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アンドロギュヌス  作者: 勇者ありたま
みんなのラルフ
1/83

~男でもない女でもない俺が世界を魅了する?~

プロローグ


「ここは…どこなんだ?」



暗く、足元もおぼつかない。時々、雫が上から垂れる音が反響する。洞窟なのか?鍾乳洞になっているのか、上からピチョンピチョンと、雫が垂れる音が一層寂しさを募らせる。



「ジャン…」



微かに名前を呼ばれてはっとする。聞き間違えるはずはない。この声は…。



「マリア!!!」



暗い洞窟の中で、キャラメルブラウンの髪が浮かび上がる。その髪はどこまでもまっすぐで、柔らかい光を放ってキラキラと光る。俺が何度も撫でて愛でた髪。間違いない。マリアの髪だ。



「マリア!待ってくれ!」



俺は夢中で追いかける。だが、洞窟の中が湿っているせいか、足元が滑りがちだ。


「!!」


滑って少し擦りむいた。が、俺はマリアを追いかける。



「ジャン…。会いたかった…」



「なに言ってんだ!マリア!半年音信不通だったのは、お前の方だぞ!」



「俺の方こそ…グスッ」



半泣きになった俺の顔にマリアの浅黒い顔と、髪と同じキャラメルブラウンの瞳が近づく。



「ジャン、そろそろ浮気してるんじゃないかと思って」



「…いや、浮気はいつもしてるけど、今んとこお前が一番だそ。多分」


「ふふふ…ホント?」


俺が自信無さげに口ごもると、マリアの顔がさらにちかづく。



「ジャン。愛してるわ。それはもう食べちゃいたいくらいに…」



「ガブッ!!!!」



「いてぇぇぇぇえ…!!!!」



目覚めると、俺は家のベッドの上でパトラッシュに咬まれていた。



「頸動脈はヤメロと、いつもあれ程言ってるだろ!くそいてぇ!!」



「ブシュー」



信じられないくらい血まみれな俺。とりあえずパトラッシュを剥がして回復魔法をかけた。



パトラッシュは、俺の飼い犬。二歳から一緒にいるのに、咬みぐせが直らねえ。ケルベロスの黒。長毛種でもふもふ。



「しかも、おもてぇよ!お前。また肥ったな!今でも百キロ超えなのに、餌減らすぞ!」



「ガウガウ(お前が昨日、俺の夕飯を忘れたから、お腹空いとるんじゃ~!)」



「ガウガウ!ワンワン(早く飯よこせ!)」



「わかった。が、待て」



俺はとりあえず魔法で部屋を掃除した。



…だって、血がついてる部屋とか嫌じゃん?



その後、パトラッシュの為に肉を用意。



「特にこだわらねぇだろ?」



昨日、肉屋の特売でおばちゃんに揉まれながら買ったゴブリンの肉を出す。



「ガウー!!!(オークならまだしも、最安のゴブリン肉!お前はペットを大事にする気持ちがあるのか?)」



「うるせぇ。食わねぇならいいんだぜ」



「クゥン。クゥン(いただきマンモス)」



パトラッシュが、大人しく? ご飯を食べてくれているので、俺は部屋の掃除を再開。洗濯もする。


「あー!やっぱり、洗濯はアタックが一番」



魔法で何でもできるとはいえ、俺は断然外干し派。下着泥棒? 遭ったことねぇ。なぜだ?



「手紙来てるかな」



郵便受けは、溢れかえっていた。



「俺、さすが人気者」



「ガウガウ(九割文句か不幸の手紙の癖に)」



手紙を直接触らないように注意しながら、パトラッシュの前に置く。



「いつもの頼むぜ」



「ワンワン(待てよ。全部食べてからだ。今時のゴブリンは養殖か?美味しいな)」



パトラッシュは、索敵、予知、透視能力などなど、冒険のサブとして欠かせない能力を持ってる。手紙も開ける前に、パトラッシュに透視をしてもらい、仕分けてもらうのだ。これがなければ俺、毎日死んでる。笑



