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「もう目開けていいぞ」
目を開けた遊佐は世愛へと声をかける。
「っ…此処、何処ですか?」
遊佐に声をかけられ、目を開けた世愛は飛び込んできた光景を見て困惑した。先程まで長年使われていない埃だらけのボロ小屋の中にいた筈だった。だが今は至る所に本が山積みになっているものの綺麗で清潔感のある一軒家へと変化していたからだ。
「俺の家。適当に座れ」
遊佐はキッチンへと向かい、世愛は戸惑うながらも隅の方へと移動し、座る。
「…適当に座れって言ったがなんで隅のほうなんだ」
キッチンで世愛の飲み物を用意してくれたのか遊佐はジュースが入ったコップを持って直ぐに戻ってきた。だが隅にいる世愛を見て遊佐は眉間に皺を寄せる。
「隅の方が邪魔にならないかなって」
世愛は控えめに遊佐を見つめる。
「別に邪魔じゃないからソファーにでも座ってろ」
遊佐はソファーを顎で示す。
「はい…」
遊佐に従い、ソファーへと移動した世愛は今の自分の身なりを気にし、汚れてしまわないように恐る恐る腰掛ける。
「飯のリクエストはあるか?」
遊佐は持っていたコップを世愛へと差し出す。
「え、えっと…なんでもいいです」
世愛は唐突な問いに慌てながらコップを受け取る。
「わかった。それ飲んでゆっくりしてろ」
遊佐はキッチンへと戻っていく。
「…あ、リンゴだ」
遊佐を見送った後、一口ジュースを飲んだ世愛はとても幸せそうな顔をする。
「っ!」
ちびちびと幸せそうにジュースを飲んでいた世愛はふと家の中に沢山あった本が気になり、前に置いてあったテーブルの上にジュースを置いてから身近にあった本を一冊手に取った。だがその直後、バタァーンッ!という大きな音を立てて家の扉が倒れてきて、世愛はその音に驚いて手に取った本を落としてしまう。
「ど、どうしましょう!勢いあまって壊してしまいましたわ!」
恐る恐る世愛が扉へと目を向けるとそこには西洋なある人形のような容姿の少女が立っていて、少女は壊れた扉を焦ったように見つめている。
「そうですわ!遊佐が来る前に戻してしまえば…」
「エーリーザーベース!」
少女は持っていた日傘を腕にかけた後、倒れた扉を軽々と持ち上げて直そうとしたが音を聞いて何事かとキッチンから姿を現した遊佐がエリザベスの姿と確認するなり、怒りに震えとても低い声で少女へと声をかける。
「ゆ、遊佐…」
少女、エリザベスはゆっくりと遊佐がいる方向へと目を向ける。
「毎回毎回、何か壊さないと気が済まないのか。エリザベス」
遊佐は怒りで恐い顔をし、エリザベスへと近付いていく。
「ごめんなさいですわ!直ぐに直しますので勘弁してほしいですの!」
エリザベスは扉へと目を向け、腕にかけておいた日傘を壁に立て掛けてから直そうとするが金具の部分が壊れてしまっている為、直せなかった。
「……いい。余計に壊されそうだ。あとで俺が直すからそこに立て掛けておいてくれ」
金具が壊れていてもどうにかして扉を直そうとするエリザベス。そんなエリザベスを見て遊佐は小さくため息をつく。
「わかりましたわ」
エリザベスは壁を壊さないよう慎重に扉を立てかける。
「…それで?何か用か?」
遊佐はじっとエリザベスを見つめる。
「遊佐を追っていた者達についてご報告に参りましたの。あの方達に怪我はなく皆何処かに行ってしまいましたわ。遊佐、貴方何か追われるようなことなさいましたの?」
エリザベスは遊佐の問いに答えた後、不思議そうな顔をする。
「俺じゃない。追われていたのはそこにいるチビだ」
遊佐はエリザベスから世愛へと視線を移す。
「チビ…?っ…可愛らしいですわ!」
遊佐の視線を追い、世愛の姿を目にしたエリザベスは目を輝かせて日傘を持ち、世愛へと駆け寄る。
