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前話の最後の方に物語をほんの少し追加しております
読んでない方はそちらを、読んでいただけると助かります
お読みの方はそのままお進み下さい
夜。ミルクを飲み終わり、遊佐の家へと移動した世愛はソファーへと横になってぬいぐるみをぎゅっと抱きしめ、泣いていた。
「遅くなりましたわ!」
そこへ眩い光と共にエリザベスが姿を現し、エリザベスは慌てたように世愛へと近づいた。
「…エリザベス、さん…」
体を起こした世愛は泣き腫らし、真っ赤な目をエリザベスへと向ける。
「っ…お可哀想に…怖い思いをなさったのですわね。ですがここでしたら世愛に害が及ぶことはありませんわ。安心なさって?」
エリザベスはひらひらのついたハンカチを世愛へと差し出し、世愛は何も言わずに泣きながらそのハンカチを受け取った。
「今冷やすものを持ってきますわ」
エリザベスは世愛に向かって優しく微笑むとキッチンへと向かおうとした。
「っ…世愛?」
だが引き止めるように世愛がスカートを掴んだため、エリザベスは不思議そうな顔をして世愛へと目を向ける。
「わ、たし…邪魔ですか…?」
世愛は泣きながらとても小さな声でエリザベスへと問いかけ、スカートから手を離した。
「邪魔ではありませんわ!どうかなさいましたの?」
エリザベスは世愛の目線に合わせるように屈んだ。
「遊佐さん…ここにいろって…私、邪魔なのかなってっ…」
世愛は悲しげに目を伏せ、ぬいぐるみを抱きしめる手に力を込める。
「邪魔と言われたんですの?ワタクシ、世愛は精神的に辛くて怖い思いをなさったからここにいさせる。なので暫く面倒を見て欲しいとしか言われておりませんわ。もし世愛が遊佐に邪魔だと言われたのでしたらワタクシ、抗議してきますわ!」
屈んでいたエリザベスは勢いよく立ち上がる。
「じゃ、邪魔とは言われてません…でもここにいろってことはそう言う事なんじゃないかって…」
世愛は再びエリザベスへと目を向ける。
「遊佐は邪魔だとは思っておりませんわ」
エリザベスは否定するように首を横に振る。
「でも凄く恐い顔をしてました」
世愛は不安げにエリザベスを見つめる。
「それは遊佐を怒らせた方々が遊佐の地雷を見事に踏み抜いたからですわ」
エリザベスはそんな世愛の頭に手を乗せ、優しい手つきで撫で始める。
「っ…地雷?」
世愛はエリザベスに触れられ、ビクッと体を震わせるが瞳は真っ直ぐエリザベスをとらえていた。
「遊佐は人の意見を聞かず、なんでもかんでもお金で解決しようとする金持ちが大っ嫌いですのよ。意見を聞き入れてもらえなかったことに対してはイラッとしたようですけれど、遊佐はグッと堪えたと聞いてますわ。でもその方々は金持ちであることを鼻にかけてきて権力を振りかざし、その上世愛を人質にとったと聞いておりますわ。それで怒りが抑えられなかったと…なので遊佐が怖かった理由は決して世愛のせいではありませんわ」
エリザベスは世愛の頭を撫で続ける。
「よ、よかった…人質に取られて怖かったってのもあるけど、人質になるようなヘマしたから遊佐さんは怒ってるんじゃないかって…嫌われたんじゃないかって…いろいろ考えたら人質にされた時よりも何故か辛くて…悲しくて…本当によかったっ!」
世愛は安易の涙を流し、更に強い力でぎゅっとぬいぐるみを抱きしめた。
「……世愛はもしかして遊佐のことが好きなんですの?」
エリザベスは頭を撫でる手を止め、首を傾げる。
「好き…?わかりません…でも潜入するのに設定として兄と慕うのも嫌われるのも何故か胸がぎゅーってするんです。もしこれが恋なら諦めるしかないですよね…遊佐さんはエリザベスさんとお付き合いされてるんですよね?」
世愛は涙で濡れた目でエリザベスを見つめる。
「ワタクシが遊佐と…?あり得ませんわ!確かに付き合いは長いですけれどそれは友人としてであって愛を囁くような関係では決してありませんわ!」
