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三メートル近くある巨体の魔物、二体と遭遇した隆彦は瑞樹を後ろに下がらせて炎を纏った剣を持ち、魔物を見据えていた。
「二体か…きついけど乗り切らないとな…瑞樹。サポートは頼んだ」
隆彦は魔物へと斬りかかっていき、二体同時に相手をし始める。
「…ファイアーボール」
手のひらサイズの杖を持って前に突き出していた瑞樹が意識を集中させて叫ぶと、杖の先から火の玉が一つ出現して魔物へ向かって飛んでいき、一体の魔物へと命中する。
「…ちっ」
だが魔物は一瞬怯んだだけであまり効果が無く、瑞樹は思わず舌打ちをする。
「…なら」
瑞樹は少し考えた後、目を閉じて杖に意識を集中させ始める。
「隆彦!避けなさいよ!ウォータースラッシュ!」
目を開けた瑞樹は魔物が自分へと向かってこないように立ち回っている隆彦に向かって叫んだ。すると杖から水で出来た刃が三つ出現し、魔物へと真っ直ぐ飛んでいく。瑞樹の声に反応して隆彦はその刃を避け、一つは魔物の腕を掠め、残りの二つはもう一体の魔物の腹と胸に直撃し、完全に怯んだ。
「はああっ!」
それを見逃さなかった隆彦は怯んだ方の魔物に向かって何度も剣をふるい斬り付けていき、もう一体の魔物は貴彦の邪魔をしないように瑞樹が魔法を使い、足止めをしている。
「凄い!あれが魔法なんですね!」
そんな二人の姿を少し離れた場所にあった樹に隠れて見ていた世愛は目を輝かせる。
「遊佐さんも凄いと思いませんか?」
世愛が遊佐へと目を向けると遊佐は難しそうな顔をしている。
「遊佐さん?」
世愛は遊佐を見て戸惑ったように声をかける。
「…無詠唱は魔法に長けた奴なら可能だが魔法が発生するときのエフェクトがない。俺が知っている魔法と違う」
遊佐は戦いを観察しながら呟く。
「無詠唱…?エフェクト…?」
世愛は瑞樹たちへと目を向ける。
「…すみません。遊佐さん。わからないので教えてくれますか?」
だが魔法というものを初めて見た世愛は瑞樹たちを見ても何もわからず、直ぐへと遊佐へと目を向ける。
「魔法は天使やエルフや精霊の加護持ち、天使かエルフ、精霊が祖先にいる奴しか使えないのは知っているか?」
遊佐は世愛へと目を向け、首を傾げる。
「…いいえ。体力に魔力を持たないと使えないってことしか知りません…というか天使は知っていますがエルフってなんですか?」
世愛は不思議そうな顔をして遊佐のことを見つめる。
「エルフを知らないのか」
遊佐は首を傾げることを止め、じっと世愛を見つめる。
「知りません」
世愛は首を横に振る。
「エルフは古代種が生み出した種族の一つで魔法の扱いに長けた不老で長命な種族だ」
遊佐はそんな世愛に分かりやすく簡潔に説明をする。
「エルフのことはわかりました。でも古代種ってなんですか?」
聞いた事がない単語が再び出てきて世愛は困惑する。
「…古代種も知らないのか」
遊佐は世愛の問いに驚き、目を見開く。
「はい…」
世愛は申し訳なさそうに返事をする。
「天使を知っているなら悪魔は知っているか?」
知らないのなら説明してやるかと思い、目を細めた遊佐は問いかける。
「見たことはないですけどそれなら知ってます!天使は天界にいて神様に仕えていて、悪魔はその逆で魔界にいて魔王に仕えているんですよね!」
世愛はそれなら知っていると表情を明るくし、大きく頷いて答える。
「ああ。そうだ。遥か昔から天界には天使が…魔界には悪魔がいた。そして地上にはその二つの種と並んで古代種という種がいて古代種は地上にいる全ての種を生み出した祖とされている。ちなみにエルフは聖霊をモチーフにして生み出された種族だ」
遊佐は出来るだけ分かりやすく説明をする。
「…そうなんですね。初めて聞きました」
世愛は遊佐の説明を聞き、頭に叩き込む。
「古代種は現代では真似することのできない技術を持っていたが短命だったために絶滅してしまっている…だが古代種のことまでしらないとは…」
遊佐は小さくため息をついた。
「す、すみません…私の勉強不足かもしれません…」
世愛は申し訳なさそうに俯いてしまう。
