11,お金が欲しい
現実世界で少し休憩をし、再びゲームにログインした。
ゲーム内の時間は午前6時、そろそろNPC達も起きてくるころだろう。
外に出る準備をしつつ、私は昨日の確認事項を思い出す。
昨日はスキルと掲示板を見たが中でも一番やばかったのがこれだ。
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『集中』:集中した時に自身のステータスが上昇する。
『本気』:本気になったときに自身のステータスが飛躍的に上昇する。
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これはやばい。
何がやばいって『本気』スキルの「飛躍的」って文言だ。
昨日掲示板を見たところスキルの能力上昇系にはすべて「上昇する」や「上げる」といった言葉が使われているが、その上昇値の数値ははっきりとはわからないとされていた。私のスキルも大半はその類であり、はっきりとどの程度能力を上昇させてくれるのかはわかっていない。
しかし、この本気は他のものと少し違う。今まで発見されてきたどのスキルにも記載されていなかった「飛躍的」という修飾語が使われてしまっているのだ。
つまりこのスキルは、「上昇」という言葉に込められていたステータス上昇値をさらに超えたステータス強化を行ってくれるということになる。ようは現時点での最強バフスキルを手に入れたといっても過言ではない。
そして、このスキルは集中との相性もすさまじい。
ステータスを二段階上昇させられることももちろん相性の良さなのだが、それよりも『集中』を発動した時点で『本気』も発動できるのがすごい。
どういうことかというと、『集中』は発動を任意で行うことができるため、「集中したい!」と思ったときにこのスキルを選択すればいいのだが、『本気』はそうではない。試しに『本気』を単体で発動させてみようと試みたところ発動せず、発動条件もわからなかった。何かしらの縛りや、脳波の変化をトリガーに発動するのか、正直考察の域を超えないが、とにかく発動方法がわからないのだ。それだけこの「飛躍的」という言葉が含まれるスキルが強力ということだろう。それゆえ発動も一筋縄ではいかない。
が、その縛りを破ってしまうのがこの組み合わせということだ。
任意で発動できるステータス超上昇スキル。それがこの「集中」「本気」コンボだ。
集中の制限時間は一度に3分。ちっちゃいウルトラ〇ンの誕生だね。
他のスキルも私に利益をもたらしてくれるものばかりであの暗殺が本当に良い経験だったことがわかる。うれしいね。Lv4になれば「盗賊」のスキルも手に入ると掲示板に書いてあった。今日からの目標はレベル上げに決定だ!
このほかにも掲示板から得ることのできた情報は多かった。やっぱり情報収集は大切だね。
例えば、このゲームにはステータスを自分で振る機能がないのだが、その仕様でどうやってプレイヤー間の差別化ができるのかという疑問があった。実は、このゲームでは、各個人個人の行動によりステータスの上昇具合が変化するらしい。
同じ種族、職業の検証班が違う行動をとってレベル上げをしたところでこの仕様が判明したらしい。わざわざ合わせたのか?ほんとにおつかれさまです。
つまるところ、私にとって「獣人」と「盗賊」の組み合わせは最適だったといえる。
「獣人」、特に私のような「猫」は「速」に補正がかかりやすいようで、これは「盗賊」にも同じだった。暗殺者プレイをするうえで速度は命だ。これからは狩りでヒット&アウェイすることによってさらに「速」に補正をかけていこうと思う。
ちなみに、「暗殺者」は称号であって職業ではない理由は、冒険者の職業がさまざまであることと同じ理由だ。
「よっし!それじゃあレベル上げに行きますか!」
外出準備を済ませ私は暗殺者ギルドから出る。
今日からはやっと通常プレイだ!
