プロローグ
『聖剣』なんて言ったらこの村どころか国の男子全員の憧れだろう。役目がある時にその役目を行うに最も相応しいものだけが抜くことができるその剣は、一振りすれば100の鬼を切り捨て使う者によっては雲を2つに割るらしい。
とは言っても本当にそれらの伝説を見た人は誰もいない。今まで語ったことは全て伝説。その伝説によると約500年前『魔王』(ここらで言う鬼のようなものらしい)が誕生したとき抜けた聖剣は、王宮でもっとも優れた魔術使い。当時の最高神官。そして山のような大男。この3人を率いて魔王を倒したという。残念なことに大男だけ名前が残っていないけれど、それでもこの4人は今でも英雄的扱いを受けている。とくに聖剣を抜いた者は『勇者』と呼ばれ他の3人とは別格の人気を誇っている。
「よし、と」
ぎゅっと靴紐を結び気合いを入れる。
朝ご飯も食べたし気合いも十分。今ならなんでもできそうな気分だ。
家から出ると「おーい」と声をかける声が聞こえた。声のする方を見ると昔なじみが手を振っている。
「お前また仕事休んで都で遊んでくるのか?」
遊んでくるなんて言い方に少しむっとしながら答える
「別に遊んでくるわけじゃないよ。おれにとっては大事なことなんだ」
「英雄祭ねぇ。1年に1回、誰でも聖剣を抜く機会が得られるったって力で抜けるもんじゃないだろうありゃ。「伝説によれば役目がくれば抜けるのだ」っていつも言ってるじゃねーかよー」
そう神官様のようにもったりとした口調でおれの言ったことを真似する。いちいちかんに触ることを言ってくるのは昔からだ。いちいち気にしていたきりが無い。
「確かに言ったけど、それは抜けない理由にはならない。誰よりも強くなればいい。そうすれば抜ける。でなくとも力で抜いてやるさ。」
「結局力じゃねーか」と呆れているが結局はぬくための方法はこれしか思いつかない。
「確かにお前の馬鹿力はスゲーけどよ。でも言いたいのは時間の無駄だってことだぜ。英雄祭じゃ露店もいっぱい出るんだ。良い女もいっぱい来る。これを見逃さない手はないぜ! お前は真面目だから仕事でいくらか貰ってるだろう? 糞長い行列並んで抜けるかわからん聖剣見に行くよりその金で買い物した方が絶対いいぜ!」
「おれは知ってるぞ、そう言って付いてきて奢らせるつもりだろ」
「ギクッ、そんなことないヨ~」
「だいいち畑仕事があるじゃないか。まさかサボって行くつもりか」
「そんなことはしないさ、誰かが手を貸してくれでもしなきゃね」
こちらに向けてウィンクを飛ばしてくる。いつもなら手伝うところだが今日は事情が違う。「さすがに手伝えない。あの農地を耕してたら昼になっちまう」
「いや、出来る前提なのがすげーよ。でも耕す必要な無いぜ、ちょっと抜けられればいいんだ」
都に行くのはちょっと抜け出すって程度じゃないだろ。
「いや無理だ。今日はどこの家だって祭りのことは知っているから都に行くのを止めに来ると思うけど」
「止めるのを止めるのがお前の役目さ。その馬鹿力でみんなを止めてる間に都の行ってくるから」
「それじゃおれが行けないだろうが!」
「大丈夫大丈夫、おまえなら村人全員が合わさったって勝負にならねーよ。そのまま押しのけていけばいい」
「バカ言え。そんなことしたら村にいれなくなっちまうよ」
「それも案外いいかもよ?」
あきれ果てたな。適当なやつだとは思っていたけどここまでとは。
そのとき「サボってんじゃねー!」という怒号が聞こえた。畑のすみで話しているのがばれたようだ。
「やべっ、ばれた」
向こうに走って行きながら顔だけこっちを向いて「お土産よろしくー」という声が聞こえる。軽薄なやつだと思いつつもどこかああいう生き方に憧れている自分もいる。
「よし、いくか」
そう口に出して、もう一度気合いを入れ直した。