「…ワン(これ、爆弾入り)。ワン(これ、開けたら呪われる)。ワン(これは読めよ)」



「んだよ。面倒くせぇなぁ」



「なになに?『俺の女を返せ?』いや、ちょっと借りただけだし、そもそもお前の女から誘惑してきたんだぜ」



「これは、『私の旦那返してよ!』いやいやあいつなんか、『俺は独身だ』って嘘ついて近づいてきたんだぜ?」



「ワンワン(こんなんだから、恨まれるんだよ)」 


俺は、ジャン・クロード。17歳。天使と悪魔の間の子だ。ごくごく普通と言いたいところだが。



…俺は何を隠そう。バイセクシャルだ。「好きな人が二倍って素敵じゃん」って言ってくれたのはマリアだけ。普通は引くみたいだ。何が悪いんだ? 男には男の、女には女の良さがあるぞ。



アンドロギュヌスって聞いたことあるか? 両性具有またはインターセックスというやつで、全人口の1.7%はいる。50人に1人の割合だ。まぁ、多分普通だろ?



つまり俺は、男でも女でもない。限りなく中間だ。でも、胸はそこそこあるし、ナニもまぁ普通らしいし。特に不便はない。



「ワンワン(問題は、お前のナルシスト加減と下半身のだらしなさくらいか)」



俺は全身鏡の前で下着姿になり、自分のスタイルチェック。朝の大事な習慣だ。



「おい、見ろよパトラッシュ。俺のセクシーなスタイルを。この腰のくびれ」



「ワン(おい、マリアからの手紙だぞ)」



「え?」



俺はパトラッシュから手紙を奪い取った。



『ジャン? 元気? 浮気してない? 明日の夜7時にバー「ミーノ」に来て』



ミーノは、マリアと俺の思い出の場所で、よく会うときに使うバーだ。マスターとも知り合いで、長いこと行きつけだ。



ギルド長 ジルベール



「おい、パトラッシュ行くぞ」


「クゥン(待って。ブラッシングして!)」


「マリアは、恐ろしい酒飲みだから、さっさと稼いで来ねぇと。ブラッシングは帰ってからだ。毎日一時間とか、狂ってんのか?」


「ワゥン(ギャルの化粧に比べたら短いだろ!)」



俺は足早にギルドを目指した。他に手っ取り早く稼げるとこが思いつかねぇ。



★★


「ふぁ~。朝か。ねみいが。仕事だ」



俺はジルベール・スタン。ここのギルド長だ。



「ん? 開いてる?」


ギルドに着くと既に鍵が開いている。鍵は俺が持っているはずなのに。警備員もいねえここの鍵を無理矢理抉じ開ける奴を、俺は一人しか知らねえ。



「ドタドタ! バターン! ジャン! 勝手に開けんなって何度言ったらわかる!」



俺は荒々しい足取りで、ギルド長室。つまり俺の部屋を開ける。



「ジルベール。遅いぜ」



…そこには、俺の椅子にふんぞり返って座るジャンが。



「ジャン! ギルドは8時からだ! 今何時だと思ってる!」



「…7時半」



「っていうか、ジルベール。お前さ、長のくせに30分前出勤とか弛んでねぇか? だから、受付嬢とかが、平気で無断欠勤とか遅刻とかしてくるんだよ」



「ジャン! ここの長は俺だ。何でお前に説教垂れられなきゃいけないんだよ。…合ってはいるが、お前はまだ17。俺は35。年上を敬う心がお前にはないのか?」



「ま、細かいことはいいだろ? とりあえずこれ」



俺は書類をジルベールの代わりに処理し終わっていた。



「くっ…。書類がちゃんとしてると、みんなに『またジャンにやらせて…』って白い目で見られるから、止めてくれないか?」