「いや…思い返してみればこの世界を知るために読み漁った本には多種族や古代種についての記載がなかったから勉強不足ではないと思う」
遊佐はそんな世愛を見てフォローする。
「……それで魔法の話に戻るが体内に魔力を持たないと魔法は使えない。これは一緒だ。魔力は精霊との意思疎通に必要なものだから…精霊は魔力が乗った詠唱を聞いて使用者の気持ちを汲み取り、魔法陣のエフェクトが出現し、そこから魔法が繰り出されるんだ。魔法に長けたやつなんかは精霊との意思疎通が簡単に出来るから無詠唱で魔法を放つことが出来るがエフェクトは必ず入る。だがあの女は無詠唱できるように見えないし、エフェクトも入らなかった」
遊佐は先程の戦闘を思い出し、自分の知っているものと違うと首を横に振る。
「エフェクトというものを見たことがないのでなんとも言えないですけど、あの杖のせいじゃないですか?世界観が違うって話だし…」
顔を上げ、遊佐の話を聞いていた世愛は首を傾げる。
「…そうだな。本来杖はうまく詠唱に魔力を乗せられない奴が持つことで意思疎通を可能にしてくれる代物なんだが、この世界の杖は誰でも無詠唱にし、エフェクトも見えなくしているのかもしれない」
もう少し戦闘を観察しようと遊佐が瑞樹たちへと目を向けると丁度隆彦が魔物を一体仕留めたところだった。
「ぐはっ!」
仕留められた魔物は跡形もなく消えて無くなったが、一体倒したことで気が緩んだのか隆彦はもう一体の魔物の拳をもろに腹へと受けて吹き飛ばされ、その先にあった樹に体を打ち付けてしまう。
「隆彦!」
そんな隆彦を見て瑞樹はすかさず隆彦を自分の背へと隠すように前へ出る。
「うっ…よせ。後衛の瑞樹が前に出るな」
隆彦は前に出た瑞樹を見て慌てて立ち上がろうとするが骨が折れてしまっているのか思うように体を動かすことが出来ずにいた。
「う、うるさいわね!あたしが前に出ないで誰が前に出るのよ!」
瑞樹はじわじわと距離を詰めてくる魔物に冷や汗をかきながら怖い顔をし、叫んだ。
「た、大変!エリザベスさん呼ばないと!」
そんな瑞樹たちを見て世愛は慌てて大声を出す体制を取る。
「…丁度いい。エフェクトを見せてやる」
だが遊佐はそんな世愛の前に手を出して制止した後、もう片方の手を懐へと忍ばせてそこから真っ白で少し変わった形をしている拳銃を一丁取り出し、構えた。そして遊佐が引き金を引くと銃口辺りに白色の魔法陣が出現し、そこから冷気を纏った水色の弾が飛び出した。弾は真っ直ぐ魔物の足元へと向かっていき、地面に着弾すると少し。大きめな氷の結晶が出現した。
「ほんとだ。違いがある」
一連の流れを見た後、太陽の光でキラキラと輝く氷の結晶に世愛は目を奪われていたが、魔物はその結晶を嫌がるように後退した。
「…くらえ!ファイヤーストーム!」
それを見た瑞樹はチャンスだと思って目を閉じ、杖を構えた。そして先程よりも少し長めに意識を集中させると目を開け、叫んだ。すると魔物は炎でできた竜巻に一瞬にして包まれた。魔物は炎に包まれても逃げる素振りは見せず、暫くその中にいた結果魔物は破裂する形で消滅してしまう。
「っ…はぁはぁ…」
魔物が消滅するのを見た瑞樹は集中を解き、荒々しい息遣いをしながら安易したようにその場に座り込んでしまう。その際、瑞樹が集中を解いたことにより炎ができた竜巻も消えてしまう。
「……瑞樹。無事か?」
先程は瑞樹のピンチに慌てて立ち上がることが出来なかった隆彦だったが、ゆっくり体を動かせば立ち上がれることに気がついたので隆彦は立ち上がった後、瑞樹の前に出ようとしたがその前にその前に氷の結晶が出現して魔物の足止めをし、瑞樹の魔法によって直ぐの魔物が消滅した為、安心して樹にもたれかかる様に立っていた隆彦は瑞樹へと声をかける。
「…魔力切れ寸前までいったけど動ける余力は残ってるわ。だから大丈夫よ…それよりも…」
瑞樹は隆彦を見て答えた後、ゆっくりとした動作で立ち上がり、世愛たちがいる方向へと目を向ける。
「そこにいるのは誰?」
瑞樹はじっと世愛たちがいる方向を見つめ続ける。
「ど、どうしましょう!見つかっちゃいました!出ていかないとまずいですよね?」
世愛は瑞樹の声を聞いて慌て始める。
「……魔物の足止めをした時点でこっちに気づくだろ。行くぞ」
