17,コボルト集落 2
「よし、全員集まったな、では予定よりも早いが我々はこれより森に入り、コボルト集落の調査へ向かう。極力戦闘行為はせず、一直線に集落に向かうつもりだ。
我々がコボルト集落にて行うことは二つ。
一つはコボルトの数をできるだけ正確に知ること。二つ目はこの大発生の発端を探ることだ。
しかし、我々としてもすぐに事件の真相がわかるとは思っていない。各員、身を隠すことと敵の数を知ることに注力してくれ。」
衛兵の中から派遣されたNPCが偵察隊である私たちに今回の調査の概要を伝える。
「そして、コボルトの集落まで案内をしてくれるのはこちらのアキさんだ。
この方は我々と違い夜の行動に慣れていない。サポートを頼む。」
衛兵の方が私を紹介してくれたので、隊員の皆に向かって軽くお辞儀をする。
はぁ、チョコとフレンドカードを交換してさえいれば慣れない夜の偵察なんかしなくてよかったのに…彼女は獣人だから夜目が効くだろうし。
チョコ以外の4人の中で私がここに来ることとなったのは単に私がパーティーリーダーだったからだ。そうでもなければ、足も速くない、暗闇にも慣れない、索敵もできない、のないない拍子の私は同行者として選ばれていない。
「よし、各員準備はいいな。これより森に入る、何かあったらすぐに知らせるように。それではアキさんよろしくお願いします。」
衛兵さんが私に先導するよう促してくる。
はぁ…どこ行っちゃったのよチョコ…
私は憂鬱さを抱えながらしぶしぶ先頭を歩くのだった。
……………………
「このあたりだと思います。」
「アキ」というプレイヤーが森の中腹で足を止める。
正直周りにはまだ何も見えないが、俺たちの頼りは彼女しかいない。信じてこの辺りを探すしかないだろう。
「ありがとうございます。では各員これよりコボルト集落の探索を行ってくれ。」
衛兵NPCがそういうと俺たちは思い思いの方向を探索し始める。
まぁ、ここには10人強いるんだアキの感覚が正しければすぐ見つかるだろ。
「あったぞー。」
俺が思っていた通りコボルトの集落はすぐ近くにあったらしく、大した時間もかからずプレイヤーの一人が声を押し殺してこちらに呼びかけてくる。
まずは全容の確認をと、集落の発見された方向に歩いていると近くにいたプレイヤーが話しかけてきた。
「案外早く見つかったな。どんな奴がいるか楽しみだ…えーっと…」
「ヒョウタンだ。」
「すまんすまん、楽しみだなヒョウタン。」
プレイヤーの男がワクワクが収まらないと言わんばかりの笑みを浮かべる。正直気持ちはわからんでもない。
「そうだな、全プレイヤー中俺たちが初対面になるモンスターとかがいてくれたら面白いな。」
「そりゃいいな、掲示板で自慢してやろう!おっ、そうだった、俺の名前はガン鉄よろしくな。」
ガン鉄はニヤリと笑い、名を名乗る。
お互い遅すぎる自己紹介かもしれないが集合して即出発だったので致し方ない。
「ああ、よろしく頼む。」
「おう、しっかし結構狭いんだなコボルトの集落ってのは。」
茂みの中からコボルトの集落を隠れ見ながらガン鉄が驚いたように言う。
「そうだな、吉野ケ里遺跡が40haで1000人ちょっと住んでたらしいが、ここは大体5haでその半分の数を養ってるみたいだな。」
「なるほどな、ちなみに5haって分かりやすくいうと?」
「東京ドーム」
「ははっ!そりゃわかりやすい。」
ガン鉄が満足そうに頷いている。さっき会ったばかりでここまで気やすいのはリアルでもそうなのか、ただ単にネット弁慶なのかわからないが、いいやつそうであることに間違いはない。
ガン鉄はコボルトたちと同じく犬であり種族は獣人だそうだ。獣人種を選択すると混ざり具合を選択できるそうで、ガン鉄はその値を限りなく獣に近づけたらしい。
その結果生まれたのが、犬というより狼の風貌をしたムッキムキのナイスガイ。獣に近づけすぎたせいで武器の装備が一部不可能になってしまったがその分聴覚や嗅覚が鋭いと言っていた。
俺はただのヒューマンなのでこういったゲーム特有の選択をしている奴らを見るとちょっとうらやましく思ってしまう、まぁキャラクリし直すつもりはないが。
「ガン鉄、その鋭い嗅覚とやらで何かわからないのか?」
嗅覚が鋭いと言っていたので何か手掛かりはなかったかと聞いてみる。
「おう、さっきからずっと匂いを嗅ぎ続けてわかったことがあるぜ。あの中に一か所ちょっとくせえ場所がある。」
「臭い場所?」
俺自身も二度三度匂いを嗅いでみるが何も感じることはなかった。
「おう、あの小さい三角形が見えるか?」
ガン鉄はそう言ってコボルトの住居と思われる三角形のうち、最も小さいものを指さした。
その三角形は遠目からだが少し外装が凝っているように見えた。
「あそこからちょっとかぎたくねぇ匂いが漂ってきてる。正直なんの匂いに近いとかわかんねぇけどあそこは怪しいぜ…」
なるほど、あの三角形には見張りや警備らしきものが付いていないが、おそらくガン鉄の言う臭い匂いからコボルトに忌避されているのだろう。
何も守るものが入っていないから警備がない、という可能性もなくはないがとりあえず報告しておくのが吉だろう。
