22,荒野の塔 1
私たち一行は順調に進み、四日目の昼時にイーストンへたどり着いた。
荒野での野営は、このルートの開拓から時間がたっているおかげか皆しっかりと準備をしており、特に困ることもなく終わっていった。
その中で私が最も記憶に残っているのは、初めてこの世界の食事を食べたことだ。
VRゲームの食事は大半が現実の食事よりもわざとまずいものとなっている。VR内の食事は際限なくおいしくできてしまうのだがそれをすると現実世界で色々不都合が起きてしまうためこのような処置がとられている。
何というか…食べられないほどまずくはないんだよなぁ…ただなんか物足りないっていうか…塩気がないってわけでもなくて…なんかこう…ね…
ともかく私は不思議な経験をすることとなったのだ。
街の外壁は、他国と向かい合っているということもあってかかなり重厚そうなものだった。
イーストンは連合国内で一番の小国ながら経済はかなり潤った国のようで、ダンジョンの利益的価値を思い知らされる。セントラン王国の南に位置するサーザン王国付近にもダンジョンが発見されているらしく、サーザンはそのダンジョンを我がものとしようとしているのだがサーザン以外の連合国より妨害を受けているようだ。
イーストンの最東端にあるこの街、ガメルはダンジョンがあるわけではないが、イーストンの国土の小ささもあって商人と冒険者でにぎわっている。
色とりどりの布で自らの露店を目立たせようとしている商人や大きな声で営業する商人たちの前に、冒険者たちは何か目新しいものはないか、役立つものはないかと仲間たちとあれこれ言い合いながら物色している。こんな光景が国全体にあふれており、夜も酒場の営業によってその熱気は途絶えないらしい。
なんだか見聞きしているだけで楽しくなってくる、まさしく非現実世界といった様子だ。
「チョコ、退団の届け出をしてきたわ。」
一度、私と別行動をとっていたカトリーナがこちらに戻ってきた。
四日ほどの旅だったというのに、彼女の茶髪縦巻きは健在だ。
「おつかれ、カトリーナはこれからどうするの?」
お互い目的地に到着したためこの後の予定はバラバラだ、お別れが近づいていることはさみしいがもう二度と会えないなんてことはないだろう。
「私は、セルラトンで仕入れたものをまずはこの街で売りますわ。チョコはダンジョンのある街に行くのでしょう?だからここでお別れね。
あなたのおかげで、つまらない旅が楽しいものになったわ!ありがとうね。また、パトロンとしてなにか頼むわ。」
そう言ってカトリーナが手を差し出してくるので、私も手を差し出し握手をする。
「私も楽しかった。掲示板の件は任せて、いっぱい書き込んでおくから!」
私が張り切ってそういうとカトリーナは微笑むように笑った。
「あまり嘘は書かないでくださいな、私たちは信用が命なのよ?
あっ、そうそう。チョコ、ギルドカード持っているでしょう?ちょっと出してくださる?」
カトリーナがギルドカードを出してくれというので、私はインベントリ内にあるギルドカードを探る。
?、ギルドカードに何か便利な仕様でもあるの?冒険者ギルドでは説明されなかったけど…
私は不思議に思いながらもカトリーナに冒険者のギルドカードを渡す。
私からギルドカードを受け取ったカトリーナは、自分のギルドカードを取り出すとそれらを重ね合わせた。
すると二枚のカードは淡く光りその後元の状態に戻った。
「はい、これでわたくしたちはギルドを通して伝言を送ることができますわ。何かあったらこれで連絡をくださいまし。」
そう言ってカトリーナは私にギルドカードを返してくれる。
へぇ、こんな機能があったんだ。冒険者ギルドでは説明されなかったけどプレイヤー間では必要のない機能だからかな?NPCの好感度を一定以上にすると教えてくれる…みたいな?なんにせよこれでカトリーナと気軽に連絡が取れる。
「ありがとう、カトリーナ。冒険者たちが一堂に会する、なんてことがあったらすぐに連絡するね!」
「それはありがたいわ、あなたに会えて本当によかった。必ず何かの形でお返ししますわ。」
カトリーナが屈託のない笑みを浮かべ随分とうれしいことを言ってくれる。
これが私が渡り人だからこそ言われたことでないと祈るばかりだ…
「それじゃあ、カトリーナ。そろそろお別れだね。」
「ええ、また会いましょ。」
そう言ってカトリーナはしんみりとした雰囲気もなく人ごみの中に消えていった。
ネット社会に慣れ親しんだ現代人だからだろうか、すぐに連絡の取れない別れとはかなり心にくる。彼女はそう言った部分に慣れているのだろうけど。
「よし、私もダンジョンに行ってみよう!」
さみしい気持ちを切り替え、本来の目的を果たすことにする。
公式メッセージで大会の開催はゲーム内で4日後と知らされている。
それまでに何ができるかはわからないけどせめて何か戦果をあげたいな!
