プロローグ
紫色の木や草等が生い茂り、人の気配がないとても大きく不気味な森の入口に一人の青年が立っていた。
「……人が入りそうにないから可能性は低いがゼロじゃないし調べてみるか」
青年はじっと森を見据え、その後で足を踏み入れる。
「……ん?」
森の中を辺りを見渡しながら小走りで移動していた青年は日が沈みかけた頃に何かに気がつき、立ち止まった。
「…複数の人の気配」
青年は辺りを見渡した後、気配を辿るように小走りで移動を開始し、気配の主を目視するなり青年は樹の陰へと隠れた。
「…あのチビ、何かしたのか?」
青年の目線の先には老若男女問わず、複数の人に追われ森の奥へ奥へと全力疾走している少女の姿があった。
「……何かおかしい」
青年は少女を追っている側の人達を見つめる。少女を追っている者達は皆、血走った目をしていて我を忘れているように見えたからだ。
「きゃっ…」
そんな時、少女は石に躓いて派手に転んでしまう。少女は直ぐに立ち上がり、走って逃げようとした。だが疲労が蓄積されているのか一度止まってしまった足は少女の意思に反し、なかなか動こうとはしない。そんな少女を見かねた青年は少女へと向って飛び出し、担ぎ上げて走り出した。
「っ…や!」
少女はいきなりのことで動転し、暴れ出す。
「暴れんな。このままじゃ捕まるぞ」
青年は走りにくそうにしながら少女に集団を見せた。すると集団を目にした少女は真っ青な顔をし、ガタガタと震えながら青年へとしがみついた。
「そうだ。そうしてろ」
青年が走る速度を上げると集団との差が開き始めた。
「……意外にしつこいな」
だが集団は諦めるくとなく追いかけてきていてそれを横目で確認した青年は小さく呟く。
「仕方がない…エリザベス!どうにかしてくれ!」
青年は一息ついた後、上を見上げて叫んだ。すると空から何かが降ってきて地面に衝撃を与え、その衝撃で集団はあちこちに吹き飛ばされるが、青年はその衝撃を利用して集団との距離を離し、走り続ける。
「…ここまで来れば大丈夫か?」
森を出た先にあったボロ小屋に足を踏み入れた青年は少女を降ろした。そして念の為にと小屋の入り口に立ち、警戒をする。
「…大丈夫そうだな」
暫くの間、外の気配を伺っていた青年は一息つく。
「おい。もう大丈夫だぞ」
そしてその後で少女へと目を向ける。だが少女は俯き、震えていて何も言わない。
「聞いてんのか?大丈夫だって言って…」
「襲えばいいいじゃないですか!」
青年がそんな少女に声をかけようとした時、青年の声を遮る様に少女が声をあげる。
「……は?あんた何言って…」
青年はほんの一瞬、少女が言って言ったことを理解できなかったが理解した瞬間、眉間に皺を寄せる。
「襲えばいいじゃないですか…独り占めにしたかったから担いで逃げてくれたんでしょ」
少女は顔を上げ、涙が零れ落ちそうなくらい潤んだ黒く丸い瞳で青年を見つめる。
「……意味がわからない。襲うとか独り占めとか…俺はロリコンじゃない。困っている様だったから助けただけだ」
青年は険しい表情をして少女を見つめる。
「……本当にわかってないんですか?」
少女はじっと青年を見つめる。
「全くわからない。追われていたことと何か関係あるのか?」
青年は不思議そうな顔をし、軽く首を傾げる。だがその問いかけに答えることなく少女は前髪で隠れた黒く切れ長な青年の目をじっと見た後、大粒の涙を目から流し盛大に泣き出してしまう。
「お、おい。なんで泣く?」
青年は困惑し、少女へと近づいていく。だが少女はワンワン泣くだけで答える事はない。
「答えろ。チビ。追われていたことと何か何か関係しているのか?」
青年は少女の目の前で膝をつき、顔を覗き込む様に見る。
「…さっき、追ってきてた人達、目がおかしかったでしょ…?」
少女は涙でボヤける視界の中に青年をとらえる。
「目…?ああ。血走って生気がない感じだった」
青年は思い出した様に口を開く。
「グスッ…あれ…体質のせいなんです…私、生まれてきた時から人を誘惑しちゃう体質みたいでっ…」
少女は青年の問いに答える為、泣くのを必死になって我慢し鼻を啜りながら答える。
「誘惑する体質…」
少女の体質に何も感じない青年は信じられず、軽く目を見開くが追われていたことや少女の様子を見て真実なのだろうと直ぐに目を細める。
「…はい。両親の話だと生まれたばかりの頃は皆可愛がってくれていたんですけど大きくなるにつれて嫉妬や妬み、性の対象になってっ…」
少女は我慢出来なくなったのか軽く俯いて再び目から涙を溢す。
「…その様子だと親もか?」
青年はじっと少女を見つめ、首を傾げる。
「さい、しょは…外に出さない様にして守ってくれていました…でも…でも女の子の日が始まった途端、両親も豹変しちゃってっ…」
少女はその時のことを思い出し、泣きながらガタガタと震え出す。
「それからは逃げる日々でっ…ずっとずっと逃げたり隠れたり…」
少女の目は徐々に虚ろなものへと変わっていく。
「もういい!無理に思い出すな!」
そんな少女を見て青年は慌てて大きな声を出した。その声を聞いた少女はビクッと体を震わせ、顔をあげて青年を見る。
