<ショートショート>勇者、命乞い
勇者は、もたれ掛かるように自らの剣を大地に突き刺した。
ギリギリだ。地面に倒れ、楽になりたい寸前の身体。
視界の足元は、近づいたり、遠のいたり、揺れ動きながら霞んでみえる。そこへ赤い血がぽたりぽたりと血溜まりをつくっていく。
勝負は完全に見えていた。
極力無駄を省いた勇者の魔王討伐ルートは、急ぎ過ぎてしまった。
戦いのなかでしか磨かれない経験値というものが世の中にはあったと思い知る。
勇者の魔王を見上げる眼の奥に、自らが犯した過ちへの後悔の念が確かに滲んでいた。
なぜ、立ち塞がる敵に「にげる」ばかり選択してしまったのか。
なぜ、途中で出会ったものたちの困っていること、気になることを解消してあげなかったのか。
なぜ、仲間集めを面倒に思ったのか。
勇者と魔王のレベルの差は、歴然である。
勇者「はぁ……、はぁ……。くっ!」
魔王「無駄だ。勇者よ、魔王からは逃げられないのだ」
勇者「くそっ!」
魔王「どうした伝説の勇者よ。貴様が持つトトの紋章を飾る剣は、自身を支える杖に過ぎないのか? なにを困った顔をしておる?」
勇者「魔王よ…。ひとつ提案がある」
魔王「ふんっ。なんだ? 言ってみろ」
勇者「私と仲間にならないか?」
魔王「は?」
勇者「そうしたら、世界の半分をくれてやる」
魔王「…貴様は、自分の立場が分かっていないようだ」
勇者「私の言う世界とは、領地と富、その両方だぞ」
魔王「貴様、余の話を聞いてないな。いま世界の解釈を議論してないだろ」
勇者「なんなら姫も付けるっ!」
魔王「やっぱり余の話、ぜんぜん聞いてない」
奇跡とは時に仕組まれていたりもする。
トトの血筋とは、その類かもしれない。
勇者2「待て待て、俺のことを忘れてもらったら困るぜ」
勇者「なに奴?!」
魔王「いや、それ余の台詞だから…」
勇者2「俺は伝説の勇者。これがその証、トトの紋章の盾だ!」
魔王「なぜ、伝説の勇者が二人?!」
勇者「まさかもう一人伝説の勇者が現れるとは…。これで世界は、三分の一!!」
魔王「いや、その話、そもそも余は飲んでないし」
奇跡は連鎖する。
人は「神のいたずら」と称したりもする。
勇者3「やれやれ、揃いも揃って役立たずですね。おいしいところは頂かせてもらいますよ」
勇者「トトの紋章の兜?! 四分の一」
勇者4「私は、敵か味方か分からない存在…」
勇者「トトの紋章の籠手?! ご、五分の一!」
勇者5「面白そうな事してんじゃねえか。俺も混ぜてくれよ」
勇者「トトの紋章のソックス?! 六分の一だとっ!」
魔王「居過ぎっ! 伝説の勇者、たくさん出てき過ぎだからっ!」
勇者「そうだ! 私たちの取り分が減るじゃないか」
魔王「変な同意の仕方すんなっ!」
先見の明を持ったトトは、余生を子孫作りに明け暮れていた。
闇が再び世界を覆う日も、そう遠くはない。そうだ、今のうちに、子供をたくさん作っておこう。
きっとこれは、正義だ。うん。間違いない。
来る日も来る日も、神に感謝をし、子作りに精を出す。
始めは2、3年に一人くらいのペースであったが、後年、トトは開眼する。
妻を置き去りにし、腹違いの子孫は広がっていった。
つまり、どすけべである。
魔王「どんだけトトの血筋が広がってんだ」
勇者6〜30「私(俺、僕、拙者とか沢山)たちを忘れてもらっちゃ困るぜっ!」
魔王「もう、なんなんだよ?! トト!!」
30人の勇者が集う、その光景はまさに圧巻であった。
剣から始まったトトの形見分けは、10を数える位になると、「それ単なる既製品じゃね?」とツッコミたくなるようなものにまで及んでいた。
ちなみに30人目のトトの紋章の付いたものは、肌着の『タグ』だった。
タグにトトの紋章を貼っ付けて、なんとかその場は治まったのだが、誰しも「肌着のタグに紋章つけたら、どっちがラベルか分からない」「やけくそじゃね?」と言葉をギリギリ飲み込んだものである。
勇者「どうする魔王? 世界を31で割ったら、…………あれ? 今の魔王の領地、きっと半分くらいになるんじゃないか?」
魔王「お前ら、協力して戦えよっ!」