自分の道を行くカトリーナに感化された私は気合十分でダンジョンに向かうのであった。
あっ、ナナさんのこと忘れてた…
そんな気合がすぐに鎮火するとは知らず…
……
「だから、これ以上抑えられんと言っとるだろうが!!」
「抑える抑えられないの話じゃないじゃろ!!ダンジョンを攻略されたら国が潰えるやもしれんのだぞ!!!」
「だからその――」
気温がだんだんと高くなってきた昼時、イーストン王国、王城の一室では喧騒が飛び交っていた。
いい年した老骨どもがぎゃぎゃ―騒ぐなみっともない…と普段の私なら思っていたであろうが今はそうもいかなかった。
なぜならこの国の宰相であるわし、イーストン・シャルグ・エステスもこの喧嘩の理由に頭を悩ませているからだ。
「二人とも、落ち着き給え。王の御前であるぞ。」
しかし、そうはいってもここには王もいる。家臣の争いなど止めなくてはならない。
「――すまない…宰相殿…少し熱くなりすぎた…」
「私もだ。陛下、申し訳ありませぬ。」
二人の老人が謝罪を口にする。普段はここまで熱くならない二人がこのような醜態を王の前でさらす。それほどにこの国の状況は一刻を争うものとなっている。
「よい、二人とも。それよりも今はダンジョンのことだ。ミファッケン、今一度ダンジョンの状況を述べよ。」
我らが王であり私の兄上、イーストン・シャルグ・アズバンがダンジョン取締役であるミファッケンに説明を求める。
王の言う通り、我々の間に起きる諍いなどダンジョンの一件に比べればただの口げんかに過ぎない。
王より指名を受けたミファッケンはいつもよりやつれた顔をこわばらせ、これで何度目かになろう説明を始める。
「は、はい。それではわたくしより説明させていただきます。
現在、我が国のダンジョンが消滅の危機に瀕していることは皆さんご存じのことかと思われます。そして、その理由はダンジョンの攻略であります。
我が国が保有しているダンジョン「荒野の塔」はすでに100年という単位で我々に利益をもたらしてくれました。ダンジョンのもとに冒険者が集まり、冒険者のもとに商人が集まる。そうやって我が国は連合国の中でも有数の経済国に至りました。
しかし、近年その状況は崩れ去ろうとしております。長年発見されなかったダンジョンの最奥地が発見されたためです。
ダンジョンとはすべからく長がいるものであると伝えられてきました。巨大な門に不思議な力、そしてその中にいる強力な存在。我国のダンジョン奥地はこうした長の出現場所と多くの点で一致しております。そして実際に初発見者が門の中に入ると中には大きなトカゲがいたと言います、これが我が国のダンジョンの長なのでしょう。
しかし、この時ある仮説が立ちました。ダンジョンの長がオオトカゲであるのなら、彼奴が狩られた際、ダンジョンは消滅するのではという説です。
我々はこの仮説を立てたのち過去の文献を徹底して集め、情報を得ようとしました。しかし、どこを探してもダンジョンの攻略後に関する情報は発見されませんでした。
ゆえに、わが国では長が存在する門の前に軍の駐屯場を作り、その場に到達したものに報酬を与えることでオオトカゲとの戦闘をさせないように努めてきました。ある種、ダンジョンとより深く共存してきたと言えるでしょう。
実際、この体制はダンジョンへの客足を減らすことなく、利益も出しながら五年ほど前から今に至るまで継続させることができました。
しかし、ここでまた問題が発生しました。東のワニャマール獣王国です。
かの国の者たちは非常に好戦的でダンジョンの長が発見されたと知ると国を飛び出し、大荒野を超えて我が国のダンジョンへやってきました。彼らの強さはすさまじいもので、イースタンに辿りついた獣人の約7割が軍駐屯場に到達しました。しかも彼らは金銭的な報酬を受け取ろうとせず、とにかく長と戦わせてくれと言うのです。しかしながらそんな彼らも国の存亡をかけ連合国が動くぞと脅しをかければ、しぶしぶではありますが退きました。―― 一人を除いて…
レオーン殿下です…ワニャマール獣王国のレオーン殿下がダンジョンにいらしてから事態は悪化しました。
レオ―ン殿下は長との戦いの果てに、自らの祖国と連合軍が戦争になっても全くかまわないと思っています。むしろ、そうなってほしいとまで…。殿下は奥地に辿り付くや否や我々に長と戦わせろ、さもなければ殺してでも通ると申し上げております。
現場の兵士たちは上に判断を促したいから、と言って何とか殿下を抑えていますが、それも時間の問題です。
殿下がダンジョンを攻略してしまうのか、我々がダンジョン消滅後この国を保つことができるのか、それともダンジョンは一度攻略された程度では消滅しないのか。
