27,荒野の塔 6
誤字報告ありがとうございます。
修正させていただきました。
一度ログアウトし、ゲーム内時間を朝にする。
ミノタウロスの群生地に行くというのなら「集中」「本気」コンボは必須要素になる。
「本気」の仕様はいまだによくわかっていないが、「集中」がゲーム内一日に三分間しか使えないことはわかっているし、中ボス戦で3分の2ほど使ってしまったので戻る以外の選択肢はなかった。
3分の2使って勝てた相手が沢山いたら意味ないんだけどね。
しかし、それは戦闘を行った場合の話。
あのミノタウロスの戦闘能力は通常の私をはるかに凌ぐ。「本気」の時だって「頭」と「速」ぐらいしか勝ってないだろう。しかし、索敵能力はどうだろうか。メタい話だがこんな初期の街から簡単に来れる場所に戦闘も索敵もプレイヤーよりはるかにできる、なんて魔物を多数配置するだろうか。いや、しない。しないでください!
だから私は「あいつは索敵ができない、あのでかい鼻があったとしても。」と期待して隠密行動でダンジョンを進むことにした。だが、私のスニークスキルは「隠密」一つだけ。おまけにこいつは匂いを消せないときたもんだ。いくらミノタウロスの鼻が利かないと仮定したところでのうのうと対策なしで行くわけにもいかず、掲示板を見ていくとコボルト集落の一件でいい書き込みがあった。
私が外套を着ていた際、匂いが全くしなかったというのだ。
こりゃあいい、と私は早速外套を取り出しダンジョンに出かけようとしたのだが…
そうじゃん…、下層はサバ分けされてないんだった…
と気づき、かなり優秀だと知りうっきうきで使おうとした外套をしまう。
結構いい線行ってると思ったんだけどな…、気づかずに私の秘密がばれるよりはよかったけど…
この場所に外套姿の人間を見ただけであのコボルト集落に結び付けることのできる人間がどれだけいるのかはわからないが用心するに越したことはない。
イベントまであと4日、いや、もうほとんど3日。ここまでトントン拍子に来ただけにこの先に行く方法が思い浮かばないとは思わぬ足止めだなぁ。
さっきも思ったけど、序盤でもクリアできる難易度に設定してあると思ったんだけどなぁ。初戦はパーティー組むのが定石になっちゃうのかな。中ボスタウロス君を囲んで腱切って、ってすれば素のステータスでも勝てそうだし。はぁ、「嗅覚」と「聴覚」の索敵の能力を売りにして他のパーティーに入れてもらおっか…全力では戦えなくなっちゃうけど…
全力戦闘を望むというなかなの脳筋思考になってきたことに気づくことなく私は軽くため息を吐く。
まぁ、ここまでトントン拍子で来すぎてたのは確かなんだし、ここいらでもう一度協調性って奴を学んどきましょうや。
こんなことになるんだったらあの四人組とフレンドになっておくんだったと後悔しながら私はテント内のパーティー募集張り紙が出されているところに向かおうとした。その時。
「おっひさー、元気してたぁー?」
突然現れた長身ロング女性が私に肩を組んできた。
え、何この女の人!?肩、えっ、なに?誰この人!?
「すっごい久しぶりだねぇー、会いたかったよー。」
唐突に絡んできた女性はかなり棒読みな口調で懐かしいだの積もる話もあるだの言いながら私のことを魔方陣に引きずっていこうとする。
「いや、ちょ、あ、あなたいったいだr、グゥっ!!?」
私が抗議の声をあげようとすると彼女は回した腕で首を絞め、小声で私に語り掛けた。
「ちょっとー、聞きたいことあるからー、こっちに来てくれるー?あとー、あんまり大きな声出すとー、死んじゃうからー、やめた方がいいよー?」
女性の腕からギリギリと音が鳴っているように感じる。女性の細い腕からどうやってこの力を出してくるのか。
すでに落ちかけだった私は、私自身も彼女と肩を組むことで無抵抗の意を示し、周りから怪しまれないよう私も彼女に合わせる。
「あ、あらー!ほ、ほんとに久しぶりー!…い、いつぶりだっけ?…」
「…………そうだねー、どれぐらいだったかなぁー……」
私の演技に女性は先ほどよりも声の抑揚をなくし視線を逸らしながら答える。
って、引いてんじゃねえよ!あんたが先に仕掛けてきたんだろうが!!!!
