第一話 『警察官が職務を遂行していたら、非日常に突入してしまった件』
〖解説:前書きの使い道〗
次話からここに用語&設定の解説を書いていきます。
交番の窓からよく晴れた真昼の空を眺めながら缶コーヒーを飲む。雲一つない青空には目を細めたくなる程眩しい太陽と、場違いな怪鳥が飛んでいる。
「お~……今日は鳥型か。昨日はなんだったっけ?」
「猪だった。」
隣から同僚がそんなことを呟く。まぁ、あんな3メートルはあろう怪鳥を見れば厭でも印象に残るだろう。あれが毎日出現するのが西暦2110年現在の日本の日常だ。
………十年前、人間はある偶然からこの世界と並行して存在する異世界……『異界』を発見した。当時の各国政府は異界にある未知の資源やエネルギーに高い関心を持っていて、こぞって研究者たちを送り込んだ。
しかし、それがきっかけで異界に元々住んでいた超生物『アウター』たちの反感を買い、それらの氾濫を招くことになった。アウターには特殊な技術『魔法』があったために既存の人間兵器は一切効かなかった。
国によっては核兵器すら効かなかったって報告すらあるらしい。
ただ、同時期に人間の一部………『年若い少女』にのみ、アウターたちの持つ魔法を使う為の力である『魔力』が宿り始めたんだ。
アウターを倒すには魔力が宿った攻撃をするしかなく、魔力を持った彼女たちに頼る他なかった。
結果として、魔力を持った少女………『魔法少女』の管理と組織化が人類を護る手段になっていった訳だ。人々も十年経つと慣れる。あそこで飛んでる鳥型アウターも、もう少しすれば魔法少女に倒されるだろう。
「ん~……公式サイト曰く、今日の担当は俺のイチ推し『魔法少女ホムラ』だそうだぜ!」
「はぁ~……沢田、パトロール前に趣味の魔法少女解説して体力使うなよ。」
「何だよユウキ、ケチ臭いこと言うなよ。」
同僚こと『沢田 英壱』とは同期で警察学校を出たが、どうもそりが合わない。
「コーヒー飲み終わったから、パトロール行くぞ。」
「へいへい、分かりましたよ正導 勇気巡査さま~。」
弛んだ様子のエイイチをパトカーの運転席に突っ込んで、自分も助手席に乗る。
………空を見上げれば、もう怪鳥は飛んでいなかった。
◇ーーーーーーーーーー◇
パトカーで市内を巡回すること30分。ふと、エイイチが口を開いた。
「そういや、ユウキは間近でアウターって見たことあるか?」
「いきなりだな。………あるぞ。」
「マジか。やっぱ怖かった?」
「当たり前だろ。命の危機を前にビビらない人間とかに見えるか?」
「…………場合によっては……………痛っ!?」
なんか失礼なことを言われたので頭にチョップを食らわせておく。全く、こいつ人を何だと思っているんだ。
「つーか、こうして見ると警官服似合わねーな、お前。」
「………チッ、どうせチビで女顔だよ。そう言うお前こそちゃらんぽらんの癖に似合い過ぎなんだよ!」
「ははっ、褒めるなよ。」
「褒めてねーっての。」
ちらりとバックミラーに写った自分を見る。車窓すら頭が見切れるほど小柄な身体、少女顔負けの細い四肢、どっちとも取れない中性的な顔つき。
何度見てもどうしてこうなったと聞きたくなる容姿だ。さらに酷いのは声がボーイソプラノクラスに高いことだろう。この所為で性別を間違えられることもしばしば……。
「その制服ってオーダーメイド?」
「………………当たり前だろ。」
「あ、スッゲー間があった。」
「うるせー!」
この野郎、信号で止まったら覚えておけよ。脇腹捻り上げてやる。そんな雑談をしつつパトロールを続けていると、赤信号で車が止まる。
「………ん?」
ふと、視線を向けた路地裏に違和感を覚える。よく見ると息を切らした10代程の少年がいた。その少年は後ろの路地の先を見るとすぐに駆けだしていった。
まるで何かから逃げるように。
「……おい、エイイチ。少し離れるから近くの駐車場で待ってろ。」
「え?何をーーー……」
エイイチが喋り出すより先にパトカーから降りて薄暗い路地裏に向かう。先ほど少年が立っていた所には小さな血痕が残っていた。
「………マジかよ。」
最悪な可能性を想像してすぐに少年を追う。子供の走る速度だからそこまで離れてはいないだろう。
しかし、もし想像通りなら一人で来たのは間違いだったかもしれない。
「………でも放っておける訳ないしな。」
あそこであの子を見捨てるのは俺の求める『ヒーロー』からはほど遠い行いだ。たとえ無茶でも行くしかない。
ガシャァァァンッ!!