エリザベスは世愛の問いに一度思考を停止させるも直ぐに我にかえり、勢いよく首を横に振って否定をする。
「え…それじゃ勘違いなんですか?互いのことをよく知っていて仲良しみたいだからてっきり恋人なんだと…」
世愛は控えめにエリザベスを見つめる。
「三百年近く交流がありますし、お互いのことを知っていてもおかしくありませんわ。それにワタクシが頻繁に訪れるのは遊佐の状態が状態ですし…それに何より世愛が心配だからですのよ」
エリザベスは世愛の頭から手を離し、にっこりと微笑んだ。
「え、三百年…?遊佐さんやエリザベスさんって何歳なんですか?」
世愛はどこかほっとしながらも不思議そうな顔をする。
「そうですわね…人形ですので年齢と言って良いのか分かりませんがワタクシは作られてから五百年以上たっておりますわね。遊佐に関しては契約時の年齢がわからないので正確な年齢は把握しておりませんがもうすぐ契約してから三百年たちますので三百歳以上ですわ。契約すると不老になりますから見た目は契約時と同じなんですの」
エリザベスは少し考えた後、素直に答える。
「そうなんですね。三百歳以上か…遊佐さんにとったら私はお子ちゃまのお子ちゃまなんですね」
エリザベスからの返答を聞いて世愛は苦笑する。
「世愛」
そんな世愛のことをエリザベスは真剣な眼差しで見つめ始める。
「はい?」
世愛はそんなエリザベスの眼差しに気がつき、戸惑う。
「念のために言っておきますわね。もしぎゅーっとするのが恋なのだとしたら諦めた方がよろしいですわ」
エリザベスは真剣な眼差しで世愛のことを見つめ続ける。
「え、どうしてですか?」
世愛は突然の申し出に困惑する。
「……互いの過去は詮索しないのが契約者内での暗黙のルールですわ。ですからワタクシの口からは多くは語れませんの…なので諦めた方がいいと申し上げたのは世愛が傷つかないように、と想ってのことだと理解していただけるとありがたいですわ」
エリザベスはどこか深刻そうな顔をする。
「そんな…」
暗黙のルールなら仕方がないと思う反面、理由も告げずに諦めろというエリザベスの言葉に世愛は胸がぎゅっと締め付けられ、悲しみの表情をして俯いてしまう。
「っ…世愛に覚悟がおありでしたら諦めなくてもよろしいですわ!」
そんな世愛を見たエリザベスは慌てたように声をあげる。
「ほんと…?」
世愛は顔をあげ、控えめにエリザベスを見つめる。
「はいですわ。それとお答えできる範囲でしたらワタクシ、遊佐のことについて何でもお話しいたしますわ」
エリザベスは頷いてからにっこりと微笑み、その微笑みを見ていつの間にか泣き止んでいた世愛も微かに微笑む。
「ですがその前にその目を冷やして夕飯にいたしましょう?ワタクシが腕によりをかけますわ!」
エリザベスは微笑んだまま立ち上がる。
「わ、私も手伝います!」
世愛は慌てたように立ち上がろうとする。
「いいえ。世愛はここで目を冷やしながらゆっくり寛いで待っていてくださいですわ。目が腫れてしまっては可哀想ですもの」
エリザベスは優しい手つきで世愛の両方に触れ、立ち上がるのを阻止した。
「で、でも…」
肩に触れられ、びくつく世愛だったが控えめにエリザベスのことを見つめる。
「ワタクシにおまかせくださいですわ!必ず世愛のお口に合うものをお作りいたしますの!」
エリザベスは自信満々に胸を張る。
「……ではお願いできますか?」
世愛はそんなエリザベスを見て手伝うことを諦めてしまう。
「ではお作りする前に濡らしたタオルをお持ちしますわね」
エリザベスは満足そうにし、張り切ってキッチンへと向かった。そんなエリザベスを見送った世愛は再びソファーへと横になり、目を閉じる。
「……お父様にご相談しておいた方が宜しいかもしれませんわね」
キッチンに着いた途端、真顔になったエリザベスが深刻そうに呟いたことも知らずに…
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