16,コボルト集落 1
誤字報告ありがとうございました。
修正させていただきました。
コボルトの集落は周囲が柵で囲われており、その中には木の枝や葉っぱで作られた三角形の家のようなものがいくつか存在していた。見張り以外の姿が見えないのであれがコボルトの寝床だろう。
柵のつくりはお粗末なもので、木の枝を地面に突き刺し、そこに蔦を絡ませているだけだった。
なぜこのようなあまり意味のなさそうなものを作ったのかはわからない。人間の真似でもしたのだろうか。
しかし、家の方はそれなりの出来で、防腐加工や地震などの災害を考えなければかなり長い間持つだろうと思われる。集落内にある三角形の数からいって一つにつき50匹は入っているのだろう、それゆえ結構な大きさをしている。これはコボルト特有の文化なのだろうか、これだけのものが作れるのだから、あと数十年もすれば人間顔負けの柵を作れるかもしれない。
私が夜も深いこの時間に、こんな感じで集落の様子をあたかもはっきり見えているかのように語っているのには理由がある。
まだ街にいた時に入手したスキル、「暗視」の効果だ。
『暗視』:暗いところでも視界が確保できるようになる。
これは、半分種族スキルみたいなものだったのだろう、太陽が完全に落ちたと同時に獲得することができた。
私は今まで夜に行動することがなかったため手に入れることができていなかったが、これさえあれば今後は昼夜関係なくプレイすることができそうだ。
コボルトたちも「暗視」を持っているようで、集落には灯りが一つもない。コボルトの大半が寝静まる夜に夜襲をかけたい討伐隊からしたら厄介極まりないだろう。
私は視線を集落に戻し、三角形の中で一回りほど小さいものを見つめる。
私が判別できない匂いの主はあの中にいる…
私はまだ柵近くの茂みにいるので、あの小さな三角形とはかなり距離がある。
大半のコボルトが寝ているといっても柵の周辺には見張りのコボルトが立っているため、彼らの鼻をかいくぐり小三角形に到達することは難しいだろう。隠密を使ったとしても消えるのは足音だけなので意味はない。
ならどうするか。そんなの決まっている、気づかれる前に殺せばいい。
幸いコボルトたちは「嗅覚」の範囲をそれほど被らせてはいない。穴のないように見張りをしているつもりでも見張り自体がいなくなったことには気づけない。
私は飛び出し、コボルトの嗅覚が効くであろう範囲に入った瞬間「集中」を発動し全力で走る。
変化したステータスが気になるところだけど、そんなものを見ている暇はない!
全速力でコボルトのもとにたどり着くと、コボルトは私を発見し吠える直前だった。
やらせるか!!
私は他のコボルトに私の存在を知らされてはならないと見張りの首を切り落とした。
一瞬だけ周りを警戒するが他のコボルトが吠える様子はなかった。
良かった、見張りの見張りはいないみたいだ。
私はいったん「集中」解除すると、そのまま他の見張りコボルトの索敵範囲に入らないよう小さい三角形を目指して走り出した。
走っている際、三角形の寝床の近く何度か通ったが中からコボルトが出てくることはなかった。
多分、食事の量が足りていないのだろう、見張りたちも心なしか痩せていた。それでもあの見張りが機敏な動きを摂れていたのは見張りのものが多く食べ物を食べれるから?正直予測の域を出ないが、あの見張りたちが元気そうだったことは確かだ。
その見張りがなぜか小さな三角形には付いていなかった。
近づいてみると、遠目からはわからなかったが、この小さな三角形は他の住居にくらべて明らかに分厚く、隙間なく葉っぱが張り付けられていた。
おかしい、ここは親玉の寝床なんでしょ?どうして、見張りの一人も立ててないの?なにか理由でもあるのかな…
そして、私はここまできても、中の親玉が一度も吠えていないことに気づく。
コボルトの「嗅覚」のレベルが低いことは予想がついていた。何しろ以前スキルレベルが2だった私が先にコボルトを発見できたほどである。だからこそ、集落内でも彼らの索敵範囲から逃れることができた。
逆に困ったのは集落に入る時だ、索敵範囲が狭いせいで彼らは隣同士結構近い距離にいたのだ。正直、イチかバチかだったし、ばれなかったのも運がよかったからだ。
しかし、この中にいるのはおそらくコボルトの上位種的な存在。コボルト種の嗅覚がいくら低かろうがこの三角形の目の前にまで来て私に気づかないはずがないだろう。
こいつも腹を空かせている可能性はない。鹿やウサギの骨であろう残骸が三角形の周りに散らばっているからだ。
なにか、なにかがこの中に隠されている…
私は意を決して親玉の寝床にもぐり込んだ。
寝床の中には大量の葉とそれに付随する実のような何が敷かれていて、地面が見えないほどになっていた。
外部に貼られていた葉の影響だろうか、内部に光は届いておらず暗視を使わなくては何も見えない。
外に散らばっていた骨を見て、中も相当の散らかりようなのだとばかり思っていたが、葉っぱと実で敷き詰められている以外はゴミ一つなかった。誰が片付けているのかはわからない。
だが、見張りがなく、親玉が私の存在に気が付かなかった理由がわかった。
匂いだ。
この小さな三角形の中には地面にばらまかれている実から出た強い匂いが充満している。
