32、荒野の塔 11
「とーちゃーく」
「はいドリーさん、ありがとうございました。」
ダンジョンの再奥地一歩前。装備を引き取ったのちに先輩と合流した私は再びダンジョンに潜っていた。
今日のアタックは本命だと言っていい。日にち的には明日も空いているが、先輩が手伝ってくれるとは限らない。今日ボスの部屋に突入し、初見でボスを倒さなければいけない。
あぁ、不安だ…ボス部屋に突入することもそうだけど国同士の争いに巻き込まれないか心配だ…もめてる理由がわかれば何とかできるかもしれないんだけど、結局先輩は「大丈夫」の一点張りだったし、そもそも先輩がどんな魔法をかけてくれるのかもわからないんだよねー…身バレしそうな魔法だったら土下座して引き返そう。先に聞いておけよ私…
「あの、ドリーさん。それでかけてくれる魔法っていうのは…」
「そうだねー、今からかけるよー。でもさー、この魔法はこの間かけたのとーちょっと重要度が違うからー…はい、これー。これ付けてくれるー?」
先輩はそう言って私に耳栓と目隠しを渡してくれた。
だいぶ古典的な方法だがこれは魔法で解決できないのだろうか。
と言っても魔法をかけてもらえるのなら何の問題もない。耳栓と目隠しを受け取ると手早く装着した。
「-------」
視界は暗く、音もなくなった世界はダンジョンの中だというのに心地よく、そのまま眠ってしまいそうなほどだった。
魔法をかけて…くれてるのかな?
正直体に何の反応もないのでわからない。
そうしていると先輩が私の耳栓を片方外し、魔法をかけ終わったと伝えてくれる。
最初から最後まで何も感じなかったとな、と思いながら目隠しをとると、薄く、黒くなった私の手が目に飛び込んできた。
「ドリーさん…これって…」
「この間はー私の影に入っていたでしょー、今日はーシャルロッテ自身を影にしましたー。ほら、獣王国の使者が来る前に影にはいってー」
「あっ、そうですね。」
そう言って私はいそいそと先輩の足元に近づくと、水に溶けるようにして影に入り込む。先輩は私を影にしまい込むと使者にばれないように最奥への階段前から移動を始めた。
影の中でたたずむ私は以前の魔法との差がわからずに困惑する。
「ドリーさん、今回の魔法は前回のとどう違うんですか?今のところ感覚が変わらないというか…」
「前回はさー、自分一人でー移動ができなかったでしょー。今回のはーその制限がないんだよねー。といっても影から影にしか移動できないけどー」
階段近くに身を潜ませると場所を決めまで先輩から魔法の効果をある程度聞いた。
まず、この状態で私に有利働く効果は「視認不可能」なことと「無音」であることだ。装備品の効果も乗るそうなので現在装備している「外套」の効果も乗っているため匂いも遮断されている。つまり、今の私を関知することは不可能に近い。
しかし、やはりデメリットもある。
その一つが「攻撃不可」。この状態で攻撃をしようとすると全身にかなりの倦怠感、というかデバフがかかる。「投擲」や罠を仕掛けることさえできないらしい。そしてこれに合わせて強力な制約となってくるのは「制限時間の強制解除不可」だ。私はこれから一時間の間「影」状態から戻ることはできない。使者団が一時間たっても来なかった場合はまた先輩がかけなおしてくれるそうだが問題は無事ボス部屋には入れた後だ。
一時間の間私は影のままなので、ボスは私の事を感知できないがボス部屋が例えば火山マップだった場合。私は地形ダメージを受け続けリスポーンを食らうだろう。
この魔法はあくまで「隠密」効果が売りなのだ。耐性や防御は私と装備品のものにすぎない。
ボス部屋もここまでのダンジョンと変わりないことを願うしかないか…
影の中にいるため頬を汗が伝ったりはしないが私の体に緊張が走る。
先輩の魔法は心配していたようなものではなかった。あとは私自身の動きとボス部屋のマップだけだ。
「シャルロッテいけそー?」
先輩がダンジョンの岩肌に寄り掛かりながら聞いてくる。
「大丈夫です、いけます。」
ここまで面倒見てもらったんだ、半端な真似はできないぞ!
私は自分を鼓舞するように力ずよく返事をした。
……
「じゃあドリーさん、行ってきます。」
「はーい、がんばってー」
私の関知系スキルに引っかかっていた二人組が獣人だと判明したため、私は先輩に別れを告げる。
階段からあまり遠くない位置にいた私は影の中を通って階段を照らす照明下に移る。
獣人たちもほどなくしてやってきた。男の猿が一人、女のウサギが一人。さっき確認した人たちに違いない。
「なぁ、ここまで来るのにミノタウロスは俺が片付けたんだ、殿下への説明はお前がやってくれるんだろな?」
猿の男が手に持った長い棒をくるくると器用に回しながらウサギの女性に言う。
「あぁー!!さきっからわかったって言ってるぴょん!どうしてそう何度も確認をとるぴょん!頭弱いのかぴょん!」
眼鏡をかけたウサギの女性はそう言ってうんざりとした表情を見せる。
「へへっ、猿頭なもんで、ウッキィ~!!」
そんな女性の態度には気もとめない男は両手で耳を引っ張って楽しそうに笑う。
「はぁ…ぴょん…」
男性の態度に何度ため息をついたのだろうか。やけに様になっているその姿は哀愁すら感じ、ここまでの苦労がうかがえた。
あぁぁぁぁぁ!!!それどころじゃねぇぇ!!緊張がヤベーイ!超ヤベーイ!!!お前らちんたら歩いてないでさっさとこっち来いや!わしの心臓が持たん!!
