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青い海、青い空、白い雲…… 赤い砂浜  作者: 風風風虱
第二章 我らその川を越えて行かん
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昭和17年8月21日 中川 午前零時

昭和17年8月21日 中川 午前零時

ルンガ飛行場の東 約1キロ


「いいか、まだだぞ。

待て 待て 待て……」


 大橋小隊長は中川河口近くの砂浜に自然にできた窪地で腰をかがめていた。頭上をひっきりなしに銃弾が通りすぎていく。すぐ後ろには同じように部下たちが地べたに這いつくばっている。


 大橋小隊長はゆっくりと落下してくる照明弾を目だけでおっていた。

 照明弾は海面に落ちた。ジュッと微かな音がして砂浜が闇に包まれた。


「今だ!行け、行け、突っ込め!」


 大橋小隊長は軍刀を抜き放ち、大声で叫び一気に走り出した。後に小隊全員が一丸となって続く。


 ジャブジャブと水を掻き分け、走る。目指すは対岸の砂丘だ。


シュルルルル


シュルルルル


 照明弾が不気味な音を立てて空をかけ上る。辺りはあっという間に明るくなる。

 大橋小隊長たちはようやく川に片足を突っ込んだぐらいだった。

 機銃が唸りを上げて無数の銃弾を吐き散らかす。


「がっ」

「うおっ」


 銃弾を浴びのけ反り、倒れる者。うずくまる者。その者たちの回りの水がじわりと赤くなる。たちまち血の川になった。


「行けー! 怯むな! 進めー!」


 それでも大橋小隊長は軍刀を掲げたまま、川を渡り続ける。小隊長に続け、とばかりに兵隊たちも雨のような銃弾をかいくぐり、前へ前へと突撃する。くるぶし、膝上とどんどん水深は深くなってもお構いなしだった。

 腰まで水に使って遅々として進まない。


ヒュルル バシャー


ヒュルルルル バシャーン


 迫撃砲が次々、川に着弾して、前後左右に水柱が吹き上がる。圧倒的な水の奔流が何人も巻き込み、薙ぎ倒した。

 中には直撃を受け真っ赤な血飛沫を上げ四散する者もいた。

 大橋小隊は嵐に弄ばれる笹船のごとく、そのた数を減らしていく。たちまち半数になり、さらに人数を半分に減らす。それでも、彼らは前へ、前へと進む。そして、大橋小隊長たちは川を渡りきった!


「渡れたのはこれだけか」


 砂丘の影で大橋小隊長は肩で息をする。目の前には四人が同じように荒い息をついている。顔にも服にも血なのか泥なのかどす黒いものにまみれていた。二十人以上いた小隊が自分も入れてたったの五人になってしまったことに小隊長は心を痛めた。だが、だからこそこの五人で突撃を完遂するべしと大橋小隊長は心に誓う。


「いいか、例え、我々が死すとも次に続くものがいる。五人が十人、十人が二十人になるのだ。

いくぞ。怯むな。

突撃~!」


 大橋小隊長たち五人は砂丘から飛び出し、敵陣地に向かって猛然と突撃を敢行する。

 目の前に藪のようなものが幾重にも横たわっていた。


「鉄条網かっ!」

「自分が」


 鉄条網の存在に突撃の歩を緩める大橋小隊長の横を追い越して一人の兵隊が鉄条網に身を投げ出した。鉄条網を抜ける一番早い方法は、鉄条網に身を投げ出した者の上を踏み越えていくことだ。その役を瞬時に買って出たのだ。その献身に小隊長の胸は熱くなった。

 だが……

 

「うがががあ あがががか」


 身を投げ出した兵隊は鉄条網に触れた途端、絶叫してのたうち回る。鉄条網が体に絡みつくが兵隊はなおも手足をばたばたと振り、転げ回った。やがて体のあちこちから白い煙が立ち上ぼり、肉の焼ける臭いがした。


「なっ?!」


 余りのことにさすがの大橋小隊長も立ちすくんだ。

 絶叫は既に止んでいた。恐らくもう事切れているだろう、なのに体はなおもびくんびくんと痙攣していた。


「電気。鉄条網に電気を流しているのか!」


 思わず大橋小隊長は後ろに下がった。

 この鉄条網は越えられない。そう思うと急に恐ろしくなった。


「下がれ、この鉄条網に触れると感電するぞ。

一旦退却だ!」


 その時、乾いた銃声がした。


 大橋小隊長はがっくりと両膝をつく。額にぽっかりと穴が空いていた。

 どこからの狙撃だった。

 大橋小隊長はそのままばったりと倒れこんだ。


2019/08/21 初稿


2019/11/08 誤字訂正

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