そう思った俺は衛兵に伝えてこようと腰を上げる。
「まて!」
膝に手をつけ中腰にまでなった俺をガン鉄が焦ったように呼び止める。
ガン鉄の様子から何かが起きたことを悟った俺は一度報告をあきらめガン鉄の隣に座りなおす。
「どうした。」
「くせえ匂いが強まった。」
「なに、どういうことだ?」
「あの中から何かが出てこようとしてるってことだよ!」
ガン鉄は声を抑えながらも興奮したように騒ぐ。
そんなガン鉄を少し落ち着けと諫めようとしたとき、俺たちの視界にあの三角形の中から何者かが出てくるのが見えた。
真っ黒な外套を身に真っ黒な口当て、体格や歩行姿勢から人間であることはわかるが正直その性別まではわからない。
謎の黒装束はかなり小柄で細身だった、顔は完全に隠されているため見えなかったがあいつが何か今回の件についてカギを握っていることは間違いない。
謎の黒装束はそのまま別の住居に入っていった。
「どうする、ガン鉄。もう少し様子を見てから報告するか?というかお前の鼻ならあいつの正体がわかってるんじゃないのか?…ガン鉄?」
問いかけにガン鉄が答えないので妙に思ってガン鉄を見ると彼は焦ったように頬に汗を垂らしていた。
「血の匂いがする…ヒョウタン、あいつから血の匂いがするぞ!!」
「なに?それじゃあ、あいつはあの中で何かと戦ってたってことか?」
「それだけじゃねぇ、あいつ自身の匂いから何の情報も入ってこなかった…ふつうは種族が表示されるはずだ。歩く音もしねえ…あいつはなんかおかしいぞ、すぐに衛兵につたえて…」
「「「グルァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」」」
俺たちが報告に向かおうとした瞬間、あの黒装束が入っていった三角形から威嚇のような怒号のようなすさまじい雄たけびが複数上がった。
雄たけびを上げたコボルト達に呼応するように他の三角形からも勇ましい雄たけびが上がり、その数秒後、コボルトたちが飛び出し一挙黒装束がいるであろう場所に走り出した。
「「「「「「グルァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」」」」」」
コボルトたちの突撃は彼らの住居をなぎ倒し、盛大な土煙と共にあの黒装束を飲み込んだ。
正直俺たちのいるところからじゃあの黒装束がどうなったか離れすぎていてわからない。
コボルトたちは今だ雄たけびを上げ、我先へと三角形の残骸へ突進を繰り返している。
突然のことすぎて何が起こったのかわからないが、この様子ではさすがに無事では済まないだろう…
大量のコボルトにそれなりの大きさの住居の倒壊。これほどまでの質量攻めにあえばガン鉄が「何かおかしい」と評したあの黒装束も人間である以上ひとたまりもない―――――
そう思っていた矢先、戦場に深紅の華が咲いた。
深紅の華は一輪にとどまらず、瓦礫の中心からまばらに、かつ不規則なスピードで集落へ咲き乱れていった。
一輪、また一輪と華は夜空を彩っていく。華の開花はすべて不吉な黒い影が過ぎ去った後に置き土産のように起きており、あの黒装束が何かやっていることには疑いようがなかった。
華が咲くほど、華を咲かせているだろう黒い影が闇に駆けるほど、コボルトたちの咆哮は悲鳴へと変わっていく。
俺たちがその華をコボルトの血だと理解するのにそう時間はかからなかった。この状況を報告しなければ、そう思っても足は動かなかった。もはや、集落が目に入る場所にいたならば誰もが目にしているだろうこの状況を、報告せねばと思ってしまうほど俺たちはこの光景を見入っていた。
どれほどたっただろうか、やがてコボルトの声は聞こえなくなり、全ての華はその命を枯らした。
黒装束は集落に出来上がった血の海に一人たたずみ、何を思うか、一方向を見つめピクリとも動かなくなってしまった。
すさまじい光景に停止を余儀なくされていた思考が動き出す。
飛ばされた首と吹き出した血、それに染められた集落。
この光景を作り出した張本人は確実にこちらを見ていた。目は見えないがはっきりとこちらを見ていると確信できた。
この確信が脳に至ったとたん全身を経験のない恐怖が駆け巡った。
あの凄惨な光景が脳裏によぎる、血濡れの外套が闇夜を駆け回るその姿が脳裏によぎる。
「にげろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!!」
どこからか聞こえた衛兵の声ですくんでいた足がはじけるように動き出す。
黒装束に背中を向けて走り出すが背後に違和感を感じて仕方がない。
あの凄惨な光景が今度は自分にむけられると考えるだけで足がこわばり転んでしまいそうだった。
走り方も矜持も関係ない、ここに留まれば待っているのは死だけだと全身が警告を出す。
俺たちはプレイヤーだ!死ぬことはない!
そう言い聞かせなければ心が折れてしまいそうなほど俺は恐怖していた。
頼むから来ないでくれ、俺の首をどこかに持っていっていかないでくれ。
俺たちは近くの人間がどんな顔して逃げているのかも知らないまま、必死になって街に走っていった。