「悔しかったら、俺より早く来いよ。後、前日の仕事残して帰るんじゃねぇ」



「くそっ。ジャン、お前マリアに逃げられて暇なだけなくせに。仕事だけはできるからな…」



「そのマリアが明日帰ってくるんだ。仕事くれよ」



「俺の1日愛人。五千ギル」


「ジルベール。お前の奥さんに俺が刺されかけたの、忘れたのかよ」



「お前、…戦闘はあんまりとか贅沢言うから仕事がないんだぞ」



「…(くそっ。合ってるだけに反論できねぇ)」



「じゃあ、昨日の夜入ってきた仕事やれよ。誘拐事件だ」



囚われのシェリル



「ジャン、これは誘拐されたお嬢様を取り返してくるだけでいい。魔物退治もないぞ。良いだろ?」



俺は、ジルベールが差し出してきた書類に目を落とした。



「シェリル・ランゲルハンス子爵令嬢を助けること。報酬は三十万ギル」



「まぁ、手っ取り早い。やるよ」



ジルベールは、急いで手配してくれた。



「直ぐにランゲルハンス子爵のとこに向かえ。伝書鳩は飛ばした。これは地図だ」



「俺、一応飛べるから。伝書鳩追い越したらごめんな」



「パトラッシュ行くぞ」



「クゥン(お昼ごはんは?)」



「このお嬢様助けたら、父親から死ぬほど食わせてもらえるぞ。多分」



★★


「子爵ってわりには金持ちらしいな」



古びてはいるが、厳めしい洋館の前に着いた。重厚な門の前には屈強そうな門番がいる。



「ご用件は?」



「ギルドから派遣された、ジャン・クロードです。お嬢様救出の件で伺いました」



門番が怪訝そうに片眉を上げた。



「あなたが? お嬢様を助けられるんですか?」




「やってみなければわかりません。一応魔法が使えます」



不服そうにしながらも、門番に案内され、屋敷へ。入り口にはこれまた神経質そうな、白髪の執事が。黒の執事服を隙なく着こなしている。



「伝書鳩が先程到着しました。ジャン・クロードさんですね?ギルド長からの紹介状もいただいています」



「…あまり、実績がないようですが、本当にお嬢様を助けていただけるのですか?」



「やってみなければわかりません。お嬢様の為にこんないかがわしい私にも、すがらないといけない状況のはずですよね?」



執事は、俺を一睨みすると、応接室に通した。



暖かな部屋には、暖炉があり、明々と炎が燃えている。暖炉は、維持費がものすごい。部屋の壁半分を占める大きさの暖炉は、この家の裕福さを象徴していた。



しばらくソファーに座っていると、金髪を肩くらいまで伸ばしたおじ様が来た。執事よりもいい身なりだ。この家の主人だろう。



「ジャン・クロードさんですね?私は、ヒース・ランゲルハンス。子爵です。シェリルの父親でもあります」



ランゲルハンス子爵は、美しいブルーの目を曇らせて悩ましげにため息を吐いた。白皙の肌に端正な顔立ち。俺は、今ここに仕事できているのを忘れそうになった。



(めたくそイケメン萌え)



「ガブ!」



「いたっ!パトラッシュ!咬むな!」



「ワウワウ(見境のねぇ野郎め!)」



「ランゲルハンス子爵。お嬢様のことが心配ですよね? このジャン・クロードが、死力を尽くして、お嬢様をお救いいたします」



俺は、慇懃に子爵に礼をした。子爵の隣で、奥様とおぼしき女性が泣き崩れている。



「シェリルは…。シェリルは助かるの?」



「クレア、わからないが、今はクロード様にお任せする以外にない」



(奥さんも、なかなかの美人だ…。娘も期待できる)