「やめろ」
自分へと駆け寄ってくるエリザベスを見て顔を真っ青に染める世愛。そんなエリザベスと世愛の間に遊佐が割って入る。
「なんで邪魔するんですの!」
立ち止まったエリザベスはムッとし、睨みつけるように遊佐を見つめる。
「…こいつは無意識に誘惑しちまう体質のせいで今まで散々な目にあってきたんだ。そんな猪突猛進でこられたら気を失うぞ」
遊佐は睨みつけられても特に気にする様子はなく、じっとエリザベスを見つめる。
「っ…そうなんですの?」
エリザベスは遊佐の後ろにいる世愛へと目を向け、世愛は真っ青な顔色でコクコクと何度も頷く。
「だから先程の者達は世愛がいなくなったことで我に返ったように去っていったのですわね」
そんな世愛を見てエリザベスは、世愛との距離が出来たことで誘惑の対象から外れたから遊佐達を追っていた者達は遊佐達を探しもせずに去っていったのかと納得する。
「大変でしたのね…でも大丈夫ですわ!ワタクシ、人形ですもの。その誘惑体質は効果ないと思いますわ!」
そしてその後直ぐにエリザベスはゆっくりとした足取りで世愛へと近付いていき、持っていた日傘をソファーに立て掛けてから世愛の目線に合わせるように膝をつき、世愛の手を両手で包み込むように握る。
「っ…お人形?」
手を触れられて世愛はビクッと体を震わせる。
「はいですわ!ワタクシの目を見ていただければお分かりになると思いますがワタクシの瞳は宝石のエメラルドで出来ていますの!」
エリザベスは真っ直ぐ世愛を見つめる。エメラルドに輝く瞳を見、生気が感じられない無機質で冷たい手で触れられた世愛は本当に人形なのだと軽く目を見開く。
「それで?その体質に関して今は大丈夫ですの?大丈夫でなければワタクシがお父様経由で誘惑の神様にどうにかしていただけるよう頼んで差し上げますわ!」
エリザベスは心配そうに世愛を見つめる。
「その辺は今のところ大丈夫だ。俺が愛の女神経由で誘惑の神を呼び出し、会話をして契約という形で体質を抑えてるもらっている。まぁ契約といっても条件付きで期限ありの仮だけどな」
世愛に代わって遊佐が今までの経緯を説明する。
「そうでしたのね…ですが仮とはいえ契約者。きちんと挨拶をしなければなりませんわね」
エリザベスは世愛の手を離して立ち上がり、少し離れる。
「お父様…いえ。邪神に造られし戦闘用人形であり、邪神と契約しております。エリザベスと申しますわ。証としてそこの傘を賜りましたの。困ったことがありましたら気軽に頼って頂いて構いませんの。よろしくお願いしますわ」
エリザベスはソファーに立て掛けた日傘を手で示してからフリフリのついたドレスのスカートを軽く摘んで持ち上げ、お辞儀をする。
「え、あ…誘惑の神様?と契約しました。世愛です。契約が何なのかわかりませんが、此方こそよろしくお願いします」
そんなエリザベスを見て世愛は慌てたように立ち上がり、深々と頭を下げる。
「え?契約について何もわかりませんの?」
エリザベスはきょとんとした顔で世愛を見つめる。
「はい。何も…体質を抑えてくれているって話も実感がなくて…」
頭を上げた世愛は小さく頷く。
「っ…遊佐!アナタ何の説明もしておりませんの!」
エリザベスは鋭い目つきをし、遊佐へと目を向ける。
「…面倒だったし、他の契約者に任せればいいと思ったんだ」
遊佐は悪びれた様子もなく答える。
「まぁ!そうやって直ぐに面倒臭がるのが遊佐の悪い癖ですわ!どうせ名前ですら名乗っていらっしゃらないのでしょう!」
エリザベスは遊佐の返答に呆れ、声を上がる。
「慣れ合う気ないから別にいいと思ったんだ…それに誘惑の神が…」
遊佐はそこまで言いかけると黙ってしまう。
「誘惑の神様がなんですの?」
エリザベスは眉間に皺を寄せ、遊佐を見つめる。
「…なんでもない」