近くで破砕音が響く。不味いな。間に合えば良いが………。
「ギシャシャシャ!!」
「うぅ……。」
路地を進み続けていると、曲がり角の先に先ほどの少年と螳螂型のアウターを見つける。今まさに螳螂が少年を害そうという瞬間だった。
「クソッ……止まれ!!」
即座に腰のベルトから拳銃を抜き、螳螂の背に向けて発砲する。アウターに物理的攻撃は効かないが、注意を引く事くらいは出来る。
螳螂が鬱陶しそうにこちらを睨む。
「君、大丈夫か!?」
「ッ………は、はいっ!……えっ!?女の子?」
少年の様子を確認するが、目立った怪我はしていないようだ。少年、俺は大人の男だ。……後はこのアウターをどうするかだが……。
「ギギシャァァァァァッ!!」
「うおっ!?」
突如、螳螂が跳躍しながら斬り掛かってくる。後ろに飛び退いて回避するが、スレスレだ。やはり魔法技研に通報すべきだったか。
手に持った頼りない拳銃を螳螂の目に向けて撃つ。少しぐらい効く場所はないのか!?
「ギギィッ!!」
不意に螳螂の薙ぎ払いが胸部を打つ。2メートルの巨体から放たれる一撃は俺一人を吹き飛ばすには十分な威力だ。俺は堪えきれず吹っ飛んで壁に叩きつけられる。
「ぐっ………げほっごほっ…………。」
口の中に血がこみ上げてきて、肋骨の数本はやられたと気づく。もう身体は指示を聞かず、立ち上がることも出来そうにない。
正面を見ると螳螂は興味をなくしたように少年を狙っていた。
「げほっ………逃げろっ………!!」
何とか呼びかけるが、少年が逃げ出すよりはやく螳螂が軽く払う。少し吹き飛ばされた少年は意識を失ったのか、ぐったりしている。螳螂の様子はまるで獲物を嬲って愉しんでいるようだった。
「ギシャシャシャッ!」
螳螂は少年を軽く転がしては笑い声を上げている。奴は愉しくて仕方が無いのだろう、力のない者を痛めつけ、その命を意のままに奪うことが。
(奴を止めないと!ここまで来て何も出来ないのか!?)
もはや自分の身体は満身創痍。意識を保つのもギリギリの状態だ。
(クソッ……動け!動けよ俺の身体!!ここで動かなきゃ見捨てたも同然だ!!)
だが、それでも俺は立ち上がらなくてはならない。気力だけで身体を起こすが、螳螂と少年がいる場所まで距離がある。這うように手を伸ばす。少しでも奴の気を引くために。脳裏にちらつく炎に焼かれた街と傷付き血を流す少女。そうでなくてはあの約束は果たせない!
(俺は……俺はあいつに誓ったんだ。絶対にかっこいいヒーローになるって!!)
螳螂がその大振りの刃を振り上げた…………その時。
《遺志の継承を確認。魔法少女に移行しますか?》
突如として声が響いた。頭に直接響くようなその声は、まるで促すように是非を問うてきた。
(戦闘フォームだか何だか知らないが…………俺にあの子を救えるだけの力を寄越しやがれ!!)
《………了解。魔力制御シークエンスを起動。……ご武運を。》
ーーー瞬間、視界を光が埋め尽くした。
◇ーーーーーーーーーー◇
光が止んだ頃には、全身に力が溢れるような感覚を得ていた。身体が熱い。まるで自分自身が炎になったようだ。
「この力なら………倒せる!」
突然後ろから放たれた光に気づいたのか、螳螂がこちらを見る。その表情はまるで驚愕のように感じられた。
「ギギィッ!?」
「お前の相手は俺だッ!!」
螳螂が姿勢を整えるより先にその懐へ潜り込む。自分でもびっくりするほどの速さだ。そしてその細い胴体に向けて渾身の掌底を叩き込んだ。
ガコンッ!!
異様な音を立てて螳螂の巨体が弾け飛ぶ。そのまま路地の壁に叩きつけられ、崩れ落ちる。
「よっしっ!!良いぞ………って、あれ?」
しっかりと攻撃が効いているのを見て歓喜するが………ふと、視界の端に灰色の何かが映る。それは捨てられていた鏡のようで、そこには…………『灰色の髪に煤掛かった白いローブを着た少女』が写っていた。
まさかと思い、手を顔に持っていくと鏡の中の少女も自分と同じ動きをした。
………嗚呼、間違いない。
「俺、魔法少女になってる!?!」
………もはや、驚愕するしかなかった。
〖本日の魔法少女: 〗
「俺はかっこいいヒーローになりたかったのに、どうしてこうなった……。」