25,荒野の塔 4
誤字報告ありがとうございます。
修正させていただきました。
「だぁ!!しんどい!!」
私はピッキング用の針金を放り出し、その場に座り込んだ。
私がどれだけ声を荒げようとこの5畳半ほどの部屋には返事をしてくれるものはいない。
現在私はダンジョンの12階層にいる。
ここまで来るのに1時間とちょっと、順調に来ていただけにこのピッキング地獄はきつい。
この階層の仕掛けは、他の階層と違い仕掛け自体はわかりやすくなっている。
しかし、その難度が他と違う。ネタが割れていても技術的な面が要求されるのだ。
三つある鍵穴を正しい順番で開けていくのだが、その一つ一つに制限時間が設けられているのだ。
その制限時間もいやらしく、かなりギリギリになっており、焦る心と震える手を御しながら攻略していかなければならない。
まったく、どこの誰にピッキングの経験なんてあるんだよ、日常生活に必要ないでしょうが…
ゲーム自体必要あるかと言われたら必要ないのだがそんなことは棚に上げる。
「アンチロック」じゃあ開かなかったもんなぁ…スキルじゃ攻略できないってことなんだろうな、職人で器用度挙げてる人なら余裕でクリアできるのかな。私も生産やったほうがいいのかなぁ?いや、やめとこう、中途半端になる未来しか見えない…
「何回もやってみるしかないかぁ」
どうにか簡単にクリアできないかと考えるが、どれも現実的ではない。
私は仕方なく鍵開け作業に戻るのだった。
……
ガランとした大きめの部屋。
武骨な門以外、装飾も何もないその部屋を一匹の魔物が守護していた。
嫌だなぁ…すごい嫌な予感がする…
私が対敵範囲に入っていないのか、どう考えても視界に入っているのに何もしてこないミノタウロスを目の前にして私は中層以降のダンジョンがどんな感じなのかを考えていた。
意外とすんなり15階層来れたけど、苦戦したのははっきり言ってあの鍵穴だけだよね。このダンジョンの平均クリアは1,2日。ここまで来るのに3時間ぐらいしかかってないのを考えると、中層以降が結構厳しいんじゃないか、って思うんだよね。
私の脳裏に先ほど苦しめられたピッキング作業がよぎる。
い、行きたくない…あんなのが今後も続くなら私は攻略をあきらめるまである!このゲームは苦行系じゃないはずだぞ!!
仮想アバターのはずなのにピクピクと痙攣してきた指先を抑える。大丈夫だ、きっとあんなことはもう起こらないよ…
自らを慰める私をよそに、ミノタウロスは門の前に鎮座して動かない。
中層以降が心配でならないけど、結局こいつを倒せなきゃ進めないんだ。とりあえずこいつと戦ってみよう。これはもう憂さ晴らしだ!!
半ばやけくそ気味だが、中層以降の情報がないので実際こいつと戦う以外することがない。
私はVRゲームではあるものの軽くストレッチをして体を動かす。ここまで魔物が一層のゴブリンしかいなかったため、本気の戦闘はマザー以来だ。
ダンジョン自体は入り組んでいるし、結構広いんだけどね。魔物はほんとにゴブリンぐらいしかいないみたい。
一応、モンスターハウスみたいな罠部屋もあることにはあるし、ミミックっていう勝つとお宝をくれる魔物もいるんだけど今回はパスした。
今はイベントまでの攻略タイムアタックみたいなものだもん、その辺のダンジョン報酬はイベント後でいい。
装備品が落ちるんだったらチャレンジしたんだけどねー、お貴族様が好きそうな調度品ばっかりみたいだったから…
街の露店で冒険者たちが見ていたアイテム群は一体どこから手に入れてきたのかちょっと気になるが、私は「集中」を発動させ「本気」を起動し臨戦態勢に入る。
誰かに見られる心配はない。
このダンジョンは中間層まではパーティー単位でサバ分けされるようだ。受付のお姉さんがダンジョンの不思議な魔法として教えてくれた。初めて来たとき同業者に会わなかったのはこのためだろう。
今の私にはありがたい!!
私のステータスがレベルに似つかわしくないほど上昇していく。
ここの広さは大体、体育館一つ分!