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暗殺者ギルドを出た私は冒険者ギルドに向かった。
現在私がしたいことはレベル上げとそれに伴うスキルの習得。
いくら何でも私の今のスキルは暗殺者に寄りすぎている。暗殺者ロールプレイ中なので、これらは人前で使えない。せめて普通の盗賊だと偽装ができるぐらいのスキルが欲しい。
そして、しなくてはならないこともある、金策だ。
現在の私の所持金はまさかのゼロ、すっからかんである。もともとはゲームスタート時の所持金として200Gを持っていたのだが、デスペナですべて吹っ飛んだ。所持金が少なすぎると割合ではなく固定値を持ってかれるらしい…。インベントリに依頼報酬の肉があるので。これを売り飛ばせば金になるが大した額にはならないだろう。
ということで、それらを一石二鳥で片付けられそうな、依頼の受注を私はしようと思っている。
できることなら、報酬がお金の依頼がいいなぁ…
依頼は早い者勝ちだといったが、恒常的に置かれているものもあるらしい。その中にお金がもらえそうななものがあったらやっていこう。
私は、外套を一度外し初期装備のまま冒険者ギルドに入る。
冒険者ギルドの中はゲーム時間の早朝ということもあって人がたくさんいた。みんな私と同じで、一度休憩でもしていたのだろう。
私は人ごみを抜け、各個人でサーバーが分けられている壁の前にやってきた。
えーと、お金の仕事、お金の仕事…
個人でも受けられる仕事をさっと見ていく。
う~ん、ゴブリンの討伐に狼の毛皮回収。お金が発生する仕事は戦いが多いなぁ。戦闘系の仕事をしたいことはしたいんだけど私がちゃんと戦えるのは3分間だけだからなぁ…もっと言えば「本気」スキルは秘匿しておきたいからあまり使いたくない。Lv5ぐらいまでは動物を狩ってた方がいいのかなぁ…
レアそうなスキルを手に入れてしまったがための葛藤が私を悩ませる。
そのまま依頼書の前で少しばかり悩んでいたがあまりいい案が浮かばなかったので、仕方なく森で動物を狩ることにした。はぁ…また待ち伏せしなきゃいけないのかな……
今度は動物を狩る方法に頭を悩ませながら私は共通サーバーに戻る。
掲示板を見た限り、あの森で狩れそうなのは足の速い草食動物だけだからなぁ。追っかけるのは得策じゃないって書かれてたし。
「あの、すいません。」
私がため息をつきながら冒険者ギルドから出ていこうとすると、一人の女性プレイヤーに声をかけてきた。
女性は「剣士です」と言わんばかりの長剣を腰に下げ、笑顔でこちらを見ていた。
私は急に話しかけられたことに驚いたが、無視して歩いて行ってしまうのは失礼なので、向き直って返事をする。
「はい、どうかしましたか。」
剣士の女性は長身で、キリっとした顔つきをしていた。委員長とかやってそう。
装備は私と同じ初期装備で、髪の毛をゴムか何かでまとめポニーテールにしている。
利口そうな顔からは良い人オーラがあふれ出ており、もしかするとため息ついていた私を見かねて声をかけてくれたのかもしれない。
「いえ、お一人のようでしたので私たちと一緒に依頼をしていただけないかと思いまして。いかがでしょうか。」
おぉ、ありがたい。どんな依頼かはわからないけど戦闘系かつ報酬がお金だったらぜひご一緒させてもらおう。
そう思って早速返事をする。ただ、私のレベルで受け入れてもらえるかな?今のところ獲物二匹しか狩っていないよ。一匹熊の魔物だけど。あれなんでレベルが1しか上がらなかったのかな?あの男のせいでドロップも拾えなかったし…
「あ、いいんですか?依頼の内容にもよりますけどぜひご一緒させてもらいたいです。」
「もちろんです。あちらに仲間が待っているのでついてきていただいてもいいですか。」
私の返事に笑みを深めた女性は隣接した酒場にあるテーブルを私に示した。
酒場のテーブルは丸いものと四角いものの二つがあり、その大きさは大小さまざまである。こういうごちゃごちゃ感が戦闘民族っぽくて好評のようだ。
私たちの目的地は四角いテーブルで、大きさは6人掛けほどのものだった。
そのテーブルには女性の仲間が向かい合わせの2:1で座っており、その中の一人がこちらに向かって手を挙げていた。
「オッケーだってさ。」
仲間の集まるテーブルにたどり着き、女性が仲間にそう伝えながら着席すると、私にも座るように勧めてくれる。
勧められるまま私が席に座るとそこから自己紹介が始まった。
