男のハイヒール
昨日の夢です。
「僕は、待っている。ずっと、この古びた駅で新しい電車を。」
改札の横にあるベンチに、男が座っている。男のすぐ横に入口が設けられている駅に隣接されたたった7畳ほどのコンビニでは、女の店員が暇そうにレジに立っているのが見える。そのレジの手前の棚に掛かった夕刊の新聞紙には、「長梅雨、続く。」の見出しが載っている。ベンチは、錆び臭く鉄製で座席部分に小さな穴がたくさんある簡素なものだった。ほとんどメッキが剥がれ、手すりがざらざらするくらいである。多くの人にこき使われてきたことを感じさせる座り心地が良いとは到底考えられないそれに、男は座り続けている。何本もの電車が駅を通過するのをただ見ているのだ。いや、見てはいないのだろう。その視線は駅を貫く線路にむけられてはいるが、そこに彼の意識はない。音のない空間はまさしく、嵐の前の静けさにちがいなかった。
そんななか 、チャイムが鳴る。新しい電車がやってくる。電車の停車音が空を切るように、空間を一気に通り抜けていく。そして、扉が開く。口火を切られたように、その空間は音をたてて崩れてゆく 。帰宅ラッシュにちがいないと思わせる人の群れがその駅に降りてくる。階段を登る音や学生たちのたわいも無い談笑、仕事帰りである筈なのに仕事の電話に対応する男の疲れ切った声でぐちゃぐちゃになってしまった空間に、コツン、コツン、とハイヒールの音が聞こえた。その音は普段ならなんとも思わないぐちゃぐちゃになった空間に平然と転がっているありふれた音だった。だがしかし、その時のそれに関しては妙に悪目立ちし、バニラエッセンスのように甘ったるく重たい魅惑的な匂いを感じさせるものだった。つまり、それは他の音を一瞬にして消え失せさ、空間を支配するのである。それは、赤の絵具をキャンバスにぶちまけたような色というよりは、黒の絵具を足して赤さを際立たせ、より深く深く吸い込まれるような毒々しい白雪姫の食べたリンゴの色のようであった。それは、疲れたOLのものだった。男の目に光が差す。その目には少しだが女への執着心のような、愛情もしくは憧憬が見て取れた。彼は、そのまま立ち上がると、そのハイヒールの女のもとへ近づいて行く。その動きは、まるでその女を待っていたかのようであった。二人は、その微妙な距離感のまま駅の外へ向かって歩いて行く。
最近、変な夢ばかり見てる気がする。疲れてるのかな?笑