不意打ちは無理だ、なんとか後ろをとってバクスタ決めてやろう!!
私は軽く一歩目を踏み出す。そして続けた三歩目でミノタウロスが反応し、「ジャイアントキリング」が発動したのを感じる。
このスキルはレベル依存なのかな?ステータス依存で発動してたらまずい、「本気」になっても勝てないってことじゃん!
ミノタウロスの強さがわからない私は、小手調べに旅の途中で拾った硬い石をミノタウロスめがけて「投擲」する。
くらえ!私の女の子投げ!!
スキルの補正を受けた私の石はめちゃくちゃなフォームに反して140キロほどの速度で飛んでいく。
こりゃ凄い!VR野球ゲームが人気のはずだよ!!
しかし、私が知りたいのはスキルの凄さではない。
問題のミノタウロスは私の投球を、持っていた巨大クレーバーナイフで防御した。
着弾した石は粉々に砕け散り、包丁に傷一つ付けることすらできなかった。
140キロを準備なしで切り返すことはできないっと。しかも包丁の腹で受けちゃうのか、案外倒せそうかも!
私はミノタウロスの対応をみて「ジャイアントキリング」がレベル依存のスキルだと確信する。
私のステータスでも勝てない相手があの石をわざわざ防御するとは思えない。避けるか切るか、効かないかのどれかだろう。
ミノタウロスが今度はこちらからと言わんばかりに包丁で切りかかってくる。
轟音を響かせる包丁は淡く輝き、横に飛んで回避した斬撃は地面を不自然にほどめり込んだ。
なんじゃ!あの威力!いまのはスキルか?あんなの受けたら死体すら残んないよ!
ミノタウロスの攻撃を回避することはたやすいが、こちらには制限時間がある。回避を強要させられる動きはこちらに不都合だ。あの攻撃をそう何度もさせてはならないと私はミノタウロスとの距離を詰める。
「ブモォォォォォ!!」
今度はミノタウロスが嫌がる番だ。
私に接近されたミノタウロスは、足元をちょこまかと切りつけられてはごめんだと言わんばかりに地団太踏み始めた。
3メートルにも及ぶ巨体が繰り出す踏み込みは地面を揺らし、こちらに致命傷を与えるであろう威力だった。
あっぶ!子供っぽいけど結構きちい!!!
ミノタウロスのどんな行動でも確殺されると悟った私は、なんか戦うたびに同じこと思ってんなと悲しくなりながらもインベントリから二発目の石を取り出す。
次こそバクスタとらせてもらうよ!
取り出した石を今度は顔めがけて投げる。
スキルの補正で正確に放たれた石をミノタウロスは再び包丁の腹でガードする。
今!!
私は一瞬で外套を装備し、「隠密」を発動。同時にミノタウロスの股下めがけて全力で走った。
現在ミノタウロスの視界は包丁に遮られて見えていない。その隙を突こうと私は自慢の快足を飛ばす。
ミノタウロスがガードを解き、私が視界から消えたことに気づくその前に一撃を叩き込む!!
全速力で走っているためミノタウロスの反応を見る余裕などない。
私はミノタウロスの背後到達すると、振り向きざまに足の腱を思いっきり切りつけた!
「ブモォォォォォォォォォォォォォォ!!!???」
腱を絶った音も、感触も私には感じることができない。
しかし、ミノタウロスの悲痛な叫びがこいつに致命的な損傷を負わせたと確信させてくれる。
立っていることの出来なくなったミノタウロスがしりもち突くように地面に倒れこむ。
ただでは倒れん、とそ繰り出されたミノタウロスの苦し紛れの攻撃を回避し、ミノタウロスを正面に見据える。
「目線の高さがあってるっていうのは日本人として気持ちがいいよ!実るほど何とやらってやつかな?」
満足に移動することができなくなったミノタウロスを前に私は嗜虐的な笑みを浮かべ、これ見よがしに石を積み立てる。
君がこのダンジョンの中ボスだというなら先人たちの100年の責任、とってもらおうじゃないか!
「礼儀のいい君にはお姉さんがたーっくさんお年玉をあげちゃうぞ!!」
季節は7月。
かなり早めの正月、いや春分が始まった。