芳醇と言ったらよいいのか濃厚と言ったらいいのか、とにかくいい匂いではない。おそらく他のコボルトたちはこれに耐えることができず、親玉をここに隔離したのだろう。スキルを切っていなかったら私も卒倒してしまっていたはずだ。
この匂いを部屋に充満させているせいで親玉の…女王の嗅覚も私をとらえることができなかったのだろう。
そう、コボルトたちの親玉は雌だった。
この母体がコボルトを生み続けたことにより大量発生に至ったのだろう。実からでる匂いは着飾っているつもりなのだろうか。
親玉の体躯は他のコボルトより二回りほど大きく、ありていに言えばかなり太っていた。仰向けに寝ているため露出された腹には乳房が10もついている。
爪は、子供たちのものよりも鋭く。剣が見当たらないことから親玉はこちらをメインウェポンとしているのだろう。牙はこちらに足を向けて寝転んでいるので見えないがおそらく鋭いと思われる。
親玉は大きな腹をゆっくりと上下させ、私のことなど気づきもしないで眠っている。
私は、そんな彼女の枕元に立ちナイフを構える。
女王の顔は他のコボルトに比べれば整っているが、太っているせいで首や顎が二重になっており、お世辞にも美しいとは言えなかった。
私がここで「集中」を発動すれば、いくら何でも女王は目を覚ますだろう。
だとしたら、一番まずいのはその後に数でつぶされること。女王の一声でコボルトたちが目覚め、私に襲い掛かってくることが一番の負け筋だ。
だったら、私がやるべきことは一つ!
私は「集中」を発動させ、「本気」の状態となる。と同時に女王が目を覚まし私を見て目を見開く。
気にするな!このまま喉を搔き切れ!
喉さえつぶせばこいつに増援はない!タイマン勝負でぶっ殺してやる!
私は脂肪がたっぷりと付いた女王の首に向かってナイフを振り下ろす。
女王はすでに私を敵と認識しているようだがガードは間に合わない。
さぁ!開戦だ!!!
私のナイフが女王に届き、そのまま喉を搔き切った。
と同時に女王の首が飛んだ。
「っへぇ!!??」
『レベルが上がりました!』
『「隠密」のレベルが上がりました!』
『「集中」のレベルが上がりました!』
『「ジャイアントキリング」のレベルが上がりました!』
ちょっ、おかしいおかしい!!て、ていうかなんで?女王と私これから…はぁ!?なんで!?あっけなさすぎるだろう!!!!
「すっ、ステータス!ステータス見なきゃ!!!」
青白い光となって消えゆく女王に見向きもせず私は元凶であろうステータスをあわてて確認する。
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チョコ Lv10 ↗
種族:獣人(猫)
HP:21/21 ↗
MP:14/14 ↗
力:17↗(+6) ×2
守:15↗(+4) ×2
速:29 ↗(+11)×2
頭:11 ↗ ×2
器用度:1
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「嗅覚」:Lv6 「聴覚」:Lv4
「集中」:Lv2 「本気」:Lv1
「ジャイアントキリング」:Lv2 「手探り」Lv3
「隠密」:Lv4 「バックスタブ」:Lv2
「暗視」:Lv1
「暗殺の才能」:Lv1
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称号:暗殺者
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んじゃこりゃぁ!!どうなってんだこれ!!!
これがあれか?「集中」と「本気」の効果か?なんだ「×2」って!!いつまでも使えるじゃないですかこのスキル!!
画面を見つめたまま唖然としているとバフが盛られた状態のステータス画面に切り替わった。
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HP:21/21 ↗
MP:14/14 ↗
力:46
守:38
速:80
頭:22
器用度:1
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おっほ……変な声出るわこんなの…なに?どういうこと「速」80って、初期値の10倍以上ですよ?
ほかのステータスも様変わりしてるよ…「力」も50近くあるし、「守」も40近くある。種族や職業の関係上ほとんど伸びていなかった「頭」まで二倍されてる。私の素の「速」が29だぞ?「頭」の数値がそれに近いって…
しかも、一番やばいのが「集中」と「本気」のスキルが合わさって計算されていることだ。
多分この(+11)ってのが「集中」で、「×2」っていうのが「本気」の効果なんだろうけど、どうして「集中」足してから「本気」をかけてるんだ。おかしくなることは目に見えるだろ!!
「って、やってる場合じゃない!」
そうだった、今私は敵集落にいるんだ!
いくら親玉を狩ったからってこんなところで油うっていたらだめだ。すぐに逃げなきゃコボルトたちが来て袋叩きに……って、あれ?
自分のステータスの変化を目の当たりにしたことの錯乱から脱出した私は、自分が今どんな状況にいるのかを思い出した。が、同時に先ほど見た自分のステータス画面も思い出した。
「私、負ける要素なくね?」
コボルトの集落に滅びの時が近づいていた。