18,コボルト集落 3
「逃げ…た…?」
私は集落から偵察隊が隠れていた茂みを見上げ、彼らがいなくなったことに安堵した。
良かったー、集中のタイムリミットまで残りすくなかったんだよね。このまま突っ込んで来たり、交渉だなんだの言われてたら逃げられなくなってたかもしれない。彼らが私を怖がっていたのは納得できないけど…
彼らが私を見て怖がっていた理由は何となくわかる。
これだけコボルトの首を刎ねたんだ、大方私の姿が血まみれだからなんだって理由だろう。
実際はそんなものでは済まされないのだがそれをチョコが知るすべはない。
ふぅ、とりあえず一件落着かな。いやー存分に戦うことができた!大量のコボルトが流れ込んできたときはどうなるかと思ったけど、ステータスの差で何とかなってよかった。あぁでもシャルロッテとして誰かと話してみたかったなぁ…一応「寡黙な暗殺者」はまだ継続中だろうし。次に誰かと話す機会があったら試してみよう、現実でもやったこと無い無口キャラ。
私はまだ訪れぬ、暗殺者としての交流を夢見て心を躍らせる。
あ、そうだアイテムとステータスの確認しなきゃ…
私はインベントリの中にあるあの親玉のアイテムを確認する。
―――――――――――――――
『マザーコボルトの爪』
マザーコボルトの爪。
コボルトのものより鋭く、貫通性に優れる。
『中級魔石』
それなりの品質を持った魔石。
一般的な魔道具をほとんど動かすことができる。
―――――――――――――――
あの親玉の、「マザーコボルト」のドロップ品はこんな感じだ。女王ではなかったみたいだね。
コボルトの爪はよく言えば便利、悪く言えば普通過ぎるって感じだろう。これ以上本当にいうことがない。
マザーコボルトからドロップしたってこと以外何ら特筆すべきことが書いていないな…。でも、長さ的にはナイフにできそうだからどこかに持ち込んで…ってどこに持ち込むつもりだよ私、そんなことしたら私が主犯だってことがバレバレじゃないか…。
魔石の方はいろいろなことに使えそうだ。
まぁ、こっちも出所が明かせないから当分使えないんだけどね…
使えないのはこれらだけじゃない。コボルト500匹分におよぶドロップアイテムもだ。
現在、コボルトと対敵していることが確認されているのは私と仲良し4人組、それとさっきの偵察隊だけだ。こんな状況で大量のコボルト素材を出したらそれはもう自首を意味する。
宝の山のはずなんだけどなぁ…。さらば私の金満生活……
インベントリの肥やしと化したコボルトアイテム軍を涙ながらにしまい込み、私は自分のステータスを確認する。
――――――――――――――――
チョコ Lv16 ↗
種族:獣人(猫)
HP:27/27 ↗
MP:20/20 ↗
力:26↗
守:23↗
速:44 ↗
頭:17 ↗
器用度:1
⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯
「嗅覚」:Lv6 「聴覚」:Lv4
「集中」:Lv2 「本気」:Lv2
「ジャイアントキリング」:Lv2 「隠密」:Lv5
「威圧感」:1
「手探り」Lv3 「バックスタブ」:Lv4
「投擲」:Lv1 「アンチロック」:Lv1
「暗視」:Lv3 「一騎当千」:Lv1
「暗殺の才能」:Lv1
「ブラッディフラワー」:Lv1
⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯
称号:暗殺者
――――――――――――――――
うわーすごい上がってる。まぁ、500匹も相手にすれば嫌でもレベルは上がるよね。最後らへんはレベルアップが原因じゃなさそうな経験値減衰があったんだよね…あれは同一モンスターを狩り続けたからかな?この辺は検証しないとわかんないか、頼んぜ検証班!