俺は、邪念にまみれた心で依頼を聞いていた。



★★



「手掛かりは、この強迫状だけか。しっかし、へったくそな字やな」




「パトラッシュ。この手紙はどこから送られてきたかわかるか?」



「クゥン(多分、東に三キロ程行ったとこ…)」



「とりあえず飛ぶか」



俺はパトラッシュを抱っこすると、東を目指した。



「重っ!」



★★


「もしかしてあれか」



東にちょうど三キロ程進んだ頃、廃工場が見えた。



「強迫状には、子爵の家に今日の夜6時に身代金もらいに行くって書かれていたから、それまでがタイムリミットか」




「クゥン(お昼ごはん…)」



「あー、お嬢様捜しながら、ご飯も探そうぜ」



「とりあえず、近くに降りるか」




俺は廃工場の近くに降りて、翼を仕舞い、町娘らしいワンピースに着替えた。相手の油断を誘うには、女の格好に限る。



「乳を寄せて…っと」



「ワウワウ(どうでもいいとこにこだわるんじゃねぇ)」



俺とパトラッシュで、廃工場の周りに人がいないか探った。



しばらくすると、酔っ払っているらしい男に出会った。体格が大きく、注意しないと殴りかかってきそうだ。



「…なんだぁ。てめぇ。こんなところでなにしてやがる」



「ちょっとぉ。道に迷っちゃってぇ…。お腹空いたのぉ。なんか食べさせてぇ」



「クゥン(甘えるの下手か)」



「馬鹿か? こんなところに食い物なんかあるかよ。変な女」



「…なんかぁ、食べさせてくれたら、イイコトしてあげるけどな」



俺はこれ見よがしにワンピースのボタンを外した。



「わかってるじゃねぇか。よく見るとかわいいな…」



「もっと、あたしの目をよく見て…」



俺は、目に魔力を込めて、血のような赤にした。



「ねぇ。私を見てる?」



「?みて…?」



男は、その場に倒れ込んだ。



俺は、さらに魂の抜けたような男の目を覗き込んで言った。



「おい、ここに拐ってきた女がいるだろ。そいつはどこにいる?」


「…二、二階のボスの部屋に…」



「ボスの名前は?」




「ベルナール」



「仲間は全部で何人だ?」



「十?」



「もういい。寝てろ」



これが、俺のスキル「魔眼」だ。


赤い目で見つめると、何でも言うことを聞かせることができる。ただし、すごく疲れる。乱発はできない。便利だけど。



「二階か。行くぞ。誰にも会わずに二階へ行けるルートはあるか?」



「ワウワウ(かなり遠回りだが、ある)」



俺は、パトラッシュの誘導の下、二階へと急いだ。



★★



「ギシギシ…」



「やべぇなこの建物」


床が腐り落ちそうな廃工場。誰かに見つかりそうで、めっちゃ怖い。俺は戦闘はからきしなんだ。胸に本物のエクスカリバーがペンダントとしてかかっているが。父親の形見なんだ。


パトラッシュも、ケルベロスって強いはずなんだが…。まぁ、それは後で。



祈るような気持ちで二階の廊下を歩いていると。



「誰?」



「やべぇ!見つかった」



「きゃうん」


幼い子供の声。え? 子供?


部屋の前で子供が縛られていた。



「パトラッシュ、縄を咬みきってやれ」


「ガウガウ(犬使いが荒いぜ)」


「シェリル・ランゲルハンスか?」


「なんで?私の名前…」


「説明してる暇はない。行くぞ」


俺はシェリルをお姫様抱っこすると、翼を広げた。



「パトラッシュ、掴まれ!」


「何しやがる!てめぇ!」


男達の仲間がなだれこんでくる!


