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昭和17年8月7日 南太平洋 洋上 夜

昭和17年8月7日 南太平洋 洋上 夜


 扉が叩かれた。

 一木(いっき)清直(きよなお)大佐は時計に目をやる。午後9時を少し回っていた。入れ、と言うと当番兵が入ってきた。


「大本営より命令が来ました」


 当番兵は叫ぶように言うと、一枚の紙を差し出す。一木大佐は無言で紙を受けとり、そして、眉を潜めた


「分かった。ご苦労。下がって良し」


 大佐の言葉に当番兵は直立不動のまま敬礼をすると部屋を出ていった。一木大佐は命令書に視線を戻す。


《一木支隊は旭川師団への復帰を中止、次期作戦のため、グァムへ移動、待機のこと》

 

 命令書にはそれだけが書かれていた。

 面妖なこと、と思っていると微かな揺れを感じた。船が大きく舵を切ったのが分かった。



 甲板に出ると空には満点の星が煌めいていた。輸送船の舳先へ、そして、さらに船の進む先へと目を凝らすが、真っ黒な海が広がっているだけでなにも見えない。

 後ろを見ると星明かりに白い航跡が大きな弧を描いているのが微かに分かった。船は内地へ向かう進路を180度転進したのは間違いない。

 一木大佐は腹のそこから熱いものがこみ上がってくるのを感じ、軍刀の柄を握りしめた。

 勅命を拝し、北の旭川から一転、赤道を越え勇躍南国の地へと来たものの、自分の預かり知らぬ場所での戦いで敗軍の汚名を着せられての帰還命令に忸怩たる思いでいた。

 一木大佐は顔を無数の星が瞬く空へと向ける。慣れ親しんだ北の空とは星の並びは違っているが星は星だと静かに思う。

 そう、今から5年前の昭和12年の7月7日に見た星もまた同じであろう。

 一木大佐の心は一瞬で5年前へと戻る。

 中国大陸で自分が部下へ発したあの攻撃命令に。

 それが中国との戦いの端緒(たんしょ)となり、そのまま太平洋戦争へと繋がり、今に至っている。

 日本国が対峙している国難はいわば自分が招いたとも言える。

 元より先に発砲してきたのは向こうであり、帝国陸軍将校としてあの時、あの瞬間の判断、行動に間違いがあったとは思わないが、それでも慚愧の念がないわけではない。

 この戦いで多くの若者たちが命を散らしているのは間違いないのだ。


「だからこそだ」


 一木大佐は、誰に聞かせるでもなく小さく呟く。

 自分がこの(いくさ)の幕を引かねばならぬ。秘かに思いつつ、永らくその機会を与えられずにいた。今回も虚しく内地へ帰還するしかないと諦めていたが……


 天祐である


 一木大佐は静かに瞬く満天の星を見て思った。軍刀を握る手の爪が白くなるほどに強く握りしめられている事に本人すら気づかなかった。


 



2019/08/07 初稿

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