7
遅くなりました
部屋に案内された遊佐はベッドへと腰掛け、目を閉じて一息つく。
「あ、あの…」
そんな遊佐の目の前に立っていた世愛は控えめに声をかける。
「なんだ」
遊佐は目を開け、世愛を見る。
「なんでさっき入学できないって言われた時、素直に聞き入れて帰ろうとしたんですか?調査しやすくなるし、色々分かるだろうからって此処にきたのに…」
世愛は控えめに遊佐を見つめる。
「ああ。それはあの男が胡散臭かったからだ」
遊佐はそんな世愛を見つめ返し、素直に答える。
「胡散臭い?」
世愛は不思議そうな顔をして首を傾げる。
「ああ。誤作動だったとしても見知らぬ奴が来たらあの双子のように警戒するはずだろう?それなのにあいつは双子を宥めた後、雑用だというのに俺たちの滞在を上に確認せずに許可した。何か裏がある。チビも気をつけろ」
遊佐は事務員のことを思い出し、眉間に皺を寄せる。
「気をつけますけど…そう思うなら何故、滞在をお断りしなかったんですか?」
世愛は首を傾げることはやめるも不思議そうな顔をしたまま遊佐を見つめ続ける。
「断ったら断ったで怪しまれるだろう?それにこれがあれば森の調査や学園の滞在もいちいち突っかかれることなく捗るからあいつ一人を警戒するだけで済む」
遊佐はこの部屋に案内される際、事務員から受け取った許可証である腕章を見せる。
「学生さんは常に学生服を身に纏い、卒業後は見えるところにバッチをつけてるって言ってましたもんね…警戒、頑張ります!」
世愛は腕章を見た後、意気込む。
「…いや。チビは警戒しなくていい」
遊佐は小さく首を横に振る。
「え?でも…」
世愛は困惑したように遊佐を見つめる。
「どうせ俺と一緒に行動するんだろ?だから警戒は俺がやる。チビは普段通りにしていればいい」
遊佐はじっと世愛を見つめる。
「わかりました!」
世愛は大きく頷いて返事をした。
「…それで今後の方針なんだが…まず学園内で魔法やらなんやらを探る。である程度情報を得たら森の調査だ。ただ何があるかわからないからその都度、臨機応変でいく。その時は話を合わせろ」
そんな世愛を見た後、遊佐は今後の指示を出す。
「はい!」
世愛は遊佐の支持を理解した後、元気よく返事をしながら大きく頷いた。
「…あとチビ。あんたは夜になったら俺の家に戻れ」
遊佐は少し考えたあと、口を開く。
「え、戻るんですか?」
世愛はなぜ戻る必要があるのだろうと不思議そうな顔をする。
「ああ。男と二人っきりは嫌だろう?俺はここに残るから戻れ」
遊佐はじっと世愛のことを見つめる。だが世愛は一人になるのか不安なのか俯いてしまう。
「大丈夫だ。俺が住んでいる場所は人の手で入ってない山の奥で人はもちろんこないし、動物や虫すら俺を怖がって家には近づかない。それでも不安があるならエリザベスを呼んでおく」
そんな世愛の気持ちに気がついた遊佐はどこか優しい眼差しで世愛を見つめる。
「お願いできますか?」
誰も来ないと言われても不安が拭えないのか世愛は潤ませた瞳で見上げるように遊佐を見つめる。
「っ…わかった。あとで伝えておく」
遊佐はそんな世愛から顔を背ける。
「おーい!いるかー?」
そんな遊佐のことを不思議そうな顔をして見つめる世愛。そんな時、部屋の外からドンドンと扉を叩く音と共に隆彦の声が聞こえてくる。
「いる」
遊佐はそれに反応して立ち上がり、扉へと近づいていく。
「何か用か?」
そして扉を開け、隆彦の姿を確認するなり遊佐は問いかける。
「さっきのお礼も兼ねて学園内を案内しようかと思って」
隆彦は人懐っこい笑みを浮かべ、遊佐を見つめる。