今回のレベルで同一の魔物が登場する狩場があるかわからないが、あの人たちの探求心ならいつか明らかにしてくれると信じて私はスキルの確認をする。
スキルレベルの方は「隠密」、「バックスタブ」、「暗視」のレベルが上がった。それぞれ順当に強化されたのだが、「暗視」の強化だけはよくわかっていない。
正直、見やすさとか何も変化がない…使用できる場所が増えたとかかな?まぁ、これはそのうち気づくでしょ。
新しいスキルは5つもあって、「威圧感」、「投擲」と「アンチロック」、「一騎当千」と「ブラッディフラワー」だ。
「威圧感」はなんで手に入っていたのかわからない。偵察隊の誰かが「逃げろ!」って言ってたし傍から見たら私は結構強そうに見えたのかな?
「威圧感」の効果は自分よりもレベルが低い相手に極々低レベルの行動阻害を起こし、恐怖を与えること。正直RP専用スキルなんじゃないかって疑うレベルでよくわからない微妙な効果をしている。
「投擲」と「アンチロック」は職業レベルが上がったことから入手した。
「投擲」はそのまま投げ物の命中補正がかかるスキル。いろいろな応用が利きそうなのでしっかりと活用していきたい。
「アンチロック」もその名の通り鍵がかかった物などを解除できるらしい。現状最も盗賊らしいスキルだね。
「一騎当千」は、単身で集落に突っ込んだことがよかったのかコボルトを何百体か倒した後で手に入った。その効果は一定数以上の敵と単身で戦うときステータスが上がるというもの。
ぼっち御用達スキルが増えてしまった…
「ブラッディフラワー」は暗殺者スキルのようで、称号の「暗殺者」がない限り取得はできないようだ。
スキルの効果は、
「攻撃された対象が自身が攻撃されたことに気づいていない場合、そのダメージは10秒後に対象者を襲う。このダメージにより対象が絶命した時鮮血の華が咲く。」というもの。
これは隠ぺい工作に向いたスキルだろう、私が対象を殺したのちに逃げる時間を確保することができる。
一方で、少し不便な点もある、それはダメージ増加がないことだ。
このスキルを使用して敵に攻撃したところでそのダメージ判定を遅らせるだけで、むしろ相手はダメージを受けるまでの十秒でなにかできてしまうのだ。将棋盤に血でダイイングメッセージとかされたらたまったもんじゃない、私見えないし!
また、致命傷エフェクトも私には見えてない。と思っていたがこちらはきちんと替わりの演出が用意されているようで、私の場合真っ赤なバラが首からに咲いていた。いやー綺麗だったから思わずたくさん使っちゃったよ、リアルゲーってこういうところがいいよね。
その光景が周りからどんな風に見られていたのか知らないチョコは、呑気にステータス画面を閉じる。
戦闘後の確認を終え、私はどうやって街に戻ろうか思案する。が、なかなかいい案が思い浮かばない。
うーんできればこの手は使いたくなかったんだけどなぁ…でもどうやっても方法が思い浮かばないんだよねぇ…朝まで森で待つにしてもその間に誰かに見られたら疑われるだろうし。今から街に向かって森から出てくるところ見られても嫌だし…
「しょうがないかぁ~」と、ため息をつきながら、私はナイフを取り出し自分の首元に据える。
私は自死によって街に戻ることにした。これなら私は街から360°のどこかにいたと言い訳できる。四人組に見つかっても皆と話し合ってから偵察隊に参加するか決めたかった、とでも言っておけばいいだろう。
ひゃー怖い!爆弾使って自死が一番気楽なんだろうけど、もったいなくてできないよねー。え?リスポーンはお金ももったいない?はなから小銭しか持ってないよ!!はぁ…覚悟決めてやるしかない!ああーーー!南無三!!