遊佐は首を横に振った後、キッチンへと戻っていってしまう。
「ちょっ!遊佐!」
エリザベスはそんな遊佐を呼び止めようと声を上げたが、遊佐が応じることはなかった。
「はぁ…世愛。彼は愛の女神様との契約者で名前は遊佐と申しますの。悪い人ではないので仲良くして差し上げてくださいですの」
エリザベスはため息をついた後、世愛へと目を向ける。
「はい」
世愛はコクコクと何度も頷く。
「なら良かったですわ!ではワタクシから契約者について教えて上げますわ。お座りになって?」
エリザベスはニッコリと微笑み、ソファーを指差すと世愛はソファーへと腰掛ける。
「…世愛は世界が沢山あるのはご存知?」
エリザベスは世愛が座るソファーに立て掛けておいた日傘を持ってテーブルを挟んで世愛の向かい側にあるソファーに移動して座り、持っていた日傘をソファーへと立てかける。
「え?いっぱいあるんですか?」
世愛は驚いたように目を見開き、首を傾げる。
「ありますわ。言葉や通貨等は共通ですが世界観が違う世界が沢山ありますの。世界を行き来できるのは基本的に神と契約した者だけで契約した者は別名、神の使徒と呼ばれ、世界を行き来できる力の他に何らかの力を授かり、不老になりますわ。そして契約者は一神につき一人と決まっておりますの」
エリザベスは大きく頷いた後、出来るだけ丁寧に説明をする。
「どうして一人なんですか?」
世愛は不思議そうな顔をする。
「世界を行き来できるということは違う世界での知識を持ってこれるということになりますわ。そのような方々が沢山いては各世界の世界観が壊れてしまいますの…それを防ぐ為に一人だと決められているのですわ」
エリザベスは真剣な眼差しで世愛を見つめる。
「なるほど…それでその契約者になるには本来どうするべきだったんですか?私の場合、神器探しをすっ飛ばしてどうのこうの言ってたんですけど…」
世愛は先程の遊佐と誘惑の神とのやりとりを思い出す。
「契約するには大きく分けて三つありますの。一つ目は生まれつき。二つ目は神自らこの方だと思う方に直接声をかけ、承諾する。そして三つ目はこの二つに該当しなかった方が世界の何処かにある神器を探し出し、試練を受けて認められればなれますわ。すっ飛ばしどうのこうのというのはこのことですわね」
エリザベスはニッコリと微笑む。
「……勉強しかすることなかったのである程度のことはわかっているつもりでしたがエリザベスさんの話は初めて耳にすることばかりで頭がパンクしそうです」
世愛は体質のせいで家の中に引きこもっていた時のことを思い出し、頭を手で押さえる。
「うーん…そうですわね。伝承として残っている世界もありますけれど伝承が途絶えてしまったり、混乱を避ける為に秘匿とされていて世間に浸透されていない世界もあったりしますから世愛が生まれ育った世界もそのような世界だったのではないでしょうか?」
エリザベスは笑みを解いて少し考えた後、口を開く。
「…勉強不足の可能性もありますがもしそうなら納得ですね」
世愛は頭から手を離し、ニッコリと微笑む。
「契約についてはお話ししましたけれど何か質問は御座いまして?」
エリザバスはつられて微笑み、首を傾げる。
「…あ、世界の行き来の仕方とか契約したらやる事をまだ聞いてないです」
世愛は微笑むことを止め、少し考えた後で口を開く。
「あら?行き来に関しては既に体験済みでしてよ?」
エリザベスは笑みを解いて世愛を見つめる。
「え?」
世愛はきょとんとした表情をする。
「目を閉じて強く願えば光に包まれる形で違う世界へと移動出来ますわ。既に世愛は世愛がいた世界から遊佐が住んでいる世界へと移動していたので知っているものかと思いましたの…遊佐はこれに関しても説明を省きましたのね」