「…そうか。それはありがたい。ぜひ頼む」
遊佐は少しだけ考える素振りを見せた後、答える。
「まかせとけ!…ってえーっと名前はなんていうんだ?」
隆彦は笑みを解いて首を傾げる。
「…遊佐」
遊佐は面倒くさそうに答える。
「遊佐か…ん?これって苗字じゃないのか?下の名前は?」
隆彦は首を傾げることを止め、不思議そうな顔をして遊佐を見つめる。だが遊佐は答える気がないのか口を開こうとはしなかった。
「まあいいや!俺は牧瀬隆彦!よろしくな!」
そんな遊佐を見た隆彦は問うのをやめ、元気よく名乗りながら再び人懐っこい笑みを浮かべる。
「あ、あの!私は世愛です!」
遊佐の後ろに隠れ、控えめに隆彦のことを見ていた世愛は名乗りでる。
「世愛か。よろしくな」
隆彦はニコニコしながら世愛へと目を向ける。
「こ、こちらこそよろしくお願いします!」
世愛はビクビクしながら頭を下げ、一礼をする。
「さ!案内するよ!ついてきてくれ!」
隆彦は遊佐に背を向け、歩き出した。遊佐は隆彦と一定の距離を保って歩き出し、頭を上げた世愛はそんな遊佐から離れないように歩き出す。その後、エスカレーターやエレベーター等を乗り継いで学生が授業を受ける部屋や食堂、魔法の実技に使われる演習場等次々と隆彦によって案内された遊佐は案内された場所の一つである図書室の前で立ち止まった。
「何?本好きなの?」
立ち止まった遊佐に気がついた隆彦は立ち止まり、首を傾げる。
「ああ」
情報も集められるしなと遊佐は入りたさそうに図書室を見つめている。
「入りたきゃ入っていいよ。あらかた案内も終わったし」
隆彦はそんな遊佐を見て首を傾げるのをやめ、提案する。
「ほんとか!」
遊佐は食い気味に隆彦へと目を向ける。
「いいよ。いいよ」
隆彦はにっこりと微笑んで図書室へと続く扉を開け、中へと足を踏み入れた。そのあとを追ってように遊佐はどこかワクワクしながら中へと足を踏み入れ、遊佐について中へと入った世愛は扉を閉める。
「…うわ。そんなに読むのか?」
図書室に入った瞬間、片っ端から本を手に取ってもてるだけ持ったあと席に近寄り、テーブルの上に本を置いた遊佐を見た隆彦は顔を引き攣らせる。
「悪いか」
遊佐は眉間に皺を寄せ、隆彦へと目を向ける。
「いや。悪くはないけどスゲェーなって…俺、本読むと直ぐに眠くなるから」
隆彦は引き攣った顔を戻しながらテーブルを挟んで遊佐の真正面にある椅子へと座る。
「…脳筋っぽいもんな」
椅子に座った遊佐は本を一冊手に取り、読み始める。
「脳筋…?」
隆彦は意味を知らないのか不思議そうな顔をする。だが本を読み始めてしまっている遊佐が答えることはない。
「なぁ。脳筋ってなんだかわかる?」
隆彦は遊佐の隣に座っていた世愛へと目を向ける。
「そ、それは…わ、わかりません!すみません!」
世愛は意味を知っていたが言っていいのかわからず、知らないふりをすると決めて大きく首を横に振る。
「そっか…まぁいいや!」
隆彦は深く考えず、にっこりと微笑んだ。その笑みを見た世愛はホッと胸を撫で下ろした。
「あ、あの…お手洗い…」
暫くの間、遊佐が持ってきた本の中の一冊を手に取り、目を通していた世愛だったが尿意を感じたのか恥ずかしそうに遊佐へと声をかける。
「え、ああ。行くか」
集中して本を読み、自分の世界へと入り込んでいた遊佐は世愛の声で自分の世界から戻ってくるなりページ数を覚え、本を閉じる。
「お手洗いなら俺が付き合うよ!遊佐は本に集中しててくれ!」
暇を持て余していた隆彦は進んで声を上げ、立ち上がる。
「いや。いい。俺が行く」
