来週の私、あるいは君がなんとかするさ
貰えるものは貰う。という考え方を浅ましいものだと考えていた過去を、今心より恥じている。来るものを決して拒まぬその姿勢は博愛の象徴であり、気に食わない相手を即座にブロック出来してしまう昨今では忘れてはならない教訓である。といったことを、青地に「島流し」と書かれたTシャツを着て、サークル勧誘のチラシを配りながら、大学2回生の村井は考えていた。
季節は春ながらも冬の夜空のごとき目をした一回生達。昨年の自分があれと同じ目をしていたとは到底考えれない。彼ら彼女らの星空はまさに一等星達のエレクトリカルパレードであり、私のような六等星は認識という銀河系の外なのだろうか。それともどこか近くにか細い光すら奪い取るブラックホールの存在でもあるのだろうかと考えてみる。
チラシの見出しには大きく「離島研究会」とある。我がサークルながら需要のニッチが過ぎるだろう。
ほぼ同時刻に配り始めていたテニスサークルらしき団体はとうに何人かの一回生の肩を抑えながらどこかえと消えていった。
そもそもなぜ男一人で勧誘活動をしているのだ。こういうのは男女のペアで行うほうがいいに決まっている。女子学生などは見知らぬ男に声を掛けられても不安がるだろうし、男子学生なども、いくらでも色めき立っているのだから女子の先輩に声を掛けられた方が嬉しいに決まっているのだ。実体験から声高に胸を張って主張できる。……それなら女子女子のペアの方がよりいいな。
「遅くなって悪かったな、調子はどうだ?」
村井に背後から声を掛けるのは、同じく二回生の藤田だった。残念だが男。考えうる最悪の組み合わせ。サッカーだったら死の組だ。
青地に「島流し」と書かれたTシャツを着た姿である。痩せ型の高身長という世間的には好印象なスタイルをTシャツ一枚で粉砕していた。
「どうもこうもない。去年の勧誘される立場では気付かなかったことに気づかされるよ。あのころの自分はなんて不寛容で狭量な人間だったのか」
初めて地元を出て、ひとり暮らしを始めた時分、胡散臭そうな団体とは目を合わさないようにしていた自分である。結果として多くの不憫な先輩たちがいたことだろう。
「まいったなあ、これじゃあ先輩たちに何て言われるか。今月末の新歓で新人なしになっちまうな」
「春祭りで新入生を精神的島流しにするだけが楽しみな人たちだからな」
春祭りとは大学の近くの神社と隣接する公園で催される、さして珍しくもないお祭りである。和太鼓と横笛が闊歩し、出店もそれなりに来るので、サークル単位で遊びにくるグループがそれなりに居て、そこで新入生歓迎のイベントを行うサークルも多い。離島研究会もその例に漏れなかった。
「村井は高校の後輩とかいないのか?」
「いるんならとっくに部室に連れてきてるよ」
「だよなあ。うーん、やっぱりあれかな。名前がいかんのかな。どうだろう、今だけアイランド研究会と名乗ってみるのは」
「わずかばかりのリゾート感は出るけれども」
「じゃあタイラント研究会は」
「タイラント(暴君)なら先輩たちがいるだろう。研究するまでもない」
「それならタイランド研究会ならどうだ」
「それタイじゃん。トムヤンクンしか知らないぞ」
あと首都はバンコクということぐらい。
「おいおい、そんなこといって村井には妙案でもあるのか」
「うーん、同じ学部の友人に、そういうのに興味のある後輩がいないか聞いてみるとか」
「アイランド研究会にか?」
「それ気に入ったんだな。うん、そう、アイランド研究会に」
「不確かだがしかたないか」
「確かなものなんてないさ」
あ、今ちょっと良いこと言った。
「あ、これはどうだ。今一番一回生が集まるのはどこだ?」
「え、それは……必修科目の講義じゃないか」
そこで網を張ろうというのか。
「違う違う。それはだな……そう、我が大学の大手飲み会系サークルだ。彼らはテニサーを名乗っているけれどな、実態はタダの騒ぎたい連中だ。どうだろう、まず俺とお前で、そのサークルに入って、めぼしい新入生を引き抜いてくるというのは」
「本末転倒じゃないかそれ」
そもそも、そういったサークル活動を好む人種が離島研究会に興味を抱くとは考えにくい。
せめてキャンプとかバーベキューのような、リゾートチックなことの方が……そうか、そのためのアイランド研究会か。それでいこう。よし、これで新入生すっからかん問題は解決も同然だ。
このように近くを見つめ、あるいは遠くを見据えすぎて本質を見失う人間は精神的島流しの素質が高いとされている。言わば心の流人であり、さしずめ彼らは流学生といったところか。
これは大学という青春の流刑地にて蠢く、一も二もない漂う流学生の活動記録である。