「やべぇ! 見つかった! パトラッシュ!」



「きゅーん(こわぃぃ)」


「ジョー」




「パトラッシュ! 漏らすな!」



俺はパトラッシュも抱っこすると、魔眼を窓ガラスに向けた。



「割れろ!」




「ガシャーン!」


ものすごい音を立ててガラスが割れた。



「面倒だ!」


俺は魔眼のまま歌を歌った。


眠れ 眠れ 子供のように

汝を起こす者が現れる その時まで


追いかけてきた男達は、全員倒れ、シェリルも気を失うように寝た。


「ぐがー」


「お前もかよ!」


パトラッシュも…。



俺は這う這うの体でシェリルのお家、ランゲルハンス子爵邸を目指した。



★★


気が付けば目の前にイケメンがいた。眼福すぎて言葉が出ない。


ランゲルハンス子爵だった。



「クロードさん、大丈夫ですか?」


ランゲルハンス子爵は、線の細い、繊細そうなイケメン。きっと、声を荒げたらそのまま死ぬと思われる。笑



透き通るようなブルーの目に覗き込まれる。



「…シェリルを助けてくださって、ありがとうございます。あの娘は私の全てです」



「…(シェリルになりたい)」


俺は、ランゲルハンス子爵邸の庭に倒れていたらしい。シェリルとパトラッシュも、とっくに目を覚まし、すこぶる元気とか。


「もし、よろしければ、謝礼以外にも何か…お礼をさせてください」


俺は、ピンクの瞳を潤ませて、ランゲルハンス子爵の手を握った。



「ぜひ、今度私とデー…」


「ガン!」


「ワンワン(油断も隙もねえ。依頼者を口説くな)」


「邪魔すんな!魔眼使ってないだけいいだろ!」



「クロードさん、言葉遣い…」



俺の瞳は、気分で色んな色に変化する。今は、ランゲルハンス子爵ラブだったためピンクだ。


恋愛に魔眼は使わない。俺のポリシーだ。人間なんてな、何言い出すかわからないところが面白いだろ。



愛しのマリア


ランゲルハンス子爵の家から泣く泣く帰り、翌日。俺は風呂に入って身体を磨いていた。今日の七時、ミーノでマリアと半年振りの再会だからだ。


「♪♪♪~」


「ワンワン(歌を歌うな。お前の歌には魔眼と同じ効果があること忘れんな。しかも、範囲攻撃)」


かわいい かわいい パトラッシュ

そんなに かっかしないでおくれ

お前の笑顔は 私の幸せ


「きゃうんきゃうん(か、顔が勝手に笑顔に! 解除しろ!)」



★★


「ワンピースも良いけど、ミニスカートも捨てがたいよね♥️」


「ワンワン(口調が女になってるぞ)」


「ワウワウ(しかも、まだ昼二時だぞ。せっかちにも程があるだろ)」


「お化粧三時間するし」


「ワン(こわ!)」


★★


バー「ミーノ」にて


「お、ジャンじゃねーか。遊ぼうぜ」


「ラルフ。今日はダメだ。マリアが来る」


「マリア? 音信不通じゃなかったのかよ?」


「ジャン、今日お前丸切り女だぜ? 俺より大きいナニをどうやって隠した?」


「うるせぇ。触んな」


「マリアは何時に来んだよ」


「七時」


「今五時だぜ。俺と遊ぼうぜ」


「しつけぇぞ。しかも、胸触んな」


「パトラッシュ」


「ワウワウ(よしきた)」


「ガブー」


「ギャアァア~!! 俺の子孫が途絶える!」


「パトラッシュ。よくやった。男の股間を咬んでやるとは」



「ワフン(もっと、誉めるがよい)」



「マスター、本貸して」


「はい」


「トーマス・マン『ヴェニスに死す』か。これさ、美しく纏められてるけど、チビデブの有名作家が、美少年を追いかけ回すっていう変態の話やん。最後、作家がコレラで死んでしまうけど…」


★★

一時間後


「…くっ。何回読んでも、美少年タジオに魅いられるグスタフの気持ちが分かる。文学って偉大」


「ワワン。クゥゥーン(今ドラマ良いとこだから、黙って)」



★★

二時間後


「パトラッシュ、ブラッシングしてあげる」


「ワフン(やった♥️)」



★★

三時間後


「…」


「ぐぐー」



俺は待ちわびすぎて、言葉が出ず、パトラッシュは寝た。


「ブラッシングしたばかりなんだから、ヨダレ垂らすなよ…」


「マスター…。マリアが来るという話は夢だったんだろうか?」


「本人から手紙貰ったんだろ?」


「カラン…」


絶望しかけたちょうどその時、弱々しくドアベルが鳴った。


「ごめーん! ジャン待ったぁ?」



「え? 全然待ってない。今来たとこ」


「クゥン(嘘吐け)」


マリアが来た。半年振りの再会。マリアの美しいキャラメルブラウンの髪は、背中の中程まで伸びていた。俺と最後に会った半年前は、肩に付くか付かないかだった。マリアの髪の伸び具合は、そのまま俺達が離れていた時間を象徴するようだった。


「マリア、髪伸びたな…」


俺は、マリアの髪を撫でた。マリアと俺の背丈はそう変わらない。体格も、そこまで違いがなく、俺とマリアは服を共有できるくらいだ。


「ジャン、元気だったぁ?」


「まぁまぁかな」



俺は、マリアのくっきりとした二重瞼の美しいキャラメルブラウンの瞳を覗き込みながら、お互いの近況を話し合った。



「マリア、お酒飲みたいなぁ」



「好きなだけ飲めよ。奢るぜ」


「やったぁ♥️ジャン大好き♥️」


抱きつかれて、鼻の下を伸ばした俺は、後で後悔する事になる。


★★

「ジャン、もう閉店だから、帰ってくれ。これ、お会計」


マスターから渡された紙を見て俺は目を剥いた。


「30万ギル!?」


「マスター、ここいつからボッタクリバーになったんだ?」


「…それでもオマケしたくらいだ。マリアが店の酒を全部飲んじまったぞ」



「はぁ? ぜ、全部?」


俺は、顔面蒼白になり、マリアの方を向いた。


「ごめーん! お店のお酒が美味しくてぇ。ジャン、ご馳走様☆」



「ジャン、なんで浮気性のお前が、マリアだけとは別れないんだ?」



「マリアは、料理上手で床上手なん






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