「辛いことを思い出させて悪かった。あんたの事情はよくわかったからもう話さなくていい」
青年が出来るだけ優しい声色で諭すと少女は久しぶりに優しくされ、目から大粒の涙を溢し静かに泣き始める。
「……なぁ。その体質、どうにか出来るって言ったらあんたどうする?」
青年はそんな少女の頭を撫でようと手を伸ばしたが、触れられる事にトラウマを抱えているのではないのかと直ぐに手を引っ込め、その後思い出したかのように口を開く。
「どうにか、なるんですか…?」
少女は涙で濡れた目で青年を見つめる。
「ああ、多少面倒に巻き込まれるかもしれないが、今の追われるだけの生活よりははるかにマシだ」
青年は小さく頷いた後、真剣な眼差しで少女を見つめる。
「どうにか出来るなら是非お願いします!」
追われ、襲われる生活から脱出出来るのならと少女は詳しい話を聞かずに食いついた。
「わかった。少し待ってろ」
青年は少女へと背を向け、目を閉じる。すると青年の目の前に手のひらサイズの光の珠が出現する。
『なんのようだい?』
珠から色気のある男の声が聞こえてくる。
「こいつが誘惑する体質で苦しんでる。あんた今契約してる奴いないだろ?だから契約してやってほしい」
目を開けた青年は珠を見つめる。
『そうだな。この世界が抱える問題を解決したらいいよ』
「なっ…今すぐ契約してやれ。こいつの体質は生活に支障が出るレベルだ」
青年は険しい表情で珠を見つめる。
『確かに支障をきたすだろう。だが僕はレディが僕の契約者に相応しいか知らない。本来なら神器を探し出して試練を受け、僕に認められなきゃ契約者にはなれない。今回は麗しの愛の女神との契約者である君の頼みで現れて切羽詰まっているみたいだったから神器探しをすっ飛ばしてあげるんだから感謝して貰わないと』
「このままだとこいつは体質のせいで思うように動けない。問題解決どころじゃないと思うが」
青年はじっと珠を見つめる。
『それについては問題ないよ。仮契約って形を取らせて貰うからね』
「仮解約…?」
青年は軽く首を傾げる。
『そう。内容は契約者と一緒。でもそれで解決を先延ばしにされても困るからね。仮契約にして期間を設けようと思うんだ』
「期間…一年くらいか?」
そんな事言わずに直ぐに本契約してやればいいのにと内心思いつつ遊佐は首を傾げるのを止め、問いかける。
『いや。一週間』
「っ…馬鹿かっ!このチビが一人で一週間以内に解決できるわけないだろう!」
遊佐は眉間に皺を寄せ、声を上げる。
『何を言っているんだい?君も一緒にやるんだよ』
「……無理だ。俺にはやることがある」
遊佐は難しい顔をして首を横に振る。
『君の事情は知っているよ。でも言い出しっぺなのに放っておくの?そうだとしたら罪な男だよね。期待させておいて堕とすんだから…ほら。レディの顔を見てごらん?』
青年が少女へと目を向けると少女は不安そうな困惑したような表情をして青年を見つめている。
「……わかった。早々に終わらせる」
青年は一息ついた後、珠へと目を向ける。
『それじゃレディ。仮契約をするから手を出してくれるかい?』
「こうですか?」
少女が戸惑いながらも珠に向かって左手を差し出すと手首辺りが淡く光り出し、ゴツい腕輪が少女の腕へと装着される。腕輪には盾とその盾の上に止まって休んでいる鳥が彫られていて、盾には緑色の…鳥の目には青色の宝石がワンポイントとしてあしらわれていた。
『その腕輪をしている限り、体質に悩まされることはない。遊佐。そして世愛。一週間頑張ってね』
珠は徐々に光が収まる形で消えて無くなってしまう。
「…さて行くぞ」
青年、遊佐は少女、世愛へと目を向ける。
「はい!解決ですね!頑張ります!」
じっと腕輪を見ていた世愛は気合いをいれる。
「…違う。それは明日からだ。そのボロい服をどうにかしたいし、それに追われていたんだ。くたくただろ?だからあんたがゆっくり休む為に俺の家に行く」
遊佐はじっと世愛を見つめる。
「でも契約とかよくわからない事だらけだけど、早々に終わらせたいんですよね?」
世愛は困惑したような表情をする。
「終わらせたいよ。けど今日から始めてそれ以降、へばられても困る。だから今日はゆっくり休め」
遊佐は何処か優しい眼差しで世愛を見つめる。
「わかりました!ゆっくり休んで明日から頑張ります!」
世愛は元気よく返事をし、大きく頷いた。
「…それでお家は何処ですか?」
世愛は小屋の中にいるにも関わらず、きょろきょろと辺りを見渡す。
「この世界じゃない」
遊佐は小さく首を横に振る。
「え、それってどういう…」
世愛は困惑したように遊佐へと目を向ける。
「話は後だ。今は目を閉じて俺と同じ場所に行きたいと強く願え」
遊佐はそんな世愛をじっと見つめる。
「は、はい!」
何が何だかんだよくわからなかったが、世愛は遊佐に言われた通り目を閉じて必死に願い始め、そんな世愛を見た遊佐も目を閉じた。すると二人の姿は眩い光に包まれ、その場から姿を消したのだった。
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