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青い海、青い空、白い雲…… 赤い砂浜  作者: 風風風虱
第二章 我らその川を越えて行かん
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昭和17年8月21日 中川 午前5時

昭和17年8月21日 中川 午前5時

ルンガ飛行場の東 約1キロ


「重機関銃隊、山砲共に準備できました」


 富樫大尉に一木大佐は大きく頷いた。


「機関銃と山砲で敵陣地を牽制しつつ、大隊の総力で突撃を敢行。

砂丘、及び渡河可能な範囲を広範囲に圧迫し、敵防衛戦の突破を狙う。

主戦力は第二、第四中隊及び第一中隊の残存兵力。敵防衛戦の突破に成功したら予備の第三中隊を突入させる。突入の時期は支隊本部が行う。

沢田中隊長。突撃の総指揮を命ずる。

突撃の合図は我が軍の砲と機関銃の発砲による」

「了解しました」


 沢田中隊長は短く答える、すぐさま丘を下りていった。

 一木大佐は時計を見る。午前5時だ。もう、すぐ夜が開ける。そうなればもう勝機はない。これが最後の機会だ、と大佐は思った。



「攻撃開始」


 一木大佐の命令で、重機関銃と山砲が一斉に火を噴いた。

 と、同時に丘の下のほうから喚声が地鳴りのように響いてきた。総攻撃が始まったのだ。



 緒戦から幾度となく突撃を繰り返していた河口の砂丘めがけて突撃をするのは第四中隊であった。

 千葉中隊長を先頭に猛然と川を渡り始めた。

 照明弾が上がり、機関銃が唸りを上げて、川を渡る兵隊たちをなぎ倒していった。



「行きます」


 河口で第四中隊の突撃が開始されたのを見て、第二中隊の樋口中隊長は沢田中隊長に言った。


「うむ。全軍突撃!」


 第二中隊と第一中隊の残存部隊が散開しながら川へ、そして対岸へと鬼神の如く形相で突撃を始めた。



「撃て 撃て 撃て 撃て

突撃隊を援護しろ!」

 

 小松中尉は軍刀を振りかざして、狂ったように叫ぶ。8丁の重機関銃が唸り、無数の弾丸が敵陣に撃ちこまれる。


「1時方向。10度上げ。撃て!」


 花海少尉の指示のもと山砲が火を噴く。

 重機関銃と山砲の攻撃に敵陣の砲火が一瞬弱まった。だが……


ヒュルル ヒュルル ヒュルルル


ヒュルルルル ヒュルル ヒュルル 


 不気味な音ともに敵の砲弾が重機関銃隊と山砲目掛けて降り注ぐ。

 擲弾筒隊の時の再現だ。

 一発撃つと、お返しとばかりに何発、いや何十発もの砲弾が降ってきた。


「位置変え!位置変え!」


 砲弾で射手が次々と倒れる中、小松中尉は重機関銃の位置を変え、人を変え、懸命に攻撃を続けた。



 河口の砂丘を走り、第四中隊は敵陣に向かい突撃していた。突撃命令を出す者はもういない。千葉中隊長は砂丘にたどり着いてすぐに狙撃されて落命していた。突撃を強いる者はもういない。それなのに第四中隊の誰もが後退しようとはしなかった。逆に敵討ちの炎を燃やしながら猛然と敵陣に攻撃を敢行した。