ナイフ一突き。私は二度目のリスポーンで街に帰還した。
……………………
「っはぁはぁ…皆無事か……?」
私を抱きかかえて爆走してくれた衛兵さんが偵察隊の皆に呼びかける。
ぽつぽつと返事が聞こえ、周りに偵察隊が集まってくるがその顔はおよそゲームで遊んでいる人間のするものではなかった。
無理もない…私だってあの黒装束がこっちを見た瞬間腰が抜けちゃったもの…衛兵さんが私を抱えて逃げ出す判断をしてくれていなかったら私は今頃このゲームをやめていたかもしれない…それだけあの黒装束のプレッシャーはすさまじかった。
コボルト集落での惨劇を思い出し、私は身震いする。
しばらくするとこの場にいた偵察員全員が集まったようで、欠員も見られなかった。
よかった、全員逃げてこられたみたいだ。
「衛兵さん…これ何て報告するんだよ…」
偵察隊の中で最も大柄な獣人の男が疲れた顔して衛兵さんに尋ねる。
衛兵さんも困ったような顔をして。
「とりあえず、コボルト集落の問題については解決したと報告しよう。もっと大きな問題が出てきたがな…まぁ、そのことも全部上に投げつけてしまおう。私はもう、疲れた…皆もご苦労だった、今日のところはこれで解散だ。報酬は後日各々受け取ってくれ。」
そういって衛兵さんは「私はこのまま報告に行く」と一言残すと外壁の方に向かっていった。
プレイヤーじゃない衛兵さんは、あの状況で最も死の危険を感じていたはずなのにもう報告だなんて…魔物が闊歩する世界では、生半可な精神力ではいられないということだろうか。
「すげぇよな、あの人。あの時、ただ一人死ぬ可能性があったっていうのに、「逃げろ!」っていの一番に声上げて…」
獣人の男が感服したと声を漏らすと他の面々も同意するように頷く。
それだけ私たちはあの黒装束の雰囲気に呑まれていたし、衛兵さんに命を救われた。
「衛兵の話はもちろんいいんだが、掲示板の方はどうする。今回の件書き込むか?」
獣人さんの陰から一人のプレイヤーが出てきて私たちに本件の落とし前をどうするか聞いてくる。
「上げなかったら逆に問題だろうよ。基本ヒョウタンが書いて俺たちがそれを補足する形でいこう。
それと、森の変死事件の犯人。あれももう、あの黒装束が犯人で間違いないんじゃねぇのか?あいつが今日、初めてあの森に来たってんなら話は変わるけどよ。」
獣人さんが変死事件についても触れる。
「そうだな、断定するにはまだ早い気もするが、俺たちの結論として書いて置こう。皆もそれでいいか。」
自分の言葉に皆が頷いたのを確認し、ヒョウタンさんは掲示板に書き込みを始めた。
他のメンバーも掲示板を見ながら情報の補足作業に入ったようで、私も自分のコボルト戦を踏まえた感想を書いて置いた。あ、これも添付しておこ…
…………
「――――こんなところか、皆他にまだ気づいた点があったら各々書き込んでくれよな。
うっし、じゃあこのまま後味悪いままってのもよくねぇしな。俺の名前はガン鉄!自己紹介が遅くなっちまってわりぃが、俺とフレンドカード交換してくれる奴は交換してくれ!ほらヒョウタンも!」
ガン鉄さんはそう言ってヒョウタンさんからフレンドカードを半ば強奪するとその場にどっかりと座り込んだ。
その後はガン鉄さんを中心にフレンドカード交換会が始まり、フレンドカードを交換したり、たわいのない話をしたりして、最後は楽し気な雰囲気で別れを告げることができた。
場の雰囲気を明るくしようと交換会にもっていってくれたガン鉄さんには感謝しなくちゃ。おかげで交流も持てたし、最後は気持ちよく終われた。
彼のようなムードメーカーがいてくれると依頼がやりやすいとあらためて思いながら私はログアウトをしようとする。
あっ、そうだチョコともフレンドカード交換しなきゃ…あの子に罪はないけど、会ったら少し、いじめてやらないと…
私はチョコが現れそうな場所はどこかと考えながら今度こそログアウトした。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
『マザーコボルト』
通常オスが群れの長となるコボルトの中で、メスでありながらその地位を務め、進化へと至ったコボルト。
通常の倍以上の速度で子を産むことができ、大量発生の温床となることが多い。
マザー自体の戦闘能力はそれほど高くないが、彼女のスキルによって強化された子供たちは通常のコボルトの能力をはるかに凌ぐ。




