6,おじさんと冒険者ギルド
「じっくりとここを見るのは初めてですね。」
私はナナさんに教えてもらった道を行き、中央広場までたどり着いた。
中央広場では私が最初に見た、どでかい木の周りに丸ーく空間ができていて、その端に色々な露店が出店していた。
VRMMOみたいなリアルゲーだと移動が大変になりがちだから、こうやってよく使う店を広場に固めてくれるのはかなり助かる。
また、広場からは東西南北に道ができており、そこから各エリアに行けるようになっていた。
このあたりのことはまだよくわかっていないけど、今はどの道から冒険者ギルドに行けるのか調べないと。
ということで、私は今、あのチュートリアルおじさんを探しています。あの人との会話をスキップしたせいでこの世界の一般常識がほとんどわからない。実は、さっきから知ったように「冒険者」ギルドと言っているけれど、実際に冒険者ギルドなるものがあるかもわかっていない。
「おっ、見つけた。」
木のあたりを中心におじさんを探していると、私と同じく誰かを探しているように視線を巡らせているおじさんを見つけた。
もしかして私を探しているのかな?初回販売の本数はたしか50000本だったはずだからここの広場にNPC+50000人が入れるわけないんだよね。たぶんチュートリアル中はサーバーを分けて、ある程度ばらけたところで同一のサーバーにするんだと思う。いや、おじさんの様子からすると、おじさんだけは完全に個別NPCなのかも…。なんだか申し訳なくなってきた、早く行こう。
「あの、すみません。」
声をかけるとおじさんは私を見て、ほっとしたような表情をする。
「ああ!猫の嬢ちゃん!やっと見つけた!いやー、急に走り出すもんだからびっくりしちまったよ。もう少し探して見つからなかったら、こっちから動こうかと思ってたぐらいだ。」
おじさんはそう言ってニカッと笑う。
いやー、あふれんばかりの良い人オーラ。さすがはチュートリアルおじさんだ。
「すみません。ちょっと野暮用があったもので…」
鏡を探してたなんて言えない私は雑にごまかした。
「ここにきてすぐ野暮用とは、嬢ちゃんも忙しいな。渡り人ってのは結構せっかちが多いみたいだな。ま、嬢ちゃんは随一だったけどな!」
おじさんは困ったような顔をして私をからかう。
まぁ、ゲーム開始直後のプレーヤーはNPCから見たらせっかちに映るだろうな…それだけこのゲームを楽しみにしてたってことだけど。あと、おじさんのこの言い方だと全てのおじさんの経験は全おじさんに共有されてるみたいですね…。御〇おじさんと呼ぼう……。
私はくだらないことを考えつつおじさんの話を聞いた。
――――――――――――――――
「ここが冒険者ギルド…」
サーバーが統合されたのだろうか。中央広場から出て北の道に来たというのにあまり人通りが変わらず、背の小さい私にとってはかなり窮屈な思いを強いられている。
現在、私は御〇おじさんのチュートリアルを終え、冒険者ギルドの前に立っている。ちゃんと存在していたみたいだ、冒険者ギルド。
外観は西洋のバーのでかい版、といったところで、中から人が蹴り飛ばされてきそうな扉が備え付けられている。
冒険者ギルドは暗殺者ギルドと違い、扉の間から中まで見ることができた。どういう仕様の違いかはわからないが、身分証明書を貰う上では関係のない話だろう。
ギルド内に入ると、中は酒場のようになっていて、ギルドの入り口側に受付嬢と思われる女性が仕事をしているカウンターがあった。
このカウンターの近くだけはおじさんと同じ仕様になっているようで、サービス開始直後だというのに一人も人がいなかった。こういう気遣い、すごくありがたいです。
「すみません、ギルドに加入したいんですけど。」
「はい、ではこちらの板にお名前と種族、職業をご記入ください。」
お姉さんが、無表情で淡々と処理してくれる。アンドロイドちゃんも可愛かったけど、こっちもいいなぁ……と、遠く離れたアンドロイドちゃんに思いを馳せながら、チョコ、獣人、盗賊、と記入する。職業が暗殺者になったらどうすればいいんだろ、勝手に更新されないよね?