「俺を踏み越えていけ!」


 兵隊の一人が鉄条網に飛び込んだ。


「うおおお」

「わあああ」


 唸り声を上げながら、飛び込んだ兵隊の上を何人もの兵隊が乗り越えていく。遂に鉄条網を突破したのだ。


トパパパパ トパパパパパパ


 鉄条網を越えた兵隊が次々となぎ倒されていく。


「戦車だ」


 誰かの恐怖にひきつったような声が上がる。

 闇の中から巨大な鉄の塊が姿を表した。


キュルル キュルル


 キャタピラーを軋ませながら戦車はゆっくりと悠然と近づいてくる。


トパパパパ


トパパパパパパ


 左右に一本ずつ突き出た機銃が唸りを上げ、戸惑う第四中隊の兵隊たちを次々と撃ち殺していった。



「前進、前進!」


 ようやく川を渡りきった第二中隊はその数を半分に減らしていた。それでも川を渡るのに成功した樋口中隊長は生存者を再編成して、防衛線の突破を試みようとしていた。

 その時だ、金属の軋む音がした。最初、空耳かと思ったが音は次第に大きくなってくる。


キュルル キュルル


 まさか、と思った。


「戦車だ」


 誰かの悲鳴が上がった。

 前を見ると確かに戦車がゆっくりと近づいてきていた。樋口中隊長は悪夢を見ているようだった。


トパパパパ トパパパパ


 戦車は樋口中隊を再び川に追い落とそうと機銃を乱射しながら近づいてきた。



「あれは戦車じゃないのか」


 花海少尉は対岸に突如現れた戦車をみて愕然とした。砂丘とそこから少し離れたところに各一両ずついた。どちらも渡河地点だ。


「おい、戦車を狙え」

「えっ、なんですか?」

「戦車をやっつけるんだ。

このままだと渡河した連中が全滅するぞ」

「しかし……」

「いいからやるんだ。動かせ、動かせ、右だ、右!」


 花海少尉は直接射撃で戦車に狙いをつけさせる。


「撃て!」


 外れ。

 砲撃は戦車の後方に着弾した。


「もう一回だ」


 花海少尉は叫ぶ。


ヒュルル ヒュルル


 敵の砲撃がすかさず花海少尉たちに襲いかかった。砲弾が周囲に着弾する中、花海少尉は懸命に戦車に狙いをつける。


「撃て!」


カツン 


 金属の破断する甲高い音と共に戦車の動きが止まった。


「おお。やったぞ!」


 砲兵隊から歓声が起こる。


「よし、次だ。砂丘のほうの奴もぶっ壊せ!」


 その時、少尉の目の前が真っ赤に燃え上がった。敵の砲撃が山砲を直撃した。山砲は四散し、砲兵たちは猛烈な爆風に包まれる。花海少尉も吹き飛ばされ、意識は暗い闇に落ちていった。

 


「なんだ、なにがあった?」


 戦車の機銃が無情に兵隊をなぎ倒していくのを目の当たりにし、半ば諦め目を閉じた樋口中隊長であったが、再び目を開くと戦車が火を噴いていた。


「砲兵隊がやってくれたみたいだ」


 耳元の声に振り返ると沢田中隊長がいた。

 再会を喜ぼうとした樋口中隊長の顔はすぐに曇った。沢田中隊長の顔は真っ白で苦痛に歪んでいる。右手がだらりと垂れていた。正確には半分、千切れかかっていた。どくどくと血が流れている。


「沢田中隊長、お怪我を……」

「私のことはいい。それより、あの戦車を橋頭堡にして、残存兵力を集結させるんだ」


 そう言って、沢田中隊長はがっくりと膝をついた。


「中隊長、さ、沢田さん!」

「後は頼むぞ……」


 沢田中隊長はゆっくりと目を閉じる。そして、そのまま二度と開くことはなかった。



「むう、戦車が……」


 対岸に戦車が現れた時にはもはやこれまでと観念した一木大佐であったが、その戦車が突然擱座したのには驚かされた。だが、これは絶好の機会だ。


「富樫大尉!伝令だ。第三中隊を――」


 第三中隊を突撃させよ、そう命じようとしたその瞬間、支隊本部に砲弾が着弾した。



 どれだけ時間がたったのか、ほんの一瞬だったのかもしれない。とにかくぐらぐらする頭を抱えて富樫大尉は立ち上がった。

 周辺は大きく抉れていた。

 

「支、支隊長……支隊長殿。どこですか」


 ふらつく足取りで辺りを探す。

 と、地面に倒れている人物を見つけた。まさしく一木大佐だった。


「支隊長!一木大佐!」


 富樫大尉はすがるように大佐に駆け寄った。



キュルル キュルル


 鉄を軋ませながら戦車がゆっくりと近づいてくる。擱座した戦車にとりつき頑強に戦っていた樋口隊であったが、四方からの猛烈な火線にさらされ一人倒れ、二人倒れしていった。

 そしてゆっくりと近づいてくる戦車を見ながら、樋口中隊長は最期を自覚する。

 無念であった。

 擱座した戦車を確保した時、予備の第三中隊を投入してくれていたら、或いは突破もできたものをと思った。


 支隊本部は、なぜ突撃指示を出してくれないのか?それとももう、本部など存在しないのかもしれない


 樋口中隊長の口が自嘲気味に歪む。


キュルル キュルル


 手を伸ばせば触れるのではと思えるほどに戦車がそばに来ていた。


「ここまでか」


 樋口中隊長は戦車の砲塔に背中を預けたまま、大きく息を吐いた。そして、自決用の手榴弾の安全ピンを抜いた。


 その爆発音はささやかなものだった。

 戦場に溢れかえる銃声、爆音、怒声、悲鳴。それらに比べればあまりにささやかで誰一人気に止める者はいなかった。



2019/08/21 初稿

2019/08/23 誤字修正と文章を一部追加しました

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