遊佐は小さく首を横に振りながら本をテーブルに置き、立ち上がる。
「あ、あの!ゆ…お、お兄ちゃんは本を読んでいてください!私、隆彦くんと行きます!」
世愛は情報集めをしてくれている遊佐の邪魔をしてはいけないと思っていたが、一人でトイレに行く勇気がなかった為に遊佐へと声をかけた。だが隆彦が一緒に行ってくれるのなら…と声を上げる。
「だが…」
遊佐は何か言いたそうに世愛のことを見つめる。
「大丈夫です!ゆ…お兄ちゃんは読書をしていてください!」
世愛は遊佐が何を言いたいか分かっているのか心配させまいと必死に笑みを見せる。
「……わかった。くれぐれも気を付けろよ」
遊佐は必死に笑顔を作る世愛の覚悟を汲み取り、小さく頷いて椅子へと再び腰掛ける。
「はい!行ってきます!」
世愛は大きく頷いてから立ち上がり、行こうと隆彦と目を向けると隆彦はにっこりと微笑んでから歩き出し、図書室から出た。そのあとを世愛は追いかけるように歩き出す。そんな二人の姿を見送った遊佐は置いた本を手に取り、把握していたページを開いて読書を再開した。
「…遊佐って過保護なんだね」
図書室から出てすぐに世愛の歩幅に合わせ、世愛の隣を歩いていた隆彦は不意に世愛へと問いかける。
「そうですか?」
世愛は歩きながら隆彦へと目を向ける。
「そうだよ。トイレに行くだけなのに気を付けろって言うんだもん。トイレに行くだけなら普通言わないでしょ?」
隆彦はちらっと世愛を見たあと、心配そうにしていた遊佐のことを思い出す。
「……それは私が人に慣れていないのが原因かもしれません」
世愛は体質のことを公言してもいいのかと少し考えた。だが言わないほうがいいと思い、世愛は人が苦手であると簡潔に説明をする。
「そっか…世愛は人見知りしちゃう子なんだね。それなら遊佐が過保護になるのも当然だね。妹想いの優しいお兄ちゃんだ」
隆彦は世愛の説明に納得し、世愛に向かってにっこりと微笑む。
「そうですね…優しくて自慢の…お、お兄ちゃんです」
世愛は遊佐のことを兄と呼ぶのが嫌なのかぎこちなく微笑んだ。
「世愛もお兄ちゃん想いだ」
隆彦はそんな世愛の気持ちに気づくことなくニコニコと微笑み続ける。
「あ、あの…先程の女性は大丈夫だったんですか?」
これ以上、遊佐のことを兄だというのが嫌だった世愛は微笑むことを止め、話題をすり替えようと瑞樹のことを聞いてみる。
「瑞樹のこと?」
隆彦は唐突な問いに微笑むことを止め、首を傾げる。
「はい!」
世愛は隆彦のことを控えめに見つめ、小さく頷いた。
「それなら大丈夫だよ。魔力切れを起こしただけだから一晩ゆっくり休めば回復するし」
隆彦は首を傾げることを止め、再びにっこりと微笑んだ。
「そうですか…よかった…」
世愛はホッと胸を撫で下ろし、安易をする。
「心配ありがと。でも仮に瑞樹に何か起きてたら俺、遊佐を訪ねたりしないよ。命に変えても瑞樹のこと守るって決めてるからね。心配で瑞樹の側から離れないよ」
隆彦は急に真面目な顔つきをするとその顔で世愛のことを見つめ、見つめられた世愛はいきなりのことで驚いて何も言えなくなってしまう。
「さ。着いたよ。待っててあげるから行っておいで」
トイレに着いた隆彦は立ち止まり、世愛に向かってにっこりと微笑む。
「は、はい!行ってきます!」
世愛は駆け込むようにトイレの中へと向かった。隆彦はそんな世愛のことを見送ったあと、トイレから少し離れた場所へと移動し、壁に寄り掛かるようにして立ったのだった。
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