どれだけ怒ろうが力は彼女の方が上。私は、なすすべもなく連行されていくのだった。
……
ダンジョンから出た、いや、出された私は謎の女性に連れられ宿舎の一室にやってきた。
途中、やたら路地や裏道と言った一通りの少ない道を通らされたのでさすがに終わったと思ったが意外と普通のところに連れてこられてしまった。
宿舎に着くなり、彼女は私を開放し、説明もなしに何やら魔法を使い始めた。
彼女が魔法を使用するたび、なにかされるんじゃないかとおびえていた私だが、そんな私を彼女は「何やってんだんだこいつ…」という目で見ていた。そんな目をするぐらいなら事前に何してるのか教えてください。
魔法をかけ終わったのか、彼女はベットに腰掛け私にも座るよう促してきた。
ここで私もベットに腰掛けたらぶっ飛ばされるんだろな…
彼女から椅子や座る場所を指定されたわけでもないので、部屋の地べたに座る。夏なのでひんやりとした木の感触が気持ちよかった。
私が座ったのを確認すると、彼女は変わらぬ抑揚のない口調で話しかけてきた。
「誰から奪ったのー?」
「へっ?」
あまりにも予期していなかった言葉に私は動揺を隠せない。
そんな私の様子を見て彼女も眉間にしわを寄せ、少し考え込むような顔しだした。
自分だけが事情を呑み込めていないのではなく、彼女もまた困惑している様子で、私はさらに動揺してしまう。
一体何なんだ、結局考えこんじゃってるし……っていうかまつ毛長いな、目おっきくない?ずるくない?しかめっ面が可愛いって。
悩んでいる彼女のことを見つめていると心が少しスッとした気持ちになる。やはり、人を落ち着かせてくれるものは猫や女の子といった可愛いものに違いないんだ…
恍惚とした表情で私が悟りを開いていると、彼女は「あっ」っと一言呟き、急に部屋の窓を全開にした。
彼女の突然の奇行に落ち着いていた心はすぐに荒波立ち何事かと動揺し始めた。
そんな私には目もくれず、窓のふちに片手をかけ身を乗り出した彼女は残ったもう片方の手で指笛を吹いた。
ピィー―――っと美しい音が鳴り響くと同時に彼女のもとに一匹のカラスが飛んで来る。
カラスの足には一本の竹筒が取り付けられており、彼女はその中から一枚の手紙?を取り出しそのまま読み始めた。
そんな説明なしに行われた光景をしばらくぽかんと見ていると、手紙を読み終わったのか彼女がこちらに振り返りカラスもどこかに行ってしまっていた。
「プリズン」
唐突に彼女は魔法を行使した。
彼女の一言によって私の周囲が歪むとそこに檻が出現する。
なっ!?何いきなり!!??ってこれは……
「あ、アイアンメイデン……」
彼女の魔法よって現れたのは中世ヨーロッパの空想拷問具。ミイラの棺のようなその箱には内部から扉までびっちりととげが生えており、この中に入れられ扉を閉められたが最後体は穴だらけになり、血が噴き出す。そんなヤバい棺桶が私の背後に顕現した。
「答えて、あなた名前はなんて言うの?」
先ほどまでの、笑みとはいかないまでも柔らかそうな顔から一変し、彼女は明らかに殺意の籠った眼でこちらを見ている。
女性強烈な殺意は私が今まで経験したことのないもので、膝ががっくがくになりながら震える声で何とか質問に答えた。
「チ、チョコです!!!」
「ならいいよー」
「へぇ!?」
数秒前までの圧はどこえやら。女性の表情は元に戻り、あっけらかんとした言葉で私の背後の檻は姿を消した。
全身を襲うプレッシャーから解放された私は思わず床に膝をつき、彼女を見上げる。
「きみがー、新しく入った子なんだねー。よろしくーシャルロッテ。」
「え、あぁ、えぇ…」
先ほどまで押しつぶされんほどの殺気を放っていた彼女は少しばかり口角をあげ私に手を差し伸べてくる。
彼女の素性を久方ぶりに聞いた自身の偽名で何となく悟りつつ、「ここから殺されたことあるだろ!」と私の中で警鐘がなる。
私がビビッて手を取れないでいると彼女は無理やりに私をつかんで起き上がらせた。
「シャルロッテーって名前ー、他に知ってる人がいると思うー?」
えっ…あぁ!!そういえばあのナイフの男は私のことを名前で呼んでいなかった!!
「あぁ、そうですね。すみません頭がまわr、ぶへぇぇ!!!」
「…警戒しなさすぎー」
お腹に強烈な一撃をもらい視界が明転してしまっている私に女性がやれやれと言わんばかりに首を振る。
「あ、あなたも敵ってことですか…?」
「ちがうよー、これはただの教育ー。」
もうろうとする意識の中で彼女の言葉が反芻する。
「それは…どうも………ぐふぅ」
暗殺ギルドの先輩ってこんな人ばっかりなのかな…肉体言語っていうか。がんばれ、私…!
そんな私の不安は視界と共に暗く沈んでいった。
『気絶しました。回復するまでログアウトしますか?』
牛の嗅覚は犬より優れているそうです。調べなきゃよかったと心から思いました。
一年前に牧場に来た人間の匂いも記憶しているそうで、放牧中も嫌いな草や毒がある草はわざわざ避けて食べるそうです。消毒した牛舎でも自室に正確に戻れるとか。すげぇ。
でもミノタウロスの嗅覚はそんなに良くないです。なぜなら誰もミノタウロスに出会ったことがないからです。調べてないからです。いいわけじゃないです。
人<犬<牛<象




