手の中の大宇宙戦争
結局講義の終わる時間まで、本当に1%たりとも今後の人生で役に立たない会話しかできなかった。では今までの人生で役に立つ会話があったかと言えば、それは別のお話。
少しずつ学食も混み始め、気づけば隣には女子が座っていた。誠に遺憾ながら、まともに女子との関わりのない日々が長い我々には少々居心地が悪くなってきた。勝手に我々してしまったが問題はあるまい。
「ちょいと早いけど行きますか。出待ちにも場所取りがあるだろうし」
「確かに。新入生は人気ものだからなあ」
ちょうどカップを空にした藤田は、頷きながら席を立ちゴミ箱へと向かっていった。そして僅かに一人になった時間、その瞬間にあの不穏なBGMが鳴り響いた。
デーデーデーデーデデーデーデデー
デーデーデーデーデデーデーデデー
かの有名な暗黒の卿が登場するBGM。ポケットからスマホを取り出したその手は微かに震えている。恐怖で震えが止まらない。両手でガッチリとスマホを握りしめても震えが止まらないのだ。スマホも恐怖で震えているではないか。
一分ほどたち、画面を見つめながらも一向にその電話に出る気配のない私を、隣の女子が訝しげに見つめてくる。ちらりと見るとうん、なかなかにかわいい。こんな状況でもなければ口説いていたに違いない。だが今はそれどころではないのだ。恐怖の大魔王のお呼びだしなのだ。我ながら小学生並のネーミングセンス。
「公共の場で着信音を鳴らし続けるものではないよ。ねえ村井くんや。」
そうして未だに電話に出ることができない私の肩を、その声の主がこれまたガッチリと掴んだ。もはや逃げることはできない。そして、心だけでも逃げだろうとした私は、窓の外の青い青い空を眺めるしかなかった。鳥さんはいいな、きっと誰にもしばられ痛い痛い痛い。
「そうかそうか、君はあの宇宙戦争の映画のファンだったんだねえ。うんうん、そうかそうか、初耳だなあ。…………まさかまさかわたしの着信音だけご丁寧に、それに変えていたりはすまい?」
肩の痛みの正体も、一向に帰ってこない藤田の行方も、この後の私の処遇も、全て察することができた。流石察しの文化の国、日本人。そしてあの世に行く前に一つだけ訂正しておこう。まともに、ではなく、まともな、だった。日本語って難しいね。