33,荒野の塔 12
いつも誤字報告ありがとうございます。
修正させていただきました。
物理的に押しつぶされているかのようなプレッシャー。
たった一言、私にかけられた言葉にはそれだけの力がこめられていた。
「そこで何をしている」
殿下はその場から動かない、同様に私の足も止まったままだ。
あたまがうまく働かない。見つかったことや恐怖の感情に思考のリソースが割かれていく。
何をしてるんだ私!あと一歩!あと一歩じゃないか!それだけで事は終わるというのに!
足はそれでも動かない。
「私は今、機嫌が、悪いんだ」
ゆっくり、一言一言紡がれる圧倒的強者の言葉が私に呪詛の如く絡みつく。
そんなことは言われなくてもわかっている!だからこうして必死に逃げようとしてるんじゃないか!!
「で、殿下!そ、そこに何者かがいるというので———」
イーストンの兵士が殿下のプレッシャーに泣き崩れそうになりながらも己の責をなさんとする、
が…
「貴様らも例外では、ない」
「ひっぃ!!!」
殿下がその発言を一蹴した。
「俺は次代の王だ。他国といえども貴様ら民衆に向けて怒りをぶつけるなどということはさせないでくれ。」
「はっ、はい…」
「賊よ、聞こえているな。今すぐその場に姿を現せ、そうすれば命だけは勘弁してやる。」
殿下からは怒気を感じられない。しかしそれ以上の、どこか異質と言ってもいい、王としてのプレッシャーは苛烈さを増してる。
姿を現すなんてできるわけないだろ!これはスキルの仕様なんだ、私に打ち破ることはできない!もう私には門を開く以外に道はないんだ、殿下の言葉にはもう耳をかすな!前に進むことだけに意識を向けろ!
しかし、足は鎖で雁字搦めにされているかのようで、いまだ動く気配を見せない。
どうして!?いったいどうなってるんだ!
殿下が何かしらのスキルを使っているのかもしれないがそんなことは私にはわからない。
「命はいらぬということか。」
殿下は腰に差した煌めかんばかりの大剣を抜き、静かにこちらに向ける。
まずい!このままじゃやられる!!
私の焦りは頂点に達した。
賊が入ったなんて知られたらここの警備はさらに厳重なものになるだろう。視認が不可能になる魔法にも限りがあるはず、対処法が確立されていたら私はイベントまでに潜入することが不可能になる。
だったらイベント後にまたクリアすればいい?ここまできてそれはないだろう!私が死んだらこの殿下は強行するかもしれないんだぞ?封鎖されたダンジョンボスの部屋。おそらくゲーム開始から誰も訪れていない未知の場所だ。そんなところプレイヤーが行かなきゃ誰が行くってんだ!
殿下は既にこちらに向かって歩き始めている。私との距離は40メートルあるかどうか、殿下が本気を出せばおそらく一瞬で詰められてしまう距離だろう。
もう私に時間は残されていない。最後の力を振り絞らんとばかりに私は必死に前に踏み出そうとする。
うがああああああ!!!あ、あれ?うごく??
先ほどまで岩のように固く動かなくなっていた足が唐突に自由を手に入れた。想定外のことだったため一瞬呆けてしまう。
って、アホな顔してる場合じゃない!
理由はわからないが、ようやく自分のもとに帰ってきた足を使い、私はすぐさま門の真下にできている影に飛びこんだ。
『【荒野の塔】ダンジョンボスへ挑みますか?』
門にたどり着いたと同時に私の脳内にアナウンスが流れる。
行かなきゃ死ぬんだよぉぉぉ!!!
『YES』
「!?」
「な、何事ですか!!」
「門が輝いて‥‥」
ボスに挑むことを了承したその次の瞬間、ダンジョンの門があふれんばかりに輝きだした。
その光を見た殿下も私を殺さんと進めていた足を止め、見入っている。
いまだ!殿下が止まってくれているうちに!!