「はい、確認させていただきます。…虚偽の情報はありませんね。お待たせしました、これよりチョコ様は冒険者ギルドの一員です。国のため、町のため、村のため、そして何より自分のために依頼をこなしていきましょう。こちらが、チョコ様のギルドカードとなっています。破壊されることや紛失することは無いので安心してご使用ください。このまま、ギルドについて簡単な説明を受けることができます。いかがなさいますか。」
受付さんがギルドカードを渡してくれる。
お、意外と簡単に終わっちゃったな、もうちょっと色々手続きするもんだと思ってた。まぁ、ゲームでそんなことしても仕方ないか、嘘もばれるみたいだし。
説明はもちろん受けよう。同じ轍は踏まないさ!
「それでは、冒険者ギルドについて説明します。説明は大きく分けて二つあります。一つ目は冒険者の仕事について、二つめはギルドカードについてです。よろしいでしょうか。」
「問題ないです。」
「それでは、一つ目の冒険者の仕事についてです。冒険者の皆様には様々な人からの依頼を様々な方法でこなしていただきます。
依頼には報酬があり、設定期間内に依頼をクリアされない場合には違約金として報酬の三割を支払っていただきます。報酬には金銭以外も適用されており、違約金の三割に金銭としての価値に変換されて含まれます。
依頼はチョコ様の左手側の壁に貼られているものです。チョコ様が依頼を受注した時点で壁から依頼は消え、チョコ様が依頼を失敗した場合は再び依頼が壁に張り出されます。しかし、この場合チョコ様は同一の依頼を連続して受けることができません。
冒険者間のいざこざには決闘システムを使用し解決することができます。このシステムは、ギルド外部でも使用でき、互いの了承があって初めて成立します。相手が決闘を拒んでいる時に無理に決闘を申し込み続けたり、相手の行動を妨害したりした場合、ギルドから懲罰員が出動し決闘を申し込んだ者、その共犯者からギルド資格を取り上げます。上記の理由以外にも他人を極端に害する行動をとった者は処罰を受けることとなります。なお、純粋なPK行為は処罰の対象に含まれません。ここまではよろしいでしょうか。」
おおぅ、かなり一気に説明されますね…頭がこんがらがりそうだよ。でもこの辺りはメニューのヘルプからもう一度見直せるみたいだし、頭の片隅に留めておくぐらいでいいかな。依頼の受注も処罰される行動も大体想像がつくレベルですしね。暗殺行為を処罰されないのもありがたい。処罰対象だったらギルドやめなきゃいけなかったよ…
「はい、大丈夫です。」
「かしこまりました。次にギルドカードについてですが………」
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受付さんからギルドカードの説明を聞き終わった私は、依頼の張り紙を物色している。ギルドカードの説明自体はシンプルなもので、各ギルドで銀行を使えるようになること。カードから直接金銭を取り出せること。デスペナルティの金銭は勝手に引き落とされること。破壊不可能だからと言って戦闘に使うことはできないこと。以上の四点が主だった説明だった。このほかにも細かい説明があったけど、心配するようなことや、使えそうなことはなかった。
「おっ、これなんかちょうどいいんじゃないですか?」
私は依頼の中から一つ、良さそうなものを発見する。
『依頼:「妻の好物」
今日は妻の誕生日なんだ!せっかくだからうまいもんを食べさせてやりたい!そこで頼む!ウサギを一匹狩ってきてはくれないか!買うのはなしだぜ!
報酬:ウサギの肉』
この依頼を受けて、うさちゃんを暗殺すれば、クエストのほうも達成できるだろう。できなくても余分に一匹狩ればいいしね。
「よし、行ってみますか!」
壁から依頼書をはぎ取ると、依頼書は光の粒子となって消えていった。
この依頼書が再びこの壁に張り出されることがないように頑張ろう!