剣士の女性……アキの仲間は男二人、女二人のバランスのいいパーティーだ。皆リアルの友達だそうでそこから一緒にゲームをすることとなったらしい。50000本しか発売されていない注目のゲームを4人ともあてるとは豪運にもほどがある。
アキは見た目通りの剣士、前衛で敵を倒す役目だ。種族は人間で一応パーティーのリーダーを務めているらしい。
もう一人の女性はフユ、魔法使いで種族はエルフだそうだ。私と同じくらいの身長なのに大きな杖を持って頑張っている。恥ずかしがりやのようであまり目が合わないのが可愛い。すごくかわいい。
男の片方の名前はハルキ、アキと同じく剣士の人間でさっき手を挙げていた人だ。やんちゃそうな顔に違わず、明るい性格をしており、合流してあまりたっていないがすでにアキにお叱りを受けているのを目撃した。身長はけっこう大きい。
最後の男性はナツ、エルフの弓使いだ。ハルキとは正反対の性格で、優しく、大人しいイケメンだ。正直どうしてそりが合っているのかわからない。身長は普通。
「それじゃあ、最後に君の自己紹介をお願いしていいかな。」
自分の自己小紹介を終えたナツが穏やかな口調で私にパスを回してくれる。
「わかりました。私の名前はチョコです。種族は獣人の猫、職業は盗賊です。
正直レベルが低いので足を引っ張る可能性が高いですがよろしくお願いします。」
「おう!よろしく。」
ハルキがでかい声を出し、再びアキに叱られている。
仲がいいんだろうなと見ていてわかる。私は極力ゲーム内の話題を外に出されたくない人間だから友達誘ってゲームするなんてことしてこなかったな。ちょっとうらやましいかも。
「それじゃあ、自己紹介が済んだからチョコにも今回の依頼を見てもらうね。」
アキがそう言って私に依頼書を見せてくる。
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『依頼:「コボルト調査隊」
必須条件:5人
コボルトっていう犬面の魔物を知ってるか?最近森の浅いところでコボルトを見かけることがある。あいつらはあんまり人里の近くにはこねぇのにな。
原因はいろいろ考えられるが情報が足りねぇ。数を減らしがてら調査を頼む。
報酬:コボルト一体につき120G 』
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あぁ、なるほど。私のことを誘ってくれた理由はこれか。必須条件が5人だとアキたちだけじゃ受注できないもんね。報酬もお金だし、内容も戦闘だしめちゃくちゃいい条件じゃん!でもなー…
「どうかな?チョコ。」
アキがこちらに確認してくれる。
「ごめんなさい。さっきも言ったけど私レベルが低くて…魔物相手となると足ひっぱってしまうと思うんですけど…」
私は正直に告白した。
仲良し四人組に足手まといが入り込んでつまらなくしても悪いしね。フユちゃんと離れるのは悲しいけど。
私はそう思いつつフユを一瞥する。
ね、寝てる…杖に寄りかかって寝てる…かわいいなぁ、守りたい。
「全然大丈夫だろ。何も原因を解決しろとまではいわれてないんだし、倒さなきゃいけないノルマもないんだからな。戦ってみてダメだったら隠れて調査してくるだけでいいだろ。」
フユの寝顔を観察しているとハルキが私にフォローを入れてくれた。
「そうだね、報酬は惜しいけど途中でウサギとかもいるだろうし、そちらを狩ってお金にすればいいよ。案外チョコさんのレベルもそれで上がるかもしれないし。」
ナツもハルキに続いてくれる。こいつらええ奴やな…
「お二人ともありがとうございます。アキさんはどうですか?私も一緒に行っていいですか?」
「もちろん大丈夫だよ。そもそもこっちから誘ったんだし出て行けなんて言わないよ。それに、私たちだってそんなにレベル高くないしね。皆Lv5。チョコさんは?」
「私は3です。」
「それじゃあすぐ上がるよ。ナツの言うとおりウサギでも狩りながら進もう。者ども異論は?」
「「問題なし。」」
二人が声をそろえて同意してくれる。
なんか…身も心も洗われていくような優しさだな…
私ももっと人にやさしくなろう。
「よし、じゃあさっそく向かおうか。フユ起きて、出発するよ。」
「…あ、もう出発?わかった、起きる。」
アキに起こされたフユちゃんが寝ぼけ眼をこすりながら立ち上がる。あ~まじカワイイ。
「皆さんありがとうございます。私もできる限りのことを頑張ります。」
私は一度頭を下げ、みんなの足手まといにならないことを祈る。
そんな私の姿をみんなは大げさだと笑っていた。あぁ~、ほんとにええ奴ら。