私の焦りが門に通じたのか、自分の体がどこかに転送されているのがわかった。
そのことをどうやって察知したのか。我を取り戻した殿下がこちらに駆けだしてくる。
殿下には悪いけどお先に行かせてもらうよ!
門が開いてしまったことを直感的に悟ったのか、自らに下される処分を想像し血の抜けた表情でその場に座り込む兵士たち。走り出した殿下を見て、それを止めようとするラパンの姿を最後に私の視界は黒く染まった。
……
「で、殿下…」
ラパンが私に申し訳なさそうな顔で私を見つめている。
当然だろう、ラパンは私の目付け役、いわゆる監視役ではあるものの私の部下ということになっている。主人である私の希望に答えられなかったのだ、とりあえず残念そうな顔を見せておかなければ。これも仕事のうちということだな。
「ラパン、兵たちが呆けている間に貴様に命を与える。この先に私が今すぐ入れるのかを調べろ。」
「は、はい!!」
そう言うとラパンは今度こそは命に答えてみせると飛んでいった。
あのような仕事馬鹿とモノを組ませたのはどこのどいつだ。
思わずため息を付きたくなってしまう。
私の機嫌を伺いつつも門の中にだけは絶対に入らせなかったイーストンの連中は現在未来の自分を想像してダウン中だ。
奴らが上から命じられたのはこのダンジョンを崩壊させないこと。私を止めることはその一端に過ぎない。
「つくづく運がないと言っておこうか」
この場に私が来たことも想定外。私以外に門へたどり着ける存在が現れたのも想定外。常にどんな事情にも対応できるよう訓練しておくのが戦士の理想だ。しかし、その「事情」とはあくまで自身の想像の産物、想像以上のものにはかなうことはない。
「あれ殿下あんまり悔しがってないんすね」
私がイーストンの兵士たちについてふけっていると、先ほどまでのおびえた様子はどこえやらモノが軽い調子でこちらにやってきた。
「フフフ、そうだな、今から腑抜けた国王をしばき上げると考えるとな。沈んでいる暇もないというもの。」
「えぇ~…聞いて損したっす…聞かなかったことにしていいすか?」
「ああ、好きにしろ。」
そういうとモノは耳をふさいで「聞かざる聞かざる…」とつぶやき始めた。効果はないだろう。
実際私が謀反を起こしたところでどうなるというのか。そんなものは私にはわからない。せいぜい余波でどこかの国が一つ滅びるくらいだろう。私の歴史に刻み込むにはあまりにも小さい功績だ、そんなちんけなもののために民を危険にさらすつもりはない。
ダンジョンに挑みたいという自分の目論見のために民を平気で危険にさらした男は、悪びれもせずに心からそう考えていた。
あの賊が門に入って数分か。ダンジョンの主がどれほどかは知らんが、賊は私の目を欺くほどの実力者。そんなものがこの国に?いない、などということはあるまい。そもそもすでに私はこの国で実力者を見つけている。
「モノ、スカアハという名を知っているか。」
「聞かざる聞かざる…えっ?なんすか殿下?」
ガン!と、それなりの力を込めてモノの頭を殴る。
「いっ~!!何すんすか殿下!あ、いや。何でもないっす!自分が。はい、聞いていなかった自分が悪かったす!……でスカアハっすか…自分は聞いたこと無いっすね~、どこかのお偉いさんすか?」
モノはスカアハのことを知らない…か。そうだろうな、私が奴を知ったのだって偶然に過ぎないのだから。いったいあの時、王は何の話をしていたのか…
「殿下?結局誰なんすかその人?でんかー?あれ、おかしいな故障したか?」
…まぁ、そのことを考えるのはこの馬鹿猿をしばき上げてからでも遅くはないだろう。
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『超直感』:Type Extra
持つもの、持たざる者を分かつ絶対的力。
使用者本人にさえ秘匿されたそれは第六感を超越し未来視に手を掛ける。
発動条件:武器未装備
次の投稿は日曜日です。