うさ耳の彼女とは別のストレスを抱える私は彼女らが速く自分の潜む影に近づいてくれと願う。
ようやく彼女らの影が私の潜む影と重なった時、彼女らの影に移動することに成功した。
殿下の元まであと少しだからだろうか、二人の会話もぱったりとやんでしまい、どことなく緊張感が流れる。
下より緊張している私にもその空気は伝わっており、私の心臓はますます早鐘を鳴らす。
薄暗い階段を抜け、あの大広間に出る。
使者をいち早く見つけた殿下は口角を最大限に上げこちらに近づいてくる。反対に兵士たちは絶望の表情を見している。
私は彼らが会話を始める前に彼らの影から壁にできた岩肌の影へと移動した。
まずは第一段階クリア。ここから壁にできた影を伝って門の前まで行かなければいけない。
「モノ、ラパン祖国は何と言っていた!」
殿下が大きな声であの二人組に近寄っていくのが見える。二人は殿下の前に跪いて簡単な挨拶をし始めた。
彼らの話を聞きたいのはやまやまだけど私には私の目的があるんでね!
獣王国からの書簡で彼のダンジョン攻略が正当化されてしまったら私にとって都合が悪い。せめて話が終わる前に門の前にたどり着かなくては。
細い影を見つけながら私は門を目指す。
「で、殿下!わたくしたちにもぜひご挨拶の方を…」
「黙れ!時間稼ぎが目に見えるわ!ラパン早く報告を!」
「はい、我らが祖国からの返答は…」
まずい!はやすぎるよ!まだ門までの距離は三分の一も残ってる!こうなったら…
私は影の中で「本気」を起動する。
私自身の動体視力だって「速」値で増加されるはず!!
血眼になって影を探す私に今か今かと報告を待ちわびる殿下。
両者にとっての時間の流れは正反対だった。
そして
「祖国からはダンジョンの攻略禁止をお聞きしています…」
「はぁ?」
この時、殿下の顔は見たこともないような表情をしていた。
一つは呆けた表情。日々強さを第一と邁進してきた彼にとって隙をさらすことなど言語道断。ひょうきんな態度をとっておきながら常に張りつめていたその表情は遂に解けた。そしてもう一つは…
「それは父が言ったのか」
「ひっ!!」
「ラパン、答えろ。」
鬼のような形相だった。
顔だけじゃない、筋肉さえも祖国への怒りで震えあがっていた。
「あ、あ、…」
ラパンはそのプレッシャーに声を出すことがかなわなくなっていた。
今までも王族の激昂をこの目にしたことはある。殿下が粗相を働いたとき、殿下が勝手に市街地へ向かった時、殿下が勝手に国を出ていったとき、殿下が宝物庫から国宝を持ち出したとき。それはもうたくさんの怒りを目の当たりにしてきた。
でもこれは違う。
彼女は初めて、初めて王族の者が発する殺意を目の当たりにした。
人の命など命令一つで左右できるものが発する殺意を。
そして、彼の殺意は当然チョコにも届いた。
ウサギの彼女から返答を聞いたその後、少し間を開けて放たれた強烈な殺意。
呼吸が浅くなり、膝が震え、考えがまとまらない。
これを目の前で受けているあのラパンという女性が言葉を発していることに畏怖を覚える。
なんだこれ、この間のは何だったっていうんだ、あんなの御遊戯だったって思わせるほどの殺意。だ、だめだ。考えちゃだめだ。私が彼に見つかったらと考えては…
やるしかない…もうここまで来たら行くしかないのだ。
震える体はそのままに私は少しずつ前に進む。すでにスキルは切った。焦る必要はもうないのだから。今はむしろプラスに考えろ、もう殿下はボスを目指すことはない!
少しずつ少しずつ、先ほどとは比べ物にならないほどの遅さで私は進む。
それでも一歩だ!なんの問題もない!
チョコの背後では殿下の殺気により恐怖で動けなくなってしまったラパンが必死に口を動かそうとしている。
ラパンの横ではモノが跪いたまま顔も挙げられていない。
イーストンの兵士たちは獣王国の報告に一時は喜んだものの殿下の殺意により気絶したものもいるほどだった。
そんな者たちを前に、殿下はただラパンの返事を待っていた。
もう少し!あとちょっとで!!
ラパンが一度ごくりと唾を飲み、ゆっくりと口を、確かめるように開く。
あと一歩で!!
「は———」
「おい」
何故か私足は止まった。
呼びかけられたわけではないのに。私に対していったはずではないのに。絶対にばれるわけがないの
「そこにいるお前に言ってるんだ」
殿下は私のいる場所をその両の目で見ていた。