遊佐はこうなることがわかっていたかのように懐に拳銃をしまいながら瑞樹たちへと向かって歩き出し、世愛はそんな遊佐のあとをビクビクしながら追う。
「助かったわ。ありがとう。でも魔法が扱えるなら学園に通うのが義務なのに貴方たちは見た所、学園の人間でも学園を卒業した魔法使いでもないわね?どうして魔法が扱える上に一般人は立ち寄らないこの森にいるのかしら?」
瑞樹は軽く頭を下げてお礼を言った後、遊佐たちの全身を確認するように見てから少しだけ警戒するように遊佐たちを見つめる。
「……母が病弱な上、人里離れた山奥で歳の離れた妹と三人で慎ましく暮らしていて母と妹を残していくのは忍びなかったから学園には行かなかった。ここにいるのは母が亡くなったので学園に通おうと向かっていた最中、道に迷った結果だ。そうだよな?」
瑞樹たちの前で立ち止まった遊佐は平気な顔をして作り話をし、話を合わせろと言わんばかりに自分の後ろで隠れている世愛へと目を向ける。
「え…あ、は、はい!そうです!」
妹だと言われ、胸がギュッと締め付けられて胸に手を当てていた世愛だったがいきなり話を振られたことで世愛は直ぐに胸から手を離し、慌てたように返事をする。
「ふーん…」
瑞樹は疑いの目で遊佐と世愛を交互に見つめる。
「おい。瑞樹。助けてくれた恩人なんだからそんな目で見てないで信じてやれよ!」
隆彦はそんな瑞樹を咎める。
「……信じるわよ。魔物は魔法を扱えないし」
瑞樹は一息ついた後、隆彦がいる方向へと体を向ける。
「今からあんたを魔法で回復させるわ」
瑞樹は隆彦に向かって杖をかまえる。
「っ…ただでさえふらついていて立っているのもやっとなのに魔法なんて使ったらお前、魔力切れ起こして倒れるじゃんか!やめろよ!」
隆彦は心配そうに瑞樹を見つめる。
「確かに倒れるわね。でもやめないわ。だって今の私じゃあんたは肩を貸して歩ける程の気力、残ってないもの…だったらあんたを全回復させて背負ってもらって方が効率がいいわ。魔物の方は大丈夫。学園に案内する為、この人たちと行動を共にすればこの人たちがどうにかしてくれそうだし」
瑞樹は遊佐に断りを入れず、勝手に話を進める。
「そうか!わかった!」
隆彦は納得したように頷き、それを見た瑞樹は目を閉じて意識を集中させ始めた。
「…ヒール」
そして目を開け、唱えると隆彦の体は異常がない状態へと戻り、魔力切れを起こした瑞樹は意識を失い、持っていた杖を落としながら倒れてしまう。
「おっと…」
腰にぶら下げていた鞘に素早く剣をおさめた後、隆彦は完全に瑞樹が倒れる前に抱きとめて背負い、杖を拾った。
「それじゃ案内するからついてきてくれ」
隆彦は遊佐たちへと背を向け、歩き出す。
「ゆ、遊佐さん…」
隆彦のあとをついていこうとする遊佐の服を世愛は控えめに掴み、小声で呼び止める。
「なんだ」
遊佐は世愛へと目を向ける。
「森の調査しないんですか?」
世愛は遊佐がこちらを向いたことで手を離す。
「人や魔物の気配を避けて森の調査をするつもりだったが学園とやらに通った方が堂々と調査できるだろ。それに俺が知っている魔法とこの世界の魔法の違いがわかるかもしれない」
遊佐は世愛の質問に小声で答える。
「そうですか…」
世愛は不安そうな顔をする。
「不安なのか?」
遊佐はそんな世愛を見て首を傾げる。
「…はい。学園にはきっと人がいっぱいいるだろうし、全寮制だって聞いてます。それに私、魔法が使えません」
世愛は不安げに俯いてしまう。
「俺の魔法なんて使えないし、そこはなんとかするから安心しろ」
遊佐は安心させるように微かに微笑む。
「え、でもさっき…」
「おーい!早くこいよ!」
魔法が使えないという遊佐の言葉を聞いて世愛は顔を上げ、先程の氷は魔法ではないのかと遊佐に問いかけようとした時、少し遠くの方で立ち止まりこちらを見ている隆彦がそれを遮ってしまう。
「ああ。今行く」
遊佐は笑みを解いて返事をし、隆彦に向かって歩き出した。そんな遊佐を見た世愛は納得していないといった表情をしながらも遊佐のあとを追った。その際、氷の結晶は役目を終えたように粉々に砕け散ったのだった。
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