エリザベスは呆れたようにため息をつき、エリザベスの言葉を聞いて世愛はだから目の前に広がる光景が変わったのかと納得する。
「それで契約後に間することですけれど神から命令が下されるまでは常識の範囲内でしたら基本的に何をしていてもかまいませんわ」
エリザベスは先程聞かれたもう一つの質問にも答える。
「そ、それって色んな世界を見て回ってもいいってことですか?」
世愛はどこか期待の眼差しでエリザベスを見つめる。
「問題ありませんわ。ただ世愛はまだ幼いですし、治安の悪い世界もあったりしますので何かあった時の為に同伴者をつけるべきですわよ」
エリザベスは心配そうに世愛を見つめる。
「それじゃその時はエリザベスさん。よろしくお願いします」
世愛は立ち上がり、エリザベスに向かって深々と頭を下げる。
「わかりましたわ」
エリザベスは頼まれて嬉しいのかにっこりと微笑む。
「…話が終わったなら飯食え」
頭を上げてソファーに座り、まだ見ぬ異世界に期待して世愛が心を踊らせていると子供が好みそうな料理が乗ったトレイを持った遊佐が現れ、テーブルの上に料理を並べていく。
「わぁー!美味しそう!」
世愛は料理を見て目を輝かせる。
「残してもいいからいっぱい食えよ」
テーブルの上に料理を置き終えた遊佐は世愛へと目を向ける。
「はい!いただきます!」
世愛は手を合わせた後、箸を持って料理を食べ始める。
「……エリザベス。ちょっといいか」
そんな世愛を見た後で遊佐はエリザベスに声を掛け、キッチンへと向かう
「なんですの?」
エリザベスは立ち上がり、日傘を持って油さの後を追う。
「……急ぎですまないが明日の朝までにチビが着る服を作ってやってくれないか」
キッチンに入って台の上にトレイを置いた遊佐はエリザベスへと目を向ける。
「あら?そんなことでしたらわざわざこんなところにお呼びしなくともよろしいですのに…早速採寸に入りますわ」
エリザベスは世愛の元へ向かおうとする。
「いや。採寸なしで頼む。エリザベスなら目視でわかんだろ?」
遊佐はエリザベスの手を掴み、引き止める。
「確かにわかりますけれど、やっぱり自分の手で採寸しませんと…目視だけではわからないこともあるかもしれませんし…」
エリザベスは困惑したように遊佐へと目を向ける。
「こだわりがあるのわかる。だが採寸なしで作って欲しい。頼む」
遊佐はエリザベスの手を離し、少しだけ頭を下げる。
「…わかりましたわ。遊佐がそこまでするのでしたら今回は目視だけで作らせていただきますわ」
少しでも他人の為に頭を下げるのは珍しいのかエリザベスは軽く目を見開いたが遊佐がそこまでするのならとにっこりと微笑み、承諾する。
「助かる。それと抱き枕になるくらいの大きさで可愛いぬいぐるみも頼めるか?」
頭を上げた遊佐はホッとしたような表情をした後、何処か真剣な眼差しでエリザベスをみつめる。
「大きなぬいぐるみですの…?わかりましたわ。道具箱を取りに戻る都合もありますし、その時に一体お持ちしますわ」
エリザベスは何故ぬいぐるみなんのだろうと笑みをとき、きょとんとするが遊佐にも何か考えがあるのだろうと直ぐににっこりと微笑み、快く引き受ける。
「面倒な事頼んで悪いな」
遊佐は何処か申し訳なさそうな顔をする。
「問題ありませんわ。服作りは趣味ですし、ぬいぐるみなら沢山ありますから…それではワタクシ一度戻りますわ」
エリザベスが持っていた日傘をしっかり握って目を閉じるとエリザベスは眩い光に包まれる形で姿を消してしまう。
「…後片付けが終わったら風呂でも沸かしておくか」
エリザベスを見送った後、遊佐は美味しそうに料理を頬張っている世愛を見た。そしてその後直ぐに世愛から視線を外し、料理で使った物を片付け始めたのだった。
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