ダンジョンの一件は国の存亡をかけていると言えます…。」
ミファッケンの声からだんだんと覇気がなくなっていったところで説明は終わった。
部屋の雰囲気は重い、王までもが眉間にしわを寄せ黙り込んでしまっている。
「オースティン、我らが国からダンジョンが消滅したとしてその影響はどれほどになる。ダンジョンが無くなったとて国を回すことのできる何かはあるか?」
とにかく言葉を口にすることで何かいい案が思い浮かばぬものか、と私は財務大臣であるオースティンにダンジョン以外での収益を望めないのかと問いかける。
オースティンは何度も繰り返されたこの問答にふっーとため息を吐きながら答える。
「宰相殿…あなたもご存じの通り、我らが国はダンジョン国家であります。ダンジョンが無くなればこの国は終わりです。
他の産業についてもこの荒地では満足に農業もできませぬ…」
オースティンは暗い表情で言う。
「我々の食糧問題はそもそもダンジョンによって解決されていたものですしな…収入減が無くなったと知ればノイルも取引をやめる可能性があります。
現在獣王国に書簡を飛ばしてはおりますが、それが帰ってくるにもあと三日はかかります。帰ってきたとてそこに良い報告が書かれているかもわかりませぬが…」
外務大臣であるヴァストークもそう続ける。
普段は背筋を伸ばし、若い者にはまだ負けないと目をぎらつかせている二人が意気消沈としてしまっている。
何とか、立ち直ってほしいものだがそれにはそれ相応の希望というものがいる。そんなものは我が国にないのだが…
「バーホット、殿下は後どれほど抑えていられるのだ。」
王が軍務大臣であるバーホットに問いかける。
問われたバーホットは自慢のひげを触りながらうんうんと思案し始める。
彼も元気なようでいて、心は相当参っているのだろう、いつもより鍛え上げられた肉体が一回り小さく見える。
「書簡が帰ってくるまでもつかどうか、といったところですな…。殿下を王城で接待すると言っても断られたようですし…。もう、いっそのこと殿下にも書簡の件を伝えてそれまでは待ってもらうとするしか…」
バーホットがそこまで言うと王はその言葉を手で遮った。
獣王国の書簡に希望があるのかないの我々にはわからない。だが、殿下の様子を見るに獣王国側もかなり好戦的なのだろう、望みは薄いと考えるしか…
「わかった。皆の者、我々に取れる手段はもはや受け身のみだ。連合国に協力を求めようが、いくら金銭を渡そうが殿下はいずれ長に挑むだろう。ならばここでいくら話をしていても仕方あるまい。皆でもう一度文献をあさり、何か方法がないのか、見落としがないか探すのだ。」
王は椅子から立ち上がり強い意志を持った目で私たちに告げる。
「「「「はっ」」」」
王の一言で私以外の重鎮たちは部屋から出て行った。
「エステス」
王は倒れるように座りなおし、私の名を呼ぶ。職務上の呼び方ではない、兄弟としての呼び方で。
「どうした兄者」
兄は先ほどまでの威厳ある姿が嘘だったかのようにうなだれている。
「殿下が長に負けるという線はないのか…」
「我々が100年とかけて到達した奥地に、前情報があるとはいえ半日かからず到達したお方だ…私には殿下が敗れる世界が見えないよ。
それに、敗れたとてあそこはダンジョンだ。復活を果たした殿下があきらめて帰ってくれると、兄者はそう思うのか?」
私がそういうと兄者はわかっている、と言わんばかりに深いため息を吐く。
王冠を被りなおし、彼は椅子から立ち上がった。そこに先ほどまでの弱気な兄は見られない。
「宰相、王城内の人員をかき集めろ。我々も文献を再度調べるぞ。」
「はっ」
王は私にそう命令すると、自らも書庫の方へと向かって行った。
王のいなくなった部屋で私自身もため息を吐く。
もう何度目かもわからない、吐いていなければやっていられないのではなく、自然と吐いてしまうほどに私の心は疲れていた。
従者たちが綺麗に掃除しているのだろう。曇り一つない窓に近づき、いつもと同じ賑わいを見せている城下を眺める。
大腕を振って客を集めるもの、商品を片手に仲間と話し合うもの、喧嘩するもの、勘定をするもの、喜んでいるもの。
いつからだろう、いつも通りのこの光景が私とは別の世界のものだと錯覚するようになってしまったのは。
人格者の王に巨大な利益を生み出すダンジョン、忠誠を誓う臣下に活気ある街。
愛すべき、愛おしいこの国が。愛していた、慈しんでいたこの国が、今の私には砂上の楼閣に見えて仕方がなかった。
イーストン・シャルグ・アズバン
イースト、シャルグ、あずま
東、東、東
重鎮たちの名前もこんな感じでつけています。ミファッケン→未発見
他国の王の名前、募集してます。




