっかく人間になったんだ。俺と悦しもうよ」
「俺、尺八すげぇ上手いって褒められるんだ。試してみない?」
ジュリヤンのエメラルドの目が潤み、舌なめずりをする。その様子が淫靡で、犬の俺もドキッとする。
「後戻りできなそう!」
パトラッシュは、這う這うの体で家に帰った。
★★
「はー、はー、なんかいろんな意味で危険だった」
家に帰れば、まぁまぁだらしない格好でジャンが寝てる。
「元はといえばお前のせいで」
パトラッシュは、ベッドに寝るジャンの上に覆い被さると、寝顔を覗き込んだ。ジャンの長い睫毛が揺れる。
「半分天使なだけはある」
(マジ天使の寝顔)
ジャンの艶やかな唇を見ていると、パトラッシュは吸い寄せられるように唇を重ねてしまった。
「柔らかい…そしてこの幸せな感覚」
暫しそうしていると、ジャンの腕が首に絡んできた。
「!!!」
(こいつ! 舌入れてきやがった! 頭が痺れるような…。なんか巧くない? 舌でさくらんぼの茎結べる奴?)
胸などをまさぐられた後、ジャンの手が下腹部に…。
(とうとうご主人と俺でいくところまで…)
「ジャン…」
パトラッシュが呟いた後…。
「…マリア♥️」
「ガブー!」
「ギャー!!!」
★★
パトラッシュ既成事実事件は、未遂に終わって翌朝。
「なんで、夜中急に噛んだと思ったら熱出して…」
「クゥン(言えねえ。俺、何も言えねえ)」
パトラッシュは、薬の副作用